第9話 女王マグダレーナ、爆誕。


「…そうですね。いずれはどこからかお耳に入るだろうと思っていましたし、そもそも今までご存じでなかったのは奇跡だとは思っているのですよね…」


 床の一点を見つめてブツブツと呟きだすロバートを、オーロラはただでさえ細い目がもはや目をつぶっている域にたっしたなとしげしげと見つめた。


「ふうん。なんだか、こっちも面白い感じね」


「面白いって…。貴方様は当事者ですよ。まずはお気を強くお持ちになってくださいとしか私にも言えませんが」


「一応尋ねておくけど、それをチクった…じゃない、真実を私に話したことでロバートの不利益が起きることはない? その様子だとかん口令が敷かれているのでしょう?」


 オーロラが心に傷を負うことを畏れたというより、あの両親の娘だから自暴自棄になって醜聞を起こす可能性を回避するためだろう。


「お嬢様がなにを調べたいのかは存じませんが、少なくとも今までと違うことをなさるおつもりなのだけはわかります。そうすると、ご自分の置かれた立場を理解していないと二度手間になることが起きるでしょうし、辛い目に遭われるかもしれません。それに、ご両家の皆さんからは折を見て話すようにと託されています」


「よし。なら、さくっと言ってもらおうか。さ。どうぞ?」


 両方の手のひらを出して促すと、ロバートは口元に拳を当てコホンと軽い咳ばらいをして語り出した。


「まずはですね…。奥様は二人姉妹の妹のほうでした。少し年の離れたお姉さまは知的な淑女で学院でも教師たちの評判がよく、それが縁で子爵家へ嫁がれました。前にも申し上げましたが、ご実家の、お嬢様のお祖母様に当たられる方は愛らしくて愛嬌のある妹君の方をご寵愛されていて…」


 だんだん話が読めてきて、オーロラの大きな瞳がだんだんロバートのような細目へ変わっていく。


「なんか読めてきたような? ラノベ…んん。物語によくあるような姉妹格差? 生まれたときから家でちやほやされて図に乗ったお母さまが玉の輿に乗った姉の屋敷へ突撃して、そのまま…。まさかと思うけれど、姉の夫の膝に乗ったのとか言わないわよね? いや、そうなのかな?」


「はい、まさにそれです」


 こくんとロバートが頷くと、オーロラは頭を抱えた。


「ああ~。まさにまさになのか。ありえない。いったいいくつよ、そのバカ娘」


「もうすぐ十六歳というところで、当主ご夫妻およびさらに上の家門に露見し、大問題となりました。なんせ高位貴族の夜会で姉君を晒し者にしていちゃついているところを押えましたので。実は姉君はその教養と振る舞いが素晴らしいと高位貴族のご夫人たちの間で評判で、前々から制裁の機会を狙っておられたのです。ありていに言えば、姉君を可愛がっておられる高位貴族の皆様が」


 これにより、二人は無事に離婚。

 数年にわたり妻を冷遇し仕事を丸投げしていた夫は廃嫡され、従弟が跡を継いだ。

 そして一見傷物となった姉だが、貴婦人たちの後押しでさらに高位貴族で人柄の良い寡夫の妻となり、家族に愛され今も幸せに暮らしているという。


「なんだろう、それに関しては災い転じて…なのね」


 ふうと安どの息をつくが、問題は己の母、そして出生の秘密だ。


「それで? 私はどうして生まれたのかしら。その元不倫相手と再会でもしたの?」


「いえ。その方は奥様が還俗される前に領内で亡くなりました」


「では、何なの?」


 ローテーブル越しに前かがみになると、忘れていた胸の重量にうっとオーロラはうなった。

 オーロラの記憶はすっかり馴染んだつもりだが、どういうわけかこの身体に関してはどうにも違和感が強く苦戦している。

 ロバートが心配そうに眉を顰めるがひらひらと手を振って続きを促す。


「ずばり、仮面舞踏会です」


「……かめん、ぶとうかい」


 とぅない、ややややや、てぃあ…。


 一瞬、鈴音の記憶が頭の中を駆け巡り、そのフレーズがぐるぐると回った。

 が、額をぺちりと叩いて正気に戻る。


「ああ…はい。こっちの仮面舞踏会よね…」


 『あの女』の『カレシ』がスナックでシャウトしていた昭和の名曲などではなく。


「あの…大丈夫ですか、お嬢様」


「はい、おっけー、おっけー。大丈夫よ」


 弾みをつけて起き上がり、ふへへへと笑ってみせる。


「おっけ?」


「うん、ようは仮面舞踏会ではしゃいでやらかして、私?」


「はい」


「うん、わかった。それでこの幽閉状態は、私の髪の色のせい? 相手の男に似ているから?」


「半分はあたりです。そして半分は外れです」


「どういうこと?」


「奥様の髪はもともとお嬢様とほぼ同じ色で、今は染めているのです」


 なんらかの規則なのか年に一度は顔を合わせる母親の姿を思い浮かべるが、いつの記憶も明るい茶色の髪。

 この国の平民に多い色で、どちらかというと彼女が好んで染める色ではない気がする。


「あの、若作りに命をかけている人が?」


 意味が解らない。

 眉間に思いっきりしわを寄せこてりと首をかしげて見せた。


「…その仮面舞踏会は会員制で、本来なら平民の奥様は入場できません。しかし、昔の友人の伝手で参加し、会場の一室と衣装も装飾も化粧も特別に与えられました。それで…」


「有頂天になった母は、悪目立ちしたと言う事…かしら」


「はい。その通りです。その夜会では女王マグダレーナと呼ばれ、多くの男を傅かせ…。それはもう、語り草になるほどで」


「じょおう、まぐだれーな」


「一夜限りの偽名です」


 ロバート曰く、その会員制紳士倶楽部の仮面舞踏会は二重の門があり、会場手前の騎士と魔導師が訪問客の確認をし、目元のみ覆う仮面を配布されるらしい。

 その仮面はその門を再び出る時まで外すことはできず、名前も本名が名乗れない魔法がかけられているという。


「おおむね有名な聖人や聖女の名前を門番につけられるのだそうです」


 国教に記されている聖人たちの数は数百人。

 十分な数だろう。


「仮面舞踏会に聖人の名前ね…。よく罰が当たらないわよね」


 一夜のお遊びのためにずいぶんと大掛かりなと感心しつつ、金持ちの娯楽の恐ろしさを垣間見た気分だった。


「まあとにかく羽目を外したことがばれるのを恐れて、髪を染めたという事ね」


「生まれたばかりのお嬢様は、奥様にそっくりだったとご実家の皆様は仰います」


 『女王マグダレーナはストロベリー色の髪と瞳

  甘い吐息となまめかしい姿態で男たちを虜にした』


 そんな俗歌が一時期流行ったとまで聞けば、さすがに頭痛がしてくる。


「生物上の父親がトンプソンではないというのもはっきりしているのね?」


「はい。そのころ、旦那様は仕事と言う名の外遊を…。ちょっと遠くまで、ですねえ」


「詰んだ」


「はい。まさにその通りで」

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