魔女

物書未満

にたもの、そんなもの

 私は逃げていた。あらぬ罪をかけられ、国から遥か東の樹海の先に。そして、そこには天を衝くほどの古塔がそびえていた。


「お邪魔します……」


 古塔の先に道は切れていて、中に入る他はない。それに魔力は尽きて環境適応ノーマライズの魔法の維持は難しく、風雨を凌ぐためにはここしかなかった。


「これ、すごいな」


 古塔はあちこちに古代文字が刻まれていて、そのどれもが現代では再現できない、あるいはそもそも失われているようなものばかりだ。


 美しくも恐ろしい、しかしなぜか安らぐ光景に包まれながら知らぬ間に最上部までやってきた。不思議と疲れはなく、むしろ少しの活力さえ湧いてきている。


「……珍しいな。こんなところに客か」


 背後から声に驚き、振り向くとそこには鈍く光る冷たい鋼に溶岩のような脈動が走る巨大な翼を広げた、一人の女性が立っていた。


「貴女は、まさか……」

「言うな。ここにお前は来た。それがそれの証明だ」

「そうか、やはりあの話は本当に」


 魔法の祖、彼女は伝説にそう記されている。何千年と前に当時は偶然の産物であった魔法を体系化、一般化し、人間の魔法技術を一足飛びに発展させた謎多き魔法使い。

 だが人間は愚かで、彼女を恐れた時の権利者と扇動された民が彼女を殺してしまった。

 失望と怒りと駆られた彼女はその翼を以て天空を駆け回り大陸を一つ何日も火の海に沈め、焦土にしたという。

 文献はそれより先にない。


「う、ぐぅ……」

「なんだ? ああ、そうか」


 少し考え事をしていたら体がふらつき、よろよろと壁にへたり込んでしまった。異様な高熱にみまわれたかのような……


「はぁ、はぁ」

「ここの魔力にやられたか。大丈夫だ、お前なら死にはしない」


 ダメだ、頭がぼんやりして回ってくれない。


「まあ、めったにないお客だ。もてなしてやろう」


 そんな声が聞こえたのを最後に、私は意識を手放した。


――


「う、ん……」

 次に目覚めると薄明るい部屋にいた。どうやら倒れてベッドに運ばれたらしい。横の壁に目をやるとあの魔法使いが机に向かって何かを書いている。羽ペンを使っているようだ。珍しいな。


「起きたか」

「あ、はい……」


 それだけ言って、彼女は筆を進めていく。こちらには一瞥もくれないようだ。私にやることはない。何かしようにも何も分からないし、どうしようもない。

 ただ、彼女を見ていると懐かしいことを思い出す。いや、思い出すとは違う。なにかそう言う気持ちになると言うべきだ。


「差し詰め、魔法のことで追われたんだろう?」

「そ、そうです」

「何をした?」

「それは……」


 私は現在の魔法を改良し、人々に使いやすい魔法を広めようとした。難しいとされ、独占的になっていた魔法も簡易化して広められるだけのことをした。

 ただ、ただ人々がよりよく生きられるように、と。


「……そうか」

「私は間違っていたんですかね……」

「お前は私のことを知っていたんだ。それならば分かっていたはずだ。この古塔に辿り着けるというならなおさらだ」

「ぐ……」


 痛いところを突かれた。

 そうだ。私は知っていたのだ。彼女がなぜ負われたのかを。その意味するところを。

 しかし、やはり、どうしても好奇心というべきか、探究心というべきか、それは抑えられなかった。


「私もそうだった。人々のためだと思ってやったことだ。裏切られたがな」

「……」

「いや、裏切られたとは言い難いな。つまるところ、私がやったことは自己満足でしかない。人々のため、などと考えたのは傲慢だな」

「そんなこと……」

「そうに違いないさ。自己満足で人々に与えて、その結果で人々に追われたんだ。腹が立って全部灰にしてしまったのも自己満足なんだ」


 彼女の言葉が槍のように私に突き刺さる。返しのついた抜けない槍だ。抜こうとすれば酷く痛んで、抜けたらズタズタで死ぬ、そんな槍が何本と刺さっていく。


 だが、これは救いだ。

 心無い人々につけられた無数の切り傷を全て上書きしてくれる。

 容赦なく刺してくる彼女の言葉は無機質に近いが、しかしたしかに温かい。

 切りつけられて傷み痛む傷を、彼女の言葉が突き刺して抉って灼いてくれている。


 痛いのは痛い。でも、全部を洗い流してくれるような痛みだ。

 高濃度魔力で少しフワフワとする頭に流し込まれる痛みは一つの麻薬のようだ。


「私は、私は……」

「どうしたいんだ? お前にはどうにでもできる力があるんだぞ? 知らないわけではあるまい?」


 どうにでもできる力。

 そう、誰も読めなくて私だけが読めた文献の隅の落書き。それこそが力。


「あ、ああ……」

「やりたいようにやればいい。お前は人間じゃない。魔法使いでもない。私と同じ魔女なんだからな」


 その言葉で私は何かが切れた。

 気付けば塔から飛び立ち、初めから持っていたかの如き両翼で音より早く空を駆けた。

 天から巨星を落とし、稲妻を走らせ、火を放って全てを焼き尽くした。


 ああ、とても気分がいい。

 素晴らしい気分だ。


 復讐とか、そんな安いものじゃない。

 全てをキレイにしている。

 そんな気分だ。


 溜め込んでいたものが吐き出されていく。

 私はこんなに抑えていたのか。


 というか、きっと。

 私は多分、そういうことだ。

 この瞬間だけが欲しかったんだ。

 そのためにやってきた。

 これを正当化するために人々に仕向けたんだ。

 そう無意識に。


――


「ん……」

「起きたか。派手にやったな」


 目覚めたのは小高い丘の上。あたりからは黒煙が上がり、大地はところどころに大地の血潮が流れている。


「反撃も許さない徹底的破壊か。なかなか溜まってたんだろう」

「そうかも」


 彼女はどこか笑っているように見える。なぜか私もつられて笑顔になる。

 ふと見れば私の翼は白くなり、青い脈動が走っている。彼女と色違いのおそろいだ。


「お前はどうする?」

「……えい」


 命の生まれそうな場所を少し作っておく。ついでにそれっぽい大きな石碑も置いておいた。

 これでまた人間が生まれる。またこんなことをするだろう。楽しみだ。


「ふふ、悪趣味な。だが面白い。どうだ、塔にくるか?」

「そうする」


 人間が出てくるまで、彼女と暇つぶしでもしよう。


 ああ、アレが向こうにちょっと残ってるな。

 掃除しておこうか。


 あんな国の紋章なんか全部消えてしまえ。

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魔女 物書未満 @age890

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