第7話

「宮藤さん。クライアントからの報酬は普段どのような形で受け取られていますか?」

「え……。それは普通に、俺の銀行口座に振り込まれます」

 唐突だが、答えられないほどの質問ではない。

「そうでしょう。そこがポイントです」

 Oさんは、ますます笑みを深めた。

「サムズアップ出版は銀行口座を持てないから、電子マネー払いなのではないでしょうか」

「銀行口座を持てない●●●●?」

 意味が分からなかった。銀行口座って、金を払えば誰でも持てるものではないのか。俺がそう訪ねると、Oさんは首を横に振った。

「一般の人が個人口座を持つのと、法人が口座を持つのは全く意味が異なります」

 Oさんによると、法人が銀行に新規口座を開く際には、資産状況などがかなり厳しく審査されるのだという。それは、銀行が法人に融資をする際に担保設定、すなわち借金の質を取るのが前提だからなのだが、サムズアップ出版の住所の置かれている場所は、何と築35年の木造賃貸アパートだそうだ。

「つまり、普通の住宅街のアパートというわけですよ。そんなところに、銀行が担保設定できるはずがありません。起業する場合、通常は金融機関からまとまった額の融資を受けて、それを返済しながら運転資金を確保します。ですが、サムズアップ出版は銀行の融資すら受けられていないのではないですかね」

「……何か、めちゃくちゃ怪しいじゃないですか」

 下手な経済小説より、面白い。自分が置かれている状況も忘れて、俺はOさんの話に夢中になった。

「もう一つの可能性でなければ、面白いで済むのですけれどね」

 急にOさんが真顔になった。

「もう一つの可能性とは?」

「サムズアップ出版が、金融業界のブラックリストに載っている可能性です」

「ブラックリストって……」

 あれか。都市伝説で聞いたことのある、「借金で首が回らない」人のリスト。だが、Oさんによればそんな生易しいものではないという。

「反社勢力やそれに類する業者や個人のリストですよ。一般人が目にすることはありませんが、金融業界では会社の枠組みを超えてブラックリストの情報が共有されています」

 刹那、言葉が出なかった。

「……つまり、前田はヤクザの手先だと?」

 ようやくの思いで、それだけの言葉をそろりと絞り出す。Oさんは唇に人差し指を当てた。

「断定はしかねますけれどね。可能性はあると思います」

 金融業界では、コンプライアンスが他の業界よりも特に重視される。反社勢力やその関連団体に安易に金を貸すと、経済トラブルのみならず国際テロリストやヤクザなどの資金として流れかねず、一般市民が迷惑を蒙る恐れがあるからだというのだ。

 確かに時折Freedomに投稿される前田の情報からすると、羽振りはいいらしかった。それが真っ当に稼いだ金ならば、普通に銀行口座を持てるはずだという。さらに、Oさんは話を続けた。

「銀行口座を経由したお金というのは、出処でどころから行き着く先まで、その痕跡を辿れます。ですが、電子マネーはそれができない。だから、宮藤さんの取引されているクライアントも、皆『銀行振込』を使うでしょう?わざわざ振込手数料を払ってでも銀行振込を使うというのは、企業のバックボーンがクリーンなあかしでもあるんです」

 俺は、顔から血の気が引くのを感じた。正に、危機一髪だったに違いない。

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