第三章④ 喜多方・道の駅
ラーメン・ライダーズ本隊とは、五時ころに喜多方の道の駅で合流した。
ここは温泉に入れる結構大きな施設で、健康センターのようだった。
畳敷きの大広間で俺と和さんがテーブルにもたれぐったりしているところを、みどりに写真に撮られた。
「あの、お二方。なんかすごく話しかけづらいんですけど、そんなに?」
「ひどかった」
和さんが顔を歪めて嘆いた。
サークルの面々が続々と集まってきて話を聞きたがるので、俺は熱弁を振るって恐怖体験を語って聞かせた。
和さんが「語れ高木、俺にそんな力は残っていない」と言って促したのだ。
「辛いとか苦いとか刺激があって食べられないっていう、そういう類ではないんですよ。ただ何かが根本的に間違っていて、一口食べるごとに力が抜けていくのがわかるんです。たぶん俺と和さん、寿命が縮んだんだと思います」
俺はなごやかな笑い声に包まれながら話し続けた。
プレリュードの持ち主の加賀先輩も俺の話を聞いて笑っていた。
俺はどうやら、試練を無事くぐりぬけた者として彼らに認められたらしい。
話が一通り終わったところで、部長さんが今後の予定について説明した。
「ここで風呂に入っていこう。夕食は良さそうな居酒屋に予約しておいたからそこで。宿はしょぼいけど文句いわないでくれよ。おやクマさん、先に来てたんですかい?」
ん? 急に落語が始まったぞ。
部長が見たほうを振り返ると、お風呂上りの中年男性が、てくてくと浴場のほうから休憩場に入ってきたところだった。
くたびれた肌着に身を包んだそのふくよかな姿は、湯気の沸き立つ中華まんを俺に連想させた。髪の毛が頭部にぺったりくっついている。
「クマさん!」
「あー、クマさんだあ。久しぶりい」
一年生の三人以外が口々に中年男性の名を呼んだ。
部長が彼の傍らに歩み寄り、握手を求めた。
クマさんは笑いこそしなかったものの目を細め、何か確かなものの存在を改めて感じた賢者のように、差し出された手を強く握った。
「一年生。この人はわがラーメン・ライダーズの大先輩、クマさんだ」
「はあ、どうも始めまして。一年生です」
「うむ。俺はクマさんだ」
俺は多少の戸惑いを感じつつも挨拶した。
ふとみどりのところを伺うと、彼女は両の手で口を覆い何だか感極まっていた。
そしてごく小さな声で「これって運命?」と呟いた。どうしてしまったんだこいつは?
「みどり?」
「学食の主よ、学食の主」
何を言っているのか、まるでわからない。
畳に座っていた和さんが、一歩前ににじり出た。
「クマさん。俺と、ここにいる高木とで、今しがた味皇に行ってきました。あなたのいうとおり、そりゃ酷いものでしたよ」
クマさんは厳かに語った。
「彦龍はまずさを笑いながら食べることができる。味皇はそれができない。どうしてこんな目に会わなければならないのかという悲哀に胸が満たされていくのみなのだ」
ひと通りクマさんとの挨拶を終えると、みんなは大浴場へと向った。
クマさんは「俺は先に一杯やらしてもらってるわ」といって売店の方へ歩いていった。
風呂はへたな旅館よりもよっぽど立派な、大きくてしっかりしたつくりだった。
サウナもあったので俺はそこでたっぷり汗をかいて、さっき食べたラーメンの妖気のようなものとか、その他色々のしがらみを僅かながらでも吐き出した。
「俺はぁ正確にはよ、このサークルの前身のラーメン同好会やってたんだわ」
すっきりして風呂から戻ると、すでに酔いがまわりだしたらしいクマさんは缶ビール片手にごきげんで語っていた。
和さんが彼の隣に座布団を敷いて、その上にあぐらをかいて座った。
「クマさん車なんだろ」
「和お前が運転しろ」
「俺、バイクあるもん」
「じゃあ、コン! 俺の車運転させてやる」
「結構でございます」
湯上り姿のコンちゃんの濡れた髪の毛と上気した頬は、俺の縮まった寿命をその息吹きによって戻してくれそうな神々しさがあった。
少し遅れて女湯から戻ってきて俺の隣に座ろうとしたみどりに、どうしても気になったので聞いてみた。
「コンちゃん、スタイルよかった?」
「馬鹿じゃないの、あんた」
すねをこつんと蹴られた。そして彼女は向こうへと行ってしまった。
やり取りを聞いていたクマさんが俺に「お前はなかなか見所がありそうだなあ」と言った。
よく分かったな。その通りである。
彼は鉱山学部で助教授をしている人らしい。博士さまだ。
助教授ながら電気電子工学科に研究室をもっていた。
そういえば聞いたことがある。『岩隅研究室』酒の空き瓶と漫画雑誌が散乱する、秋大を代表する無法地帯とのこと。
二本目の缶ビールに手をつける頃になると、目が据わったクマさんはサークルの女の子たちを触り出した。
話す内容も、エロ方面のものが大部分を占めるようになってきた。
ぐへへへへ、とか言い出す始末。
和也さんは笑っている。部長さんが「いつものことだからあんまり気にしないで」と俺の傍らで呟いた。
これがいつものことでみんなもそういうものだと認識しているのならば、俺はどうこう言うつもりはない。
しかし、ついさっきは夢見る少女のようだったみどりは、にじり寄ってきたクマさんを両手で押し返しながら、顔を引きつらせていた。
「こんな人だったなんて。そんな、そんな。きっと深い人生経験に裏づけされた示唆に富んだ言葉で、わたしを導いてくれる人なんだと思ってい触るなあーっ!」
彼女はなにか理由があって大きなショックを受けたようだった。どうしたっていうのだろう。面白いおっちゃんではないか。
ここで宴会を始めるわけにも行かないので、更にもう一本ビールを飲み干したクマさんを担ぎ出すように道の駅を出て、一旦荷物を置くためにしょぼいとうわさの宿へと向うことにした。
クマさんの車(なんとクリーム色のフォルクスワーゲンだった。いわゆる『カブトムシ』というやつ。渋い!)は、先輩の一人が運転していくことにした。
俺はヘルメットをコンちゃんに返して、部長の車へと乗り込んだ。
コンちゃんもクマさんがあらわれてから、ほんの少し様子が変だ。口数が少なくなっている。
和さんとクマさんは和気あいあい語りあっていたが、彼女はバイクの後ろに座ってなんだか怒っているような表情でそっぽを向いていた。
でもまあ彼女はいかにも潔癖症な感じだから、この反応は理解できないこともない。
宿は、確かに外見も中身も俺たちを出迎えたおばあちゃんもぱっとしなかった。
でも破格の安さ。食事は外で済ますつもりでいたから、宿には寝に帰るだけと割り切っての選択なのだ。
楽しい夜だった。
居酒屋で閉店まで飲んで食べて、騒ぎに騒いだ。
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