第3話 猫耳は白いのがお好き…?

「にゃははは! おまえ四血にゃのかにゃ!」


 大胆に露出した腹を抱えながら笑いころげているのは、猫耳の美少女ルーニア。


「ちょっと! 笑いすぎですよ。こっちだって好きで四血になったわけじゃないんだから」


 ネリウスはあきれ顔で反論したが、さきほどまでの『異常時』の疲労で怒る気にもなれい。それにルーニアが馬鹿にして笑っているわけではないことは、ネリウスにも分かっていた。王都に来て多くの冒険者の嘲笑を受けたネリウスは、相手が悪意を持って笑っているかを見分ける能力が身についていた。


「そうだぜルーニア、笑いすぎだ。こいつにやられかけたのもう忘れたのか?」とゴルホフ。


「そうですよ、おしっこ漏らしてたくせに…(小声)」


「にゃぁ!?」


 ルーニアは獣族らしい切れ長の眼でネリウスを睨んだ。けれど、その眼にさきほどまでの殺意はなかった。むしろ四血とはいえ獣族の血を継ぐネリウスに対して、好意すら抱いているような優しい眼だ。


「わたしは漏らしてにゃいにゃ! ちょっとパンツが濡れただけにゃあ…ていうかおまえ、わたしのパンツ見たのかにゃああああ!」


「ぐ、ぐわあ! やめてくださいルーニアさん!」


 ルーニアはネリウスの首を掴んで揺らした。ネリウスは疲労で動けないので、なされるがままぐわんぐわんと前後に揺さぶられた。


「こいつらはまったく… さっきまで殺し合いそうになったのもう忘れたのか?」


 ゴルホフは伸びた顎髭を指でさわりながら『はあ…』とため息をついた。


「忘れたにゃ!」


 ルーニアは猫耳をぴょこんと揺らしながら。満面の笑みで叫んだ。


「あ、おい! 僕は忘れてませんよ、本当に殺されそうになったんですから!」


 うるさいにゃあ、といってルーニアはまたぐわんぐわんとネリウスをゆらした。


「むっふふ。それにしてもお前若いのにずいぶん強いにゃあ。年はいくつにゃ?」


「え? えーと、16…かな?」


「16!? …てことはあたしより2つも上かにゃ……」


 ルーニアは小声で呟いたつもりだったのだが、同じ獣族の血を継ぐネリウスには聞かれてしまった。


「14!? そのおっぱ…見た目でですか!?」


「にゃあ? お前いま失礼なこと言おうとしたにゃ!」


 ルーニアはまた怒ったように首をぐわんぐわんと揺らした。


「ぎ、ギブギブ。ギブですよルーニアさん、死んじゃうって!」


「うにゃああああああ!」


 酸欠で薄れゆく意識のなかで、ネリウスは過去の走馬灯を思い出していた。それは故郷の思い出、王都までの旅、王都で受けた迫害、それにゴルホフに助けられた感動。そして最後に…!



(でもたしかにパンツは子供っぽかったな…) 

 

 ネリウスは結構ろくでもないことを思い出していた。


「はあ…本当に仲がいいなお前さんらは……」


 ゴルホフはまたため息をつきながら顎髭をなでた。でも、どこか楽しそうだ。


「いいか坊主、獣族は成長がはやいんだよ。子供の時代が短く、成人である期間がものすごく長い。本来が狩猟民族だからな。ま、四血のお前はそうでもないみたいだが」


「なるほど…」


 ネリウスは考え込んだ。たしかに、平常時の自分は受け継いだ四種族の特徴がほとんど出現していない。なのに、どうしてだ。どうして『異常時』だけ四種族の特徴が出現してしまうんだ。それも強く…

 

 考えこみすぎて唸っているネリウスをしり目に、ルーニアが口をはさんだ。


「ま、とにかく。時間も遅いし今日はもう寝るにゃ。ゴルホフのベッド借りるにゃ~」


 それだけ言い残すとルーニアは颯爽と扉をあけて出ていった。さすがは獣族らしい俊敏さだ。


「なんでえあいつは、自由なやつだぜまったく。ま、お前さんも今日はもう休め。ルーニアのやつも逃げる気はないだろうし、とにかく今日はいろんなことがあったからな。しっかり寝て休め、な」


 そう言ってゴルホフはネリウスの肩をポンと叩いた。ネリウスは素直に礼を言い、食事をとることもなくゴルホフに貸してもらったソファに寝転んだ。そして、少しも目覚めることなく朝までぐっすり眠った。



 翌日。ネリウスは窓から射す明かりで目覚めた。


「朝だ…」


 ネリウスはソファから起き上がって伸びをした。身体の疲れはまだ残っていた。けれど、昨日あれだけことがあったのに、不思議とネリウスには爽快感があった。それは、王都にきてはじめて自分を認めてくれるものに出会ったからかもしれない。


「ふう…楽しい。何もかもが新鮮だ。それになんだ、ははっ。ゴルホフのソファ。昨日は気づかなかったけど、ものすごく大きいぞこれ。それによく見ると全部の家具が大きい。大きいコーヒーカップ。大きいテーブル。それに大きいおっぱ……ってルーニア!?」


「ふにゃあぁ…朝からうるさいにゃあ……」


 朝の陽ざしを浴びながら、シャツに下着だけという、ネリウスには刺激の強すぎる格好のルーニアが階段を降りてきた。ルーニアは眠たそうに切れ長の眼をこすりながらネリウスに近づいてきて、そのまま『ゴロン!』とソファに丸まってしまった。


「ル、ルーニアなんですかその服は、ちゃんと下も履いてください!」


 ネリウスは両手で顔を隠しながら、顔を真っ赤にしてソファの前であたふたした。


「にゃあ…朝は静かにするにゃあ…っておまえ、もしかしてコウフンしてるにゃあ? あたしの姿を見てコウフンしちゃったのかにゃあ?」

 

 あたふたするネリウスを見て眠気がとんだらしいルーニアは、立ち上がって嫌らしい笑いを浮かべながらネリウスに近寄った。


「ちょ、ちょっとやめて! ほんとうにマズいですよ!」


「にゃにがマズいのかにゃあ…? そんなにマズいならお前がどっかいけばいいにゃあ…」

 

 たまらなくなったネリウスが逃げようとすると、ルーニアはニヤニヤ笑いを浮かべながら素早くネリウスの尻尾を掴んでそのままさすりだした。


「ひ、ひいぃ!」


 ネリウスは必死に抵抗しようとするが、両手で顔を覆っているためルーニアになされるがままだ。


「にゃあ。にゃにがマズいのかにゃあ? ルーニアに分かるように、ちゃんと、教えてほしいにゃあ?」


 ルーニアの尻尾をさする手が早くなった。


「どこが弱いのかにゃあ…ここかにゃ? ここかにゃあ?」


「ほ、ほんとにマズいです…僕、もう……」


「にゃはは。もう、どうなるのかにゃあ…?」


 瞬間――


『異常時』


 それは戦闘のみならず、ネリウスが特殊な状況に追い込まれた場合もその対象に含まれる。この場合の異常時とは過度の興奮。つまり、どんな状況であれネリウスの身体が子孫繁栄の行為であると判断した場合、より強力な子孫を残すために疑似的に肉体を強化する、いわばネリウスの生存本能なのである。


 限界を超えてオーバーヒートしたネリウスの身体から、大量の『フェロモン』が噴出した。


「にゃにゃあ!」


 しかしルーニアも学習している。いち早くフェロモンの匂いを察知したルーニアは、ネリウスの『フェロモン』がルーニアに届くより先に、獣族特有の俊敏さでフェロモンの射程距離の外へ脱出したのである。


「あ、危なかったにゃ…また漏らすところだったにゃ……」


「や、やっぱり…漏らしてたんです…ね……」


 あまりの刺激に脳がキャパオーバーしたネリウスは、それだけ言い残すと床に倒れ込んでしまった。


「…朝から何やってんだ、お前ら……?」


 二人は情事に夢中で気づかなかったが、ずっといたのだろう。扉の前であきれ顔のゴルホフがわけの分からないものを見るような目つきで立っていた。


「にゃんだ、ゴルホフかにゃ」


「なんだとはなんだ。はあ…まったく。ルーニア、お前はまず下を履け。坊主にその格好は刺激が強すぎる。そんでそれが済んだら坊主を起こしてやれ。その間に俺は朝飯をつくるから」


「はぁいにゃ…」


 どうやらゴルホフには頭の上がらないらしいルーニアは、素直に言うことを聞いてパンツを履きに行った。その間ネリウスはというと…


「パンツ…白……」


 キャパオーバーによって薄れゆく意識の中で、なんとかルーニアのパンツだけは脳のメモリに焼き付けようとしていた。(ガクッ)




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純血種が最強の世界で劣等種の僕が英雄になる 吉村航太郎 @Y-Kotaro

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