第8話 なるほど?
「二十四年前、王立学院の夏のパーティで、第四皇子が婚約中のご令嬢を断罪し、婚約破棄を宣言しました。その時旦那様は王子のとりま…、いえ側近の一人でした」
二人はいったん魔道具を止め、カーテンを開けた窓際のソファセットで向かい合う。
普通は執事が主人と向かい合って茶を飲むなどあり得ないが、そもそもオーロラは平民。
不敬罪もへったくれもない。
「なるほど。まあ、好きな女の子と正々堂々とお付き合い又は結婚するためにありもしない罪を擦り付けたのがばれて、自分たちが公的な処分を受けるありがちな話かしら」
「ご名答です。ただし第四王子たちは二つ年上で成人しておりましたゆえ、かなり重い処罰となりましたが、旦那様はまだ十五歳。学年が離れていたのは幸運でした。金魚のフンとしてくっついているだけで、さほどの罪は犯していませんでした。ですが」
ロバートの重低音囁きボイスがずんとさらに一段低く鳴る。
「そもそもが。当時のロバート様はとある伯爵家の一人娘の婿養子候補として数年前からそのお宅で息子同然の待遇で暮らしておりました。ですが、お嬢様が控えめで大人しいことを良いことに、そうとう調子に乗っていたことが前々から問題になっていたので。…まあ、あちらには好機でしたな」
前からなんとなく感じていたが、ロバートはトンプソン家の執事ではあるけれど、父に対してそうとう思うところがあるようだ。
そして、平凡な男爵家の能天気な三男坊と思っていた父は、けっこうな過去があるらしい。
「なるほど?」
ばっさり切られて、実家へ送り返されたという事か。
「それにまあ、断罪された令嬢は公爵家の愛娘です。伯爵家が縁を切っただけでは示しがつかぬ上に、世間体も悪く、何より本人が全く反省しておりませんでしたので、二年間修道院へぶち込まれました」
「…ほう」
ほら。
もう、嫌悪を隠そうともしない。
つまびらかになる過去事態もなかなかだが、常に礼儀正しく執事の鑑のようにふるまうロバートの言葉がどんどん崩れていくことが何より面白いったらない。
「で、二年なんかでは性根はちっとも変わらなかったということで合ってる?」
「そうですね。養子縁組の話が出た時と同じです。しおらしい演技をするのは得意のつもりでしょうが、見る人が見ればバレバレです」
意気揚々と還俗した十七歳の少年に対し、実家及び連なる親戚筋の高位貴族たちの判定は、『平民として一生を終えさせる』。
「ちょうど同じく別件でやらかして女子修道院へ三年投げ込まれていた準男爵の令嬢がおりまして…」
「この話の流れで行くと、お母さまと言う事ね」
「そうです。丁度よいから二人をくっつけようとなりましてね。まあ、二人とも顔は良いので、不満はありませんでした。彼らがこれ以上やらかさないためにまずは商家で一年学ばせて独立。資本金などは旦那様のご実家が持ちましたし、私をはじめとした幾人かの監視…いえ、お目付け…いえ、まあ、とにかく使用人と屋敷も用意して、やらかさないよう、ほどほどの生活をさせることとなりました」
「ずいぶん甘いわね。普通、地べたを這いつくばって泥水を飲ませる展開でないの?」
「それは誰もが思ったでしょうね。しかし二人とも甘え上手ですし、どちらの家も母君が甘いので…。とりあえずしばらく様子を見てどうにもならなくなったらその時は…という、温情措置ですね」
そして、顔だけ人並み以上性格と脳みそは人並み以下のカップルが爆誕した。
「不思議なことにですね。あの二人、運が良いのですよ…。未だに謎なのですが」
「そうよねえ。不思議よねえ」
二人はいわゆる商社というより趣味でぬるくやる雑貨店に近い商いで、なぜか今まで不良在庫を抱えたこともなく、大半を投資で財産を運営している。
それについても、なぜかほとんど損をすることもなく逆に増益像収入となり、実家に与えられていた家にオーロラを残して飛び出し、ほぼ一等地に大きな屋敷を建て『本宅』と称している。
「もうね、ここまできたら皿まで食うから、もうゲロっちゃ…んん。いえ、白状なさいなロバート」
あやうく鈴音のノリでゲロっちゃえよとか言いそうになり、オーロラは一瞬ぱたりと口に蓋をした。
「はい?」
「私はいったい誰の子なの? 目の色は辛うじて母親譲りだと思うのだけど、同族嫌悪にしては行き過ぎているよわねえ」
母の髪は明るい茶色。
父も兄も似たような色だ。
そんななか、このローズ色は異質で、だから軟禁されているのかなと思っている。
「…オーロラ様。貴女は本当に十六歳で?」
「ええ。ぴっちぴちの十六歳」
「ぴっちぴちって…。お嬢様」
得意気に胸を張るオーロラを、生まれる以前から執事であるロバートは深々とため息をついた。
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