第3話
だが、メールから滲み出る丁寧な物腰とは裏腹に、市ノ瀬は厚かましかった。さらに、数回のやり取りの途中で「今度サムズアップ出版から沢井氏がエッセイを出すが、そのレビューを書いてほしい」というのだ。本の購入代金は、割引価格で良いからという。
この時点で、いくら呑気な俺でもおかしいと思ったよ。なぜ、見知らぬライターの本について、わざわざ俺が購入してレビューを書かなければならないのか。
そこで俺は、当時仲良くなっていたOさんに相談した。Oさんは知的財産権を専門とする弁護士だ。
俺の話を聞くと、Oさんはあっさり「それは違法行為の可能性が高い」と指摘した。サムズアップ出版が手掛けるKindle出版について、Amazonでは「レビューの依頼」は規約違反としている。これだけでもアウトだし、市ノ瀬の取った営業手法も、景品表示法に抵触する可能性が高いという。
「そこまでしてサムズアップ出版からの画集出版にこだわる必要がありますか?」
Oさんは、そう断言していた。専門家から「違法の可能性が高い」と言われると、迷うじゃないか。
同時に「沢井」の噂を持ってきた鈴木には、Oさんへの相談の件を伏せて、「やはり沢井氏の本のレビューを依頼された」と愚痴った。
「酷いですねえ。Kindleの規約違反行為を平然と持ちかけるなんて」
「だよなあ」
鈴木とのやり取りを重ねながら、俺は次第にこの件から手を引きたいと感じ始めていた。
「俺、事の成り行き次第ではコンテストの参加自体を見送ろうと思う」
俺がそう言うと、鈴木は驚いたようだった。
「そこまでしなければならないほどのことですかねえ」
むっとした。アンタは良いよ、部外者だから。でも、作品を提供しているのはこの俺だ。
「まあ、もうしばらく様子見かな」
内心の苛立ちを抑えつつ、俺は曖昧にごまかした。
一方、俺は佐々木にも動画の取り違え事故を連絡した。やっぱり、気分の良いものではないだろうからさ。だが、佐々木は「俺は関係ない」の一点張りだったね。要は、自分さえ宣伝できればいいということ。そのやり取りも、俺には何の慰めにもならなかった。
行き詰まった俺は、再度Oさんに相談した。Oさんと俺は同じ都内在住ということもあり、直接会うことになった。Oさん自身も、この件についてはどうにも引っ掛かるものがあるという。
初めて会うOさんは、いかめしい肩書とは正反対に、気さくそうな笑顔が印象的な、初老の男性だった。俺の話を一通り聞き終わったOさんは、腕組みをしてじっと考え込んでいたが――。
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