第7話 とんでもない逸材と、とんでもない魔道具



 ロバートは仕事のできる男だった。


 いや。

 すごくすごく出来る男なのだ。


 このロマンスグレーはとんでもない逸材なのだとオーロラはこの時初めて知った。



「さあ、オーロラお嬢様。これで存分に新聞をご覧になれますよ」


 何が凄いって、目覚めると寝室の隣の部屋が改造されていた。


 もともとは家庭教師を呼んだ時に使う応接室のようなもので、壁紙もカーテンも可愛らしく花など飾ってあったが、今は家具の配置ががらりと変わり、窓や扉や建付け家具のない一番広い壁に真っ白な布が下げられて、そこから数メートル離れた場所に大きめの平机と座り心地の良い椅子が配置されている。


 そして、その平机の上には本のサイズほどの水晶の板が置いてあり…。

 それは、自らうっすら光を放っていた。



「この魔道具を、こうすれば…」


 オーロラの背後からロバートが手を伸ばし、水晶板の操作方法を教えてくれる。

 指先が発光板の上をすべると、近くに置かれた黒い魔石から光線が出て、白い布で覆われた壁に新聞記事が投影された。


「これって」


 タブレット端末とプロジェクターとスクリーンだよね。


 つい口に出そうになるのをぐっと飲み込んだ。


「すごい…。ありえない…」


 恋愛ありきのゲームと言えども、ここまで緩くてよいのか世界観。


 なら、なんで鉄道と車がないのだ。

 もしかして、これからヒロインがチート能力を発揮して作るとか?

 そして国益を上げて民に感謝されるとか、そういうストーリーなの?


 武器で魔物を倒す設定はどうなるのだ。

 もう、猟銃とバズーカ砲を作った方が早くないか。

 いや、作られるのかこれから。


「この魔道具の中にはギルドに登録された新聞社の記事がおおむね納められています。時にはとある貴族の領内で発行されたレアなものもございます。なんせ、情報は金になりますし、些細な事柄がのちに大きな事象に繋がることもありますからね」


「情報屋的な職業はあるのかしら」


「ございますとも。新聞には載せられない裏事情の調査などは彼らの仕事です」


 ロバートの細い目がさらに細くなる。

 微笑んでいるつもりかもしれないが、間近で見るこちらは言葉面共になんだか怖い。


「それよりもこれ、いったいどうしたの? 私は今までこんな道具があるって知らなかったわ。ふつうは書庫で時系列に束ねられた新聞そのものを閲覧するのだとばかり思っていたのに」


 オーロラの記憶の中に、タブレット端末は存在しない。


 ならば、これはレアな道具と思われる。


「はい。これは魔道具ギルドで開発中の品物です。魔道具師の中に最近新進気鋭の若者がおりまして、その者自身、調べたいことがあったらしく新聞を漁っているうちに思いついたとのことで…」


「思いついた、ねえ…」


 ぜったいこの開発者、現世の記憶がある。

 さっそく『何か』を引いたと、オーロラは引きつり笑いしながら考えた。


「でも、なんで? どうして我が家にこれを持ち込めたの? ずいぶん貴重なものよね?」


「はい。魔道具ギルド内で同じものを数台保有し、さらに開発を進めているなか、借りてきました。お嬢様に実際に操作して頂いて、使い心地や要望などをあちらへ返すことでさらに良い道具となるだろうと。それと…」


 ロバートの細い目の真ん中からきらりと光が放たれた。


 ほんと怖い。

 何の光線なんだよ。


「実は。トンプソンではお嬢様がお生まれになったときからお嬢様のための予算が定められています。もちろん、成長するにつれかかる費用が違いますし、トンプソンの収入は右肩上がりですので金額もかなり増額されました。ですが、お嬢様はあまり使っておられません」


「ああ、そうね…。そういえばそうなるのかしら」


 オーロラは生まれたときからこの屋敷に軟禁されていたようなものだ。

 両親と兄のように旅行も夜会も茶会も観劇も行ったことはなく、学校へ行かせてもらえず、教育は家庭教師のみ。

 こっそり街で買い物や散歩に行くことはあるが、身なりはなるべく目立たないように仕立て、人目を常に避けており、凱旋パレードを観るために出かけたのは人生において稀なことだった。


「実は、けっこうな金額がたまっていたので、お嬢様名義で各ギルドに出資しておりました。とくに魔道具の開発物といえば成功はなかなか難しく失敗がつきものですから、旨味がないと思われた本宅の方々はギルドへ寄り付きもしません。なので一年前にこっそりがっつり投資しました」


「がっつり」


 ロバートをしてその表現ならば金額はいかほどだったのだろうか。

 思わずオーロラは固唾を飲む。


「はい。それでできたのがこの魔道具だそうです」


「な、なるほど…。良かったわね。お金が生きて…」


「左様でございます。では、続きを説明いたしますね」


 執事の美麗低音を聞きながらオーロラも指先を板につけてみた。


「ねえ、これって新聞以外のものも見られるの?」


「いいえ。この板の中に記憶の魔石が内蔵されておりまして、今のところはその情報のみです」


「ああ、なるほど…」


 ようは電子辞書的な。


 頷きながら、オーロラは言われるままに指をついついと滑らせた。


「そうです、ここが日付を指定するところで…」


「なるほどね。では、ざっと遡っちゃおうかな」


 年月を表す文字列が出たので、思いっきり滑らせたところ、勢いよく数字が回ってしまった。


「あ、いけない。ここを押したら止まるのかな」


 慌てて指で板をはじくと、検索画面が止まり、ぱっと新聞記事が壁に映し出された。


「へえ…二十四年前?」


 当時の新聞は単色だったらしく、写真は白黒だ。


「あ…。それは…」


 珍しく、ロバートが口ごもった。


「ん? 集団婚約破棄騒動? 真実の愛?」


 センセーショナルな見出しがいやおうなしに目に入る。


「学院のパーティで断罪?」


 見出しのみ読み上げるオーロラの後ろでロバートは深々とため息をついた。


「お嬢様…。初めて目にする記事がそれですか…。本当に引きの良い方ですね…」


 この際ロバートの嘆きはいちいち追求せず、好奇心の赴くままそこで紙面にでかでかと出ている写真をじっくりと眺めてみる。


 十代半ば、オーロラと同世代の少年たちが正義感に満ちた表情で仁王立ちしている。

 真ん中でなにやら指さして叫んでいるお金持ちそうな身なりの少年が、どうやら断罪している立場のようだ。

 周りにいるのは取り巻きか。


 そのうちの一人がどうにも引っかかった


「これって、お兄さまの若い時…なわけないわね。二十四年前って、まさか」


「まあ、そうですね。二十四年前に十五歳だった方ですね…」


「二十四たす十五…」


 指折り数えて背後を振り返る。


「推定年齢、御年三十九歳のお父様?」


「ご名答…です」


 ロバートの灰色の眉の両端がにゅっと下がった。

 なんて器用な人だろう。



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