第12話 結束倫正 6


 秀治しゅうじが写真を見て「これは……」と、言葉を失う。なぜならば、伽藍胴殺人事件で指名手配中の下野正樹しものまさきの弟──下野学しものまなぶにとても似ていたからだ。少し長い茶髪に色素の薄い切れ長の目。目元の二つ並んだホクロまで位置が同じだ。だが秀治しゅうじが見た事のある下野学しものまなぶの写真はもう少し幼い印象である。


 下野学しものまなぶは二十一歳の時点で家出をし、そこからの足取りは分かっていない。更に下野学しものまなぶは写真嫌いだったのか、高校卒業時の、十八歳当時の写真しか残っていなかった。つまり秀治しゅうじが知っているのは下野学しものまなぶの十八歳当時の顔。倫正みちまさが送ってくれた写真はその写真よりも少し年上の印象を受ける。


「なんでお前が下野学しものまなぶの最近の写真を持っているんだ?」

「そう思うだろ? だがこれは下野学しものまなぶではなく、駿我雅隆するがまさたかの写真だ」

「は? いやいやいや……え?」

「まあそういう反応になるだろうな」

「どういうことだ? 駿我雅隆するがまさたか下野学しものまなぶだったってことか? いやいやいや……さすがにそれは有り得ないって……」


 分かりやすいくらいに秀治しゅうじが狼狽えているが、それに構わず倫正みちまさが話し始める。


「それは写真加工ソフトで加工した駿我するがの写真だ。いじったのは髪型と髪色、それと瞳の色とホクロ。アイラインなども薄く引いてある。駿我するがは黒髪短髪に黒い瞳で、目元にホクロはない。二枚目の写真は見たか? 二枚目が加工していない駿我するがの写真なのだが、印象はかなり違うだろう? ひたいが出ている出ていないでも印象は違う。確かに顔の形やパーツはかなり似ているがな。覚えているか? 田村凛花たむらりんかの日記の内容を。と書かれていた男のことを。『少し長めの茶髪で切れ長の色素の薄い目が素敵』『目元のホクロが可愛い』『髪の毛はウィッグだったぁ。なんでウィッグ?』『仕事で身だしなみが厳しいから休みの日はウィッグで気分転換してるって』『少しメイクもしてるみたいだしホクロもメイクだった』『メイク男子ってやつ?』と、細かく記されていた……下野正樹しものまさきの弟に似ていると書き記されていた男のことを」


 倫正みちまさが次々と紡いでいく言葉に秀治しゅうじは絶句し、なんとか「どういうことか説明してくれ倫正みちまさ……」と、力のない声を漏らした。


「それを鷹臣たかおみに頼まれて調べているところだからな。私も完全には理解はしていない。理解はしていないが、鷹臣たかおみが言うように伽藍胴殺人事件の真犯人を駿我するがだと仮定すると……」


 「疑問点が次々になくなっていく気はするだろう?」と、倫正みちまさ秀治しゅうじに問いかける。


「どうだ? もう少し私達に付き合ってみる気になったか?」

「そう……だな。確かにお前が言う通り、駿我するがを真犯人だと仮定した場合に謎が解けることは多い。だがそうなるとまずい展開じゃないか? 駿我するがと繋がりのある宮下みやしたに探っていることがバレたということになる。逃げられたりするんじゃないのか?」

「まあそうなるな。だがもとより駿我するがには探っていることはバレている」

「そうなのか?」

「ああ。これに関しては鷹臣たかおみが失敗したと言っている。鷹臣たかおみ駿我するがに初めて会った際、駿我するがの背後に禍々しいが見えたと言っただろう? その複数のの中に田村凛花たむらりんからしき姿があったんだ。その田村凛花たむらりんからしき駿我するがを指差してと言った」

「それで?」

鷹臣たかおみもナカノタクマに関しては分からなかったが、田村凛花たむらりんかを殺したのは目の前のこの男だと確信した。そこで……」


 「鷹臣たかおみは焦ってしまったんだ。あいつにしては珍しくな」と、倫正みちまさがため息をつく。


「もう少し調べてからにすればよかったんだが……」

「どういうことだ?」

「いや、駿我するが雪人ゆきひとの担当編集だろう? 鷹臣たかおみ雪人ゆきひとが危ないと思い、焦ってしまったんだ。その挙句に駿我するがに対して『伽藍胴殺人事件を知っていますか』『田村凛花たむらりんかさんを知っていますか』『ナカノタクマという名に聞き覚えはありませんか』『人を殺したことはありませんか』『自首をするならば付き合いますよ』と口走ってしまった。本当にあいつらしくない」


 そう言って倫正みちまさが再びため息をついた。


「それだけ焦るほどに、佐伯さえき君にとって奥戸おくど君は大事だってことだろ?」

「そう。だからこそ鷹臣たかおみは今も焦っている。早く解決しなければ雪人ゆきひとが危ないからな」

「でもそれに関しては奥戸おくど君に伝えれば済む話じゃないか? 友人なんだろ?」

「いや、鷹臣たかおみ駿我するがが初めて会った日から雪人ゆきひとは電話やメールを無視している」

「家に直接行くとかはどうだ?」

「それも鷹臣たかおみはやったらしい。だが雪人ゆきひとはインターホンには出たが『帰ってくれ!』と叫ぶだけで取り合ってくれなかったようだ。鷹臣たかおみは警察に相談することも考えたが、現状無理だ。駿我するがという確たる証拠は一つもない」

「確かにな。俺はさっきまでのお前との話で駿我するがが怪しいとは思い始めている。だがそれはお前や佐伯さえき君が話す幽霊──いや、の存在があってのことだ。それにそもそも警察は。難しい状況だな……」

「だからこそお前に協力して欲しいんだ。別件でもなんでもいい。駿我するがを引っ張れる証拠が一つでも出れば……」


 その言葉を聞いた秀治しゅうじがしばらく押し黙ったのち、「分かった」と短く言葉を発した。


「悪いな秀治しゅうじ。変なことに巻き込んでしまって……」

「いや、変なことなんかじゃないさ。お前や佐伯さえき君のおかげで迷宮入りした事件が解決するかもしれないんだからな。それで? 俺は何をすればいいんだ?」

「お前は宮下透みやしたとおるの尿や毛髪、唾液や汗などなんでもいいから摂取して薬物検査をしてくれ」

「は? 宮下みやしたは薬をやってるのか?」

「ああ」

「……一応聞くぞ? 情報源は?」


 その問いかけに対して「決まっているだろう?」と倫正みちまさが答え、胸ポケットに忍ばせた煙草と年季の入ったZippoジッポーライターを取り出す。そのまま煙草を咥えてライターの蓋を手馴れた手つきでカシュンと開け、煙草の先端にジリジリと火をつけて煙を肺に満たす。


鷹臣たかおみに教えたんだ──」


 そう言って倫正みちまさが煙草の煙を吐き出した。



 ──結束倫正(了)

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