第13話 広告

俺は帰宅し、今後のことを考える。


部としての体裁は整ったが、相談が来るのには時間がかかるだろう。誰だって知らない人に自分の心の中をさらけ出したいと思わない。軽めの相談から入ってもらい、その人自身のより重い相談、もしくはその人のクチコミを頼りに拡大していくことになるだろう。軽いものでも実際に相談を持ち掛ける、というアクションをとるまでにはステップがある。


AIDMAの法則という、消費者の購買行動の流れを示したものがある。一般には消費財に対して使われるが、今回の相談みたいなサービスにも適用可能だ。簡単に言うと、Awareness(認知)を高め、Interest(興味)を持ってもらい、Desire(欲求)をもってもらい、Memory(記憶)、すなわち欲しいと言う欲求を忘れずに持ってもらい、ようやくAction(行動)に至るというものだ。


部活動としては競合はいないブルーオーシャン(競合過多はレッドオーシャンという)なのでターゲッティングはしない。むしろ、1年だけでなく、2年と3年も、なんなら先生方もターゲットとなるだろう。さらに切り口としては個人だけでなく、生徒会や部単位のグループ、クラス単位もターゲットだ。これをまずは認知してもらう必要がある。


この時代、デジタルマーケティングは使えないため、アナログな手法に限られる。マスに広めるなら昼休みの放送、チラシの掲示及び設置ぐらいか。チラシはパソコンも予算もないので手書きでやるしかないだろう。


数ある部活の掲示がされている中での掲示はある意味競合とも言えるため、競合調査が必要だな。明日にでも見に行こう。


次の日、部室は結局仮部室としても使用した家庭科室になるとアズサから聞いた。月水だと料理部とちょうど競合しないらしい。お茶やコーヒーが入れられるのはありがたい。最近アズサとの距離が詰まりすぎだと感じるため、あえてタクミと話をする。


「タクミ、誰か字のうまいってか、面白い字が書けるやつ知らんか?」

「いきなりやな。しかも要求がよくわからん。同じ中学のやつで書道部はいるぞ。とりあえず話してみるか?」

「お、マジか!助かる!昼休みでも会えるか?」

「大丈夫やと思うぞ。9組だから隣やわ。昼休み一緒に行こか。」


9組ってことはカオリと、入部はしなかったがジョーと同じクラスだな。

「助かる!昼飯も一緒にどうだ?」

「おぅ。いいぞ。そういえば、ケイタと昼飯一緒に食べるの初めてやな。」

「あー。部活関連で忙しかったからな。アズサも呼んでみよか?」

タクミは途端に赤くなる。

「変な気ぃ使うなや!・・・別にどっちでもいい。」


俺はほほえましい気持ちで答える。

「これも部活関連だからな。声かけとくわ。」

アズサには声をかけ、了承を得られた。さて、昼までまじめに授業を受けますか。


そして昼休み。タクミ、アズサと連れ立って9組を訪ねる。タクミが目当ての子に声をかける。

「あ、カナコ、今ちょっと時間あるか?」

「え!タクミ?ど、どうしたん急に。」

あれ。この反応は。さすがですね。タクミくん。しかし、この子は俺の記憶にはない。覚えていないだけだろうか。アズサやリナを見慣れていると麻痺してくるが、十分に可愛らしい子だ。


「お前、書道部やろ?コイツが面白い字を書けるやつを探してるんやって。ちょっと話聞いてやってくれよ。」

動揺から復帰し、俺のほうを見てカナコは話し始める。


「はじめまして。八代くん、だよね。部活紹介見たよー。入学したばっかなのに先輩より堂々としてたよ。」


「印象に残ったみたいでよかったわ。これでも相当練習してたからな。改めて、はじめまして、八代慶太です。ケイタでいいよ。で、ちょっと筆で書いた字を見せてもらえるかな?」


「ちょっと待ってね。部活用のカバンなら入ってるかも。」


カナコはカバンから半紙を取り出し、俺に手渡す。なるほど。キレイな字だ。俺はメモ帳と筆ペンを取り出し、カナコに手渡す。


「これに『あ』って、横線は太く、縦線は細くメリハリつけて書いてみてくれるか?2画目のカーブのところも横線に近いところだけ太くする感じ。」

カナコは筆ペンを手に取るとさっと書いて見せてくれる。ほぼイメージ通りだ。素晴らしい。


「ちょっと俺が下書きしてくるから、それをこの字体で書いてくれへんか?お礼にタクミに飯を奢ってもらうから!」


「ちょ、なんで俺が飯奢るんだよ!」


「だってあんま知らない人に奢ってもらって飯食うよりお前と一緒の方が落ち着くやろ。お前には俺が奢ってやるからさ。」


「なるほどな。お前ほんと色々考えてんな。」


もっと言うと、タクミと昼飯ってのがカナコには1番の報酬になるだろう。そこまでは言わない。


「うん、それぐらいなら全然いいよ!・・・ご飯はありがたく奢ってもらうけど。」


カナコは喜んで引き受けてくれた。正解だったようだ。


「そういう気遣いはできるんだね…」

アズサが何事か呟いている。


明日までに下書きを準備してカナコに渡し、金曜日までに書いて持ってきてもらうように話しておいた。最初の数文字だけ監修すれば変なことにはならないだろう。


カナコは今日はほかの友達とご飯を食べるということで、タクミ、アズサ、俺で昼飯を食うべく食堂に移動する。教室を出る時にカオリと目が合ったので手を振っておいた。ジョーはアズサを見てたみたいだな。


ちなみに、他の部活のチラシが貼ってある掲示板も既にチェック済みだ。ワープロで打ったようなもの、マジックで書いたようなもので、筆ペン、筆文字はなかった。差別化はできるだろう。少しインパクトがあるように太いところは力強く書いてもらう方がいいな。


今回使っている手法は手書きPOPの書き方だ。みんな何気なく店頭で見ているかもしれないが、舐めちゃいけない。本当に数倍レベルで売上が変わるからな。


こうして、手書きチラシは無事に完成した。コピー機、もしくは輪転機か。貸してくれるかな。

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