第二十二話 「箱の中の記憶」
青年たちは幸いにも憲兵に見つかることなく店に帰り着いた。
店主は店を開けると蝋燭に明かりを灯し、まだ目を覚まさないイズミを座敷に寝かせた。その隣に青年は座り、やれやれとひと息つく。
「とりあえず、これで一安心だな」
「はい。本当にありがとうございました」
「礼はいい。それより傷の手当てをしたほうがいいぞ」
「お客さんもですな。前にイズミがつくってくれた傷薬があります。持って来ましょう」
店主は店の奥から薬箱を取ってきて、小瓶に入った傷薬を青年の腕に塗った。
ほどなくして、青年は腕の痛みがひいていくのを感じた。
「なるほど。皇都で評判になるわけだ。たしかにあの里の薬は効きが良い」
「イズミは腕の立つ薬師ですから」
そうだな、と青年はうなずく。
店主が傷の手当てをすませたところで、青年は本題に入った。
「それで、あんたはイズミのことをどこまで知っていたんだ」
「あなたには、もうおわかりでしょう」
「あんたの口から直接聞きたいのさ」
店主は小瓶を薬箱にしまい「わかりました」とこたえる。
「イズミは私の姉にあたります」
「父親が同じで、母親がちがうってことか」
「はい。私の母はこの都で生まれ育った、ごく普通の人間です。もちろん、私もね」
「あの時、イズミがニシキの術式に反して意識を取り戻したのも、肉親であるあんたの血を口にして、自分の血と共鳴したからか」
「おそらくそうでしょうな」
「あんたはいつからイズミの正体に気づいていたんだ」
「最初からです。今から一年ほど前のことでした。私は夜の美奈木大橋の前で、一人立ち尽くして泣いている鬼人の娘を見ました。それが最初に見たイズミの姿でした。彼女は頭から大きな角を生やし、炎のような髪を夜風に揺らせ、鋭い爪の生えた両手を力なくたらし、満天の星空を見上げながらひっそりと嗚咽をもらしていました」
店主は目を閉じ、少しの沈黙を置いて、口を開く。
「その姿を見た時に確信しました。その鬼人は、私と血のつながりを持つ家族なのだと」
「確信した根拠はなんだ」
「……少し、お待ちください。用意をしてきますので」
店主は再び店の奥へ向かう。
青年はイズミのほうを見て、彼女がまだ目を閉じていることを確かめた。
しばらくして、店主が古ぼけた木箱を持ってもどって来た。店主は木箱を青年の前に置き、紐をほどいて封を解く。箱の中におさめられていたのは、一通の文だった。
「父は生前、自分が死んだらこの箱を開けて、納めている文を読むようにと言っていました。父の死後、私はこの文を読んで、その理由を知りました。ここに記されていることは、父が生きている間には絶対に知られたくないであろうことだったからです」
店主は文を取り出し、青年に差し出す。
「そんな大事なもんを、俺が読んでもいいのか」
「あなたには知ってほしいのです。本当のことを」
青年は店主と目を合わせ、小さくうなずくと、文を受け取った。
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