第5話 ~真識人の昔話~ 愁一郎の語り

  

 真識人ましきびと

 僕の体の半分を構成している古い民族の名前だ。古来から日本列島で暮らしてきた先住民の末裔らしい。


 真識人は和人わじんと混血しながら、独自の文化を脈々と伝え、また発展させてきた。

 その文化の代表的なものの一つが、療術だ。中身は現代で言われている代替療法というものが主だけれど、効果は時の権力者がこぞって手に入れたがる程のお墨付きだった。


 中でも、生薬に関しては世間様がご存知の漢方薬よりもずっと効能が高く、薬の種類も多岐にわたったといわれている。

 今でこそ西洋薬に王座を奪われてしまった生薬だけど、西洋医学が日本に入ってくるまでは、真識の薬は日本で一番だったと断言していいだろう。


 じゃあ、なぜ真識の生薬が世に広まらなかったのか。

 一つは、そもそも生産量が少なかったから、という理由。流通しなきゃ知名度も上がらない。

 二つ目。真識人が、世間様から身を隠さなければならない存在だったから。

 二つ目の理由は、今でも僕らの悩みの種だ。


 折角だから、僕が幼い頃に族長から聞かせてもらった日本昔話バージョンでお話しよう。



 むかしむかし。日本がまだ日本という名前になる前のお話です。

 とある地方に、一人の老婆がおりました。その老婆は小さな一族のおさで、広い世界を見通せる不思議な目と、遠くの物音を聞き分ける鋭い耳と、未来を垣間見る力を持っておりました。神と対話でき、動植物や狐狸妖怪と親しいその老婆は、自身の薬草術を一族の者達に伝える事を生きがいとしておりました。そしてその一族は、老婆から受けついだ薬草術で多くの人の病を治すことで、大いに感謝され、繁栄していきました。


 煎じる事に関しては、その一族の右に出るものはいませんでした。

 病の本質を鋭く見抜き、どんな病も煎じ薬でたちどころに癒すその一族は、やがて賢人と崇められました。人々は彼らの事を、真実の知識を持っている人達という意味で、『真識人ましきびと』と呼ぶようになりました。


 真識人の薬には一つ、門外不出の禁薬がありました。族長のみが服用を許される、不老長寿薬です。


 それがある日、旅人に不老長寿薬の存在を知られ、薬を盗まれてしまいます。

 

 不老長寿薬は、一度薬を飲めば病はたちどころに消えてなくなり、以後およそ百年は服用時の肉体を保てる一方、強力な依存性が存在しました。

 不老長寿薬を服用した者は、およそ百年後に離脱症状が現れます。拮抗薬は、ありませんでした。


 生き永らえるために薬を飲んだ者。または、軽い気持ちで飲んだ者。犠牲者は数知れず。


 人の精神は、不老長寿に耐えられるほど強靱ではありません。寿命というのは、各々の生き物が本来与えられた時間を全うするに見合ったものなのです。それを無視する代償は、不老長寿薬の服用者達を、大いに苦しませました。

 

 生き続ける事に疲れ果てても薬効が薄まれば、死よりも恐ろしい離脱症状が容赦なく体と精神を蝕みます。そして耐えられずにまた、百年生きる薬を飲む。

 苦しみのあまり自ら命を断つ者。薬を断てず自害もできず、生き続ける者。服用者達は誰もが、悲惨な苦しみを味わいました。

 そしていつしか真識人は、人類を不幸の底なし沼に突き落とす劇薬を生み出した極悪人とみなされ、成敗される対象となったのです。


 盛者必衰じょうしゃひっすいとはこの事。真識狩りは止まる事無く、繁栄した一族は、みるも無残に数を減らしました。族長である老婆は、仲間の全てが死に絶える前に、真識を社会から消す選択を余儀なくされたのです。


 生き残った仲間を引き連れ老婆が身を隠した場所は、F県の山深く。老婆は土地神に掛け合い、真識人が土地神の土地に住まい生き永らえる許しを得ました。

 こうして真識人の隠遁生活が始まります。


 長い年月を経て、真識人は徐々に数を増やしました。やがて正体を隠しながら社会に溶け込む暮らしを選び、新たな療術を身につける者も現れます。


 今でもF県の山中では、土地神様の加護もと、真識の血を引く者たちが療術師の村を作り、ひっそりと暮らしているそうです。


 おしまい。



 改めて語ってみると、とてもじゃないけど実話とは思えない。けれど、これで脚色なしというんだから、驚きだ。 


 族長は、今でも百年単位で不老長寿薬を飲みながらピンシャン元気に毎日働いてるし、村でとれる生薬の材料は、ぱっと見、外の世界のものと変わらないけど、服用した時の効能は整腸剤だろうが解熱剤だろうが、桁外れによく効く。

 なんていうか真識の村は、土地も水もそこに根付いている植物も、それ自体が生気に満ちているんだ。だから極端な話、あそこにいるだけで元気になる。

 真識を狩る者達――僕達は『狩る者』とか『ハンター』って呼んでるけど――彼らも実際に存在している。


 不老長寿薬の拮抗薬を作ろうともしているけれど、完成には程遠い。でも二十年ほど前に、拮抗薬とまではいかないけれど、断薬法は発見された。

 その発見者っていうのが何を隠そう僕の父親だ。


 僕の父、久世秋彦くぜあひきこは、本名を継重つぐえという。苗字は元々持っていなくて、ただの『継重』だ。

 『秋彦』は、戸籍を作る時に適当に考えた名前らしい。久世っていう苗字も、真識人の一人、久世さんの養子に入ってから決まったものだ。

 父さんに元々苗字が無い理由は、日本人全てが苗字を持つようになった明治以前の生まれだから。父さんの年齢は、今年でちょうど四五〇歳。

 父さんは、今ではちょっと見栄えのいい普通のオジサンだけれど、二十年ほど前までは、二十台後半の外見だったらしい。


 なにゆえそんな非常識極まりない年のとり方をしたかというと、不老長寿薬の服用者だったからだ。真識の中で不老長寿薬の服用者は、族長と父さんの二人だけ。

 ここ二十年で肉体が歳を取ったのは、断薬に成功したから。仮説を立てた断薬法を実証する実験体として、自分の体を使ったんだ。

 父さんは、息子の僕から見てもかなり図太くて根性の座った人だけど、よく薬を断つ決心をしたなと思うよ。

 離脱症状のショックで死なずにすんだのは、母さんが土地神様から貰った草を煎じた薬湯のお陰らしい。


 ちなみに僕の母である谷原菊乃たにはらきくのは、真識人ではない。

 族長曰く、母さんは前世でも父さんのお嫁さんだったらしいけど、現世は普通の一般人だった。それが、何のご縁があったのか、また父さんのお嫁さんになってしまったんだ。まあ、事実婚なんだけど。


 真識とは切っても切れない縁を持った二人の息子であるこの僕が真識の仲間入りをしたのは、ごく自然な流れだろう。


 さて。最後に両親と撲に話が逸れてしまったのがちょっと余計だったかもしれないけれど。

 

 以上の事から、真識の知名度がゼロに等しくて、療術も薬も世に出回っていないのは、命を狙われているがゆえだと分る。


 そういうわけだから、僕を含め村に住む真識人は、名取さんに嗅ぎ回られると非常に迷惑なんだ。それでなくても、全世界まるっと見れる航空写真がネットに出現したお陰で、村は空から丸見えだっていうのに。僕のプロフィールが学校新聞の記事に載せられるなんて、とんでもないよ。


 僕は今まさに、F県の山中にある族長のお屋敷に下宿してる。昨日ちらっと見えたけど、メモ帳に書かれてあった二番目の項目『自室を見せてもらう』。あれが実現されようもんなら、完全に終わりだ。

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