第一章④ 小松先輩
ラーメンを食べ終わると店の駐車場で記念の集合写真を撮ることになった。
わたしと歩と高木くんは、最前列に並んでしゃがむ。
するとそこに一文字の店長さんが暖簾をくぐって表に出てきた。部長が喜んで手招きする。
店長さんはわたしの横に来て、みんなで何枚か写真を撮った。
小松さんも持参したカメラで一枚撮っていた。
それから色紙をまわして一人ずつメッセージを書いた。わたしは赤いサインペンで、『素敵でした』と、分かっているんだかいないんだか良く分からないことを書いた。
みんなが順番に書き込んでいる間、駐車場の端っこで車止めに座っている小松さんのところに高木くんと一緒に行ってみた。
これが初めて小松さんとたくさん話せる機会となった。わたしもこのときはまださすがに彼に対して敬語だった。
「寄り道? 写真とってた」
「へえ、小松さんカメラが趣味なんですか?」
「卒業した先輩が譲ってくれたから、せっかくだから使いこなそうと思って。こいつもそうなんだよね」
小松さんは、側に停めてある青地に白いラインの入ったバイクのカウルのあたりを指差しながら言った。
「景色を撮ってたんですか?」
「うん。山とか、木とか。別に物凄くきれいな景色ってわけでもなかったけど、去年来たとき車の中から見たのとは何だか違って見えてさ。実際なにか違ってるのか、バイクから見ているからなのか、それとも自分の中で変化があったからなのか、走りながら考えていたら、おお、これは写真を撮っておかなければと思って」
そして小松さんは、バイクを興味深々で見つめる高木くんを一瞥した。
「高木は、このへんの田舎の景色はつまんない?」
「んー、たまに旅行に来る分には悪くないですけどねえ。でも俺のアパートの窓を開けると、すでにこれに近しい景色が見れたりするんですよ。そういうのってなんだかなって思いますよね」
「そっかあ。でも俺は落ち着くんだよなあ」
「わたしもこういう景色が好きだけどな。前に東京へ遊びにいったときに、あれはあれで心ときめくものがあったけど、やっぱりこっちが好き」
割り込んだわたしの言葉に、高木くんはこちらをちらっとだけみた。
わたしが小松さんに気に入られたくて、彼に話をあわせているように思われたかもしれない。
そうじゃないのに。
高木くん、分かんないかな?
わたしはね、あんたが小松さんに嫌われちゃうのがいやなんだよ。
そのとき拍手が聞こえた。見ると色紙が書き終わって、部長が店長さんに贈呈しているところだった。
あとは帰るだけだ。わたしたちは立ち上がった。
「小松さん、写真できたら、見せてくださいね」
「見せられるレベルのものだったらね」
高木くんは、車が停まっているほうに歩いていった。
わたしは小松さんのバイクの前で立ち止まって、そのきれいな青色をもうひと眺めしていた。
「ああ、メットをもう一つ持ってくれば良かったな」
「え?」
「いや、長友さん乗りたいのかなって思ってバイクに。そのうち二人乗りしよっか」
二人乗り。
さっきの、つむじ風そのもののような小松さんの走りを思い出したからなのか、わたしの胸は高鳴った。わたしはそれに戸惑いながらも平静を装って答えた。
「あんなふうにビュンビュン走れたら、気持ち良さそうですね。でもせっかく軽やかに飛ばしているのに、わざわざわたしみたいな重たい荷物を積むことないですよ」
「長友さんの一人や二人、変わんないって」
「わたしの重量を甘く見ないほうがいいですよ。というかですね。どうせなら」
わたしはそこで言葉をとめた。軽口をききながら、そのときなんとも意外な考えが浮かんだからだった。
「何?」
「えっと、いや、やっぱりいいです」
「あれ、なにかいま言葉を飲み込んだでしょ」
「いえいえ」
「気になる」
「そんなに凝視しないでくださいよ。たいしたことじゃないです。ただ、どうせなら」
「うん、どうせなら?」
「後ろに乗せてもらうんじゃなくて、自分でバイクを運転して一緒に走ってみたいなって」
自分がバイクを運転するなんて、今まで一度も考えたことがなかった。
でも、目に浮かんでしまったのだ。前を走る小松さんの青いバイク。
そしてそれを自分の力で追いかけるわたし。
風を体に浴びる。景色が流れていく。
ほらほら、あんまり人を若輩者とあなどっていると、抜き去ってやるわよ。
「へえ」
ぽかんとさせてしまったではないか。わたしってやつは。
小松さんは、数秒ぽかんのままわたしを見つめた。そしてふわりとそれは崩れて笑顔に変わった。
「年々減りつつあるバイク班に、光が差した」
「いや、だから、凝視しないでくださいってば」
「ああ、悪い」
といいつつも、彼はわたしのところを興味深そうにしげしげと眺め続けて、へえ、とか、ほう、とか言っている。
「そろそろみんな出るみたいですね。車に乗りますね」
恥ずかしさに耐えかねたわたしは、そう言って回れ右をした。
「すみません、お待たせしました」
「小松さんと話が弾んでたみたいね、長友」
歩の言葉に、彼女さんのいる前で何をとあせったが、助手席には今野さんではなく別の女性の先輩が乗っていた。
それと高木くんが乗ってない。
「帰り道は席替えしたから」
部長さんが言った。
「あ、そうなんですか」
車が動き出す。隣の歩が顔を近づけてきてささやいた。
「わたしもね、コンちゃんと仲良くなっちゃった」
あれ、すでにコンちゃんになってる。わたしのことは長友呼びのくせに。
「お店に去年の写真が貼ってあったでしょ、和也さんとコンちゃん並んで写ってたじゃない」
「うん」
「それ見てわたし聞いてみたの。このころから既にそういう雰囲気はあったんですかって。お互い意識はしてたみたいなのね。そんでわたしが想像したのは、美少女コンちゃんに群がる男たち、そいつらをはねのけ押しのけて、和也さんはコンちゃんの隣のポジションを見事ゲットしたのだった。って、そういう展開だったんだけど。聞いてみたらね。違ったみたい」
「違うんだ」
「うん。なんだか真面目な顔してコンちゃん言ってた。『わたしが和也のことを追いかけて、隣でうつったのよ』って」
「へえ」
わたしは意外だったが、窓の外の山々を見ているうちに、そうでもないかと思い直した。
小松さん、もてそうだもん。
小松さんと今野さん。
お似合いの二人。
お似合いの二人。
わたしは、自分に言い聞かせるように二度呟いた。
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