第27話 ~谷原製ジャムパン、大試食会~ 民子の語り

『約束の品です』


 朝一番。弔問に来たみたいな神妙な顔つきで、谷原クンがあたしの机にコッペパンを盛った。その量は実に壮観。なにせ、沢山過ぎてパンの雪崩が起きたんだから。その数、なんと三十個。スーパーの袋、二つ分。

 周りのクラスメイトはみんな、呆気にとられてた。


 いやあ、口止め料とはいえ沢山もらっちゃって悪いねえ。

 でもコレ、食べきれるかな?


 谷原クンは、あの昭和の小学校みたいなお屋敷と、村と村の人達の事を外に話されるのを極端に嫌がっていた。


 別に嫌なら誰にも話さないけどさ。でもなんで知られたくないんだろうね? だって、めちゃめちゃ素敵なところだったよ。

 お屋敷はレトロな感じで可愛くて、天井からこう……干した植物がいっぱい吊られてて。広い台所には果物やら野菜やらを漬けてあるビンやボトルがずらーーっと並んでて。お屋敷の外には古民家っぽい家や田畑が広がってて。お屋敷の裏には果樹園やら、よく分らん植物がいっぱい植えられてる庭があって。

 もしかしたら映画のセットか、観光地にできるんじゃない? って感じの場所だったのよ。その場所が谷原クンの下宿先だと聞いた時にはもう、「ヴィクトリィィィッ!」って叫んじゃうくらい興奮したんだから。

 食べさせてくれたトマトとズッキーニのお粥も、めちゃウマだったしね。生姜とゴマ油が利いててさ。食べると体がポカポカしたの。正直、ご飯茶椀じゃなくてラーメンどんぶりに山盛り欲しかったわ。


 あんないい所、自慢こそすれ隠したいなんて、変だよねぇ。

 はあ。あの桃源郷みたいな村を思い出すと、自然とため息が出ちゃうわ。天国でも桃源郷でも映画のセットでも何でもいいから、また行きたいなぁ。


「おいブタ。鼻息がうっとおしいからこっち向いてため息吐くなよ」


「ねえ民ちゃん、これどこのパン?」


「ホントおーいしーい」


 私は今、ミっちゃんとスギちゃんと、誠に遺憾ながら木村と三人で、谷原クンから頂いたジャムパンを食している。

 場所は真昼間まっぴるまの屋上。暑いけど、日陰に入れば我慢できない事もない。


 ミっちゃんとスギちゃんは、あたしの中学以来の友達。先日、車椅子であたしを保健室に運んでくれたお礼をかねて、谷原クンのジャムパン大試食会に呼んだのよ。けどいかんせん量が多くて目立つし、他の奴に分けるのも嫌だったから、誰もいない屋上を試食会場に選んだというわけ。だから木村は、仕方なしのオマケみたいなもんだわね。


 いかしかし、マジで最高よ。あの谷原製ジャムパンを口にできる日が来るなんてさ。これだけでもお友達になった甲斐があったというものだわ。


 ジャムパンは、コッペパンを真ん中で割って、その中にジャムをたっぷり塗ったシンプルなもの。ジャムの種類は、パンをくるんだラップに貼られたシールにメモ書きされてるんだけど――


 いちご。ブルーベリー。オレンジバター。りんご。玉葱とワインビネガー。あんず。栗。トマトとバジル。茄子カレー。トマトとグレープフルーツ。甘夏。いちじく。プルーン。エンドウ豆とチーズ。柿。梅。さくらんぼ。くるみと蜂蜜。


 甘いのしょっぱいの合わせて、まあなんて盛りだくさん。もちろん、作り置きしておいたやつなんだろうけど、よくこんだけ仕込んだなぁ。


 一〇個足りないのは、もう食べたから。ミっちゃんとスギちゃんが二つずつ。木村が四つ。普通のコッペパンより一回り小さいから、飲むように食べちゃえるのよ。ひゃ~、おっそろしい。


 あたしは柿のジャムパンを手に取ると、ラップを取ってかぶりついた。ちなみにあたしは、これで三つ目。

 いやこれも美味しいわぁ。柿ってジャムにできるんだねぇ。しかも、トロッとして甘さにコクがあって。こんな美味しいもの、どうしてスーパーで販売しないのかしら。

 谷原クンたら、毎日こんな美味しいもの食べてたのね。自分で作ったとはいえ、ずるいなぁ~。あと、このコッペパンも、もしかして自家製じゃないの? 無駄に甘くないから、ジャムの味が引き立つわぁ。


「あ、そういや名取」


 柿ジャムパンを完食したタイミングで、木村があたしを呼んだ。驚いた事に、家畜扱いではなく苗字呼びだ。


「なんじゃい」と聞き返すと、木村は後ろに置いてあったランチバックをあたしに投げてよこした。


「これ、愁一郎から。なんか、名取が腹いっぱいになる前に渡してくれって」


「はよ渡さんかい!」


 あたしは急いでランチバッグをあけた。腹いっぱいになる前にって、もうそろそろ九分目ですからね!


 中身はサンドイッチと、ビン詰めされた赤黒い何か。手紙らしきものが入っていたので、開けてみる。


 差出人は、真利亜さんだった。

 なるほど。これは中身の説明だ。サンドイッチは、ほうれん草とアーモンドを挟んであって、ビン詰めはプルーンを蜂蜜で漬けたものらしい。


「なになに? ラブレター?」


「みせて~」


 ミっちゃんとスギちゃんが、飛び跳ねるようにあたしの後ろに回って手紙を覗きこむ。

 木村は「なわけねぇだろ」と渋面を作って、次のジャムパンのラップを剥きはじめた。

 あたしは興味津々な二人の為に、手紙の残りを朗読する。


「えっと~? 生理痛や貧血の時に良い食べ物を書いておきます。それから、生理中はむくみやすい上に痩せにくいから、ダイエットしても効果はあまり期待できませ……」


 そーなのぉぉぉ!?


 ショックのあまり、手紙を取り落とす。

 あたし今まで、生理のたんびにダイエットしてた気がするよ。だって生理中って、何故か体重が増えるから。あれって、むくみだったのね。


「あー、サイクルがあるっていうもんね。確かに生理中って全然体重減らないや」


 ミっちゃんが何度も頷きながら、手紙の内容に同意する。


「ほらみろ、ただの栄養指導じゃねえか」


 そして木村はせせら笑った。

 

 スギちゃんが「どれどれ?」と手紙を拾って、続きを読む。


「へー。カフェインの強いものは生理痛を強めるんだ。緑茶も体を冷やすからNGだってさ」


 勉強になりましたー。

 クールにそう言って、手紙をあたしに返してきた。

 あたしはあの、ビスクドールに日本人形の髪の毛をくっつけたような関西弁美人さんとの陽気なやり取りを思い出しながら、もう一度手紙に目を走らせる。

 そして、気付いた。


「んむ? この字……」


 ものすごーく見覚えがある。そうよこの、縦に長い平仮名と、払いと止めがきっちり書かれた漢字。アミラーゼの実験の時に、めちゃくちゃ見た。


「はあ~ん」

 

 あたしはニヤリと笑った。

 谷原クンてば、可愛らしいマネしてくれるじゃないのよ。

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