第6話

 俺がFreedomに復帰したのは、それから1ヶ月ほど経ってからのことだった。Freedomに投稿しない間は、クライアントからの依頼に没頭し、また、次の作品の構想を練っていた。それらの日々は意外と穏やかで、何であれほどFreedomにこだわっていたのか、自分でも不思議だった。

 そんな中、Oさんから「お茶でも飲みませんか」とお誘いのDMが来た。どうやらOさんは、DMでは話せない込み入った話をしたいようだった。

「お久しぶりです」

 開口一番、俺はOさんに頭を下げて手土産の柚子最中を渡した。俺の近所にある太田屋という和菓子老舗の名物だが、Oさんはこの柚子最中のファンらしい。

「お気遣いされなくても大丈夫ですよ。体調はいかがですか?」

 嬉々として太田屋の紙袋を受け取って子供のように破顔するOさんは、どこか愛嬌がある。

 早速俺は日替わりのドリップコーヒー、Oさんはソイカフェラテのグランデサイズを頼み、それらを手にして店の奥のソファー席に座った。

「面白いことがわかりましたよ」

 Oさんはにこにこしながら、穏やかに告げた。

「あのサムズアップ出版ですがね。やはりペーパーカンパニーです。法律的には会社として認められていません」

「マジですか?」

 以前にもOさんはその可能性を示唆していたが、今回は裏付けが取れているという。

「サムズアップ出版は住所を横浜市旭区に置いているでしょう?その登記があるかどうか、横浜の法務局で調べてみたんです」

 Oさんによると、会社というのは会社法上、その会社の種類に関わりなく必ず「登記」をするように義務付けられているのだという。その登記簿はネット上で公開されており、全国どこからでも登記が確認できる。

「つまり、法人登記をしていないこと自体、違法なんですよ」

「なるほど……」

 会社ですらなかったというその結果に、俺は気が抜けた。ある程度予想はしていたが、マジで詐欺だった。

「あとは、サムズアップ出版の『定款ていかん』がネットで公開されていたでしょう。あれも、おかしい」

「定款?」

「簡単に言うと、会社の法律のようなものでしょうか。サムズアップ出版の定款がFreedomで公開されていましたが、やはりこれも本来は公証役場で登記の認証を受けて、初めて対外的効力を有するものです。サムズアップ出版は度々改訂を行っていたようですが、きちんと登記をしていたのならば都度登記手数料がかかりますし、第一、ああも頻繁に改訂していたら、公証役場から注意されかねません」

「ほえー」

 話が段々専門的になってきて、俺の頭ではついていけなくなってきた。だが、それにお構いなしに、Oさんは楽しげに話を続ける。

「その定款の条項には、3000円の売上ごとに、原作者の報酬が支払われるとありました。ただし、それで原作者に払われる印税は10%。また、著作権を始めとする諸権利はサムズアップ出版が持つものとされていましたから、一旦サムズアップ出版の名前で作品が発表されると、原作者は『著作権者』として自分の作品だと主張することはできなくなります」

 思わず、生唾を飲み込む。

「それって……」

「宮藤さんが同社のサービスを利用していた場合、今頃、一方的にタダ働きをさせられていたでしょう」

 今更ながら、ぞっとした。俺は何となくコンテスト参加を見送ったのだが、そんなからくりが隠れていたのか。

「まだありますよ。私が特に引っ掛かったのが、『報酬は全て電子マネーで支払う』とされていた点です」

 もう、俺のポンコツな頭ではお手上げである。電子マネーは俺も利用しているが、確かに便利だ。それのどこが悪いのだろう。

 俺の疑問を見越したように、Oさんが口元を上げた。

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