第四話 「ささやかな儀式」
美奈木大橋のすぐそばまで来た時、青年は寝間着姿のまま橋の手前にたたずんでいるイズミの姿を目にした。
橋の欄干に祀られている法石は橙色の明かりを灯しており、夜の闇のなか法石の明かりに照らされたイズミの姿は、夢と現実の狭間を漂う不安定な幻のようにも見えた。
法石は明かりを灯しているだけで、警鐘は発していない。つまり、この付近に人ならざるものはいないということだ。
青年は少しばかりの緊張を保ちつつ、さてどうしたものかなと考えた。
しかしだんだんと考えるのも面倒になってきたので、声をかけることにした。
「怪物は出たか」
するとイズミはびくっと身を震わせ、小さく悲鳴を上げた。
「きゃっ! え、え? お客さん? やだ。びっくりさせないでくださいよ、もう」
「びっくりしたのはこっちのほうさ。どうしてこんなところにいるんだ? 夜にここへ来るなって言ったのはお前さんだろうに」
それは、とイズミは目を伏せる。
「どうした。人に言えないことでもしようとしてたのかい?」
「いえ、その……、お参りのようなことを、していたんです」
イズミは大橋の彼方にある社の門のほうへ目を向ける。
門は闇の中に隠れているが、その存在感は体の奥、心の底にまで入り込んでくるような気がした。
「実は私、この都の住人として登録をしていないんです。ですから、社への参拝が認められていません。なのでたまにですが、夜中にここへ来て、お祈りをしているんです。ただの気休めでしかありませんけど」
「父親のことか」
「ええ。でも、どうしてそれを?」
「店主のジイさんから聞いた。たいした孝行娘じゃないか。父親に会うために、わざわざここまで旅をしてきたんだろう」
「そんな、ほめられたようなことじゃ、ありませんよ」
謙遜しているのか、イズミは小さな声で言う。
「父親をさがしているのなら、憲兵隊に依頼を出すのが一番手っ取り早いだろう。なにかと面倒な目にあうかもしれないが、連中の情報網と組織力は頼りになる。そういうところはどの都の憲兵隊でも同じはずだ」
「そうですね。でも、今のままでいいんです。父に会えるかどうかは、運命にゆだねてみようかなって、思っていますから」
「父親に会うために、ここまで来たんじゃないのか」
「私は、故郷の里を追い出されたんです」
イズミは顔を上げ、夜空を見る。
雲はさっきよりも増えていて、星も月も見えなかった。
「よかったら、話を聞かせちゃくれないか」
「つまらない話ですよ」
「このままだと、お前さんに何があったのか気になって眠れなくなっちまう」
なんですかそれ、とイズミは小さく笑う。
「わかりました。でも、誰にも言わないでくださいね」
「約束する」
青年が言うと、イズミは少し安心したように表情をやわらげる。
「この話は、里長である祖父から教えてもらった、私の両親の話です」
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