第4話 都会
しばらく歩いて、いる途中、強い何かの匂いを感じて前を向く。後ろは、先程までと同じただの道なのに、目の前が突然大きな黒い街並みになっていた。
何もおかしいことはない。
黒いスーツの人が行き交い、忙しそうに歩いていたり、電話をしていたりする。列車やお庭や、パン屋とは違う。誰も自分を気にも欠けていない。
自分のことで手一杯なのだ。楽しそうな人も、イライラしている人もいる。
ただただノイズが響く場所だった。
「君、こんな時間に一人で何してるの」
誰かに肩を掴まれ、後ろを振り返る。何かの制服を着た男の人だった。何をしてるの、と言われたら答えるしかない。
「青い薔薇を探しているの」
「青い薔薇?」
と言っても、周りには木があっても花は全くない。こんなところじゃ、見つかるものも見つからないはずだ。
「そんなもの、ここにはないよ」
「…そうですか」
また歩こうとしたところを、回り込まれて止められてしまう。他の人は興味もないのに、どうしてこの人はこうまでして私を止めるのか。
「小さい子供を一人にはできないから。ちょっと待ってね」
「小さい子供…」
そんなに信用がないのか、子供というのは。確かに、大変なことは大変だけれど…ちょっとくらい許してほしい。
「…君、ハーフか何かなのかな?旅行中?」
「違う…」
動けない中で、必死に腕を振り払おうとする。誰も助けてはくれない中、子供というのは無力だ。
腕が痛いんだ。少女は手を全力で振り払い、走り出した。人混みの中走りに有利なのは確実に少女だった。
路地裏に留まり、深呼吸をする。子供の姿だから、ダメだったのかもしれない。どちらにせよ、ここには青い薔薇はない。
早くこの街から出ないと
そう思っていると、目線が高くなったようだった。少女は…女性はまた歩き出したのだった。
先程と違い、あの制服を着た男もどこかへ通り過ぎていく。見た目だけ誤魔化したとしても、それだけで効果は絶大だった。
途中で、鏡を見つけた。不思議と、今まで向き合ってこなかった自分を強く感じた。母と父に、そっくりだった。
青薔薇に、不可能という花言葉があったらしい。しかし暫くして青薔薇が生まれてからは、神の祝福、奇跡、夢かなう…今の女性に、ピッタリだった。
だから探し求めていたのだ。その花を、不可能を変えたその存在を。
「ねぇねぇそこのお姉さん。ちょっと俺らと遊ばね?」
「…やだ」
また人が話しかけてきた。金の髪をした男の人だった。暗い場所でキラキラとしているその髪の人は、なぜ女性に話しかけるのか。
「よく見たら背中ボロボロじゃーん。彼氏からやられたとか?」
「…触んないで」
女性はわかりやすく震えていた。どこに行っても薔薇はなく、代わりに人がいる。
黒い道と黒い人、黒い心が段々と心に入ってくる。口から暖かい息が漏れる。段々と喉の奥に血の味がしてくる。
必死に何かから逃げる姿すらも、誰も気にしていない。
誰かを気にする余裕があるのは、あの人のようにお金をもらっているからなのか、あの人のように欲望のためなのか。
分かりたくもない。
もう夜だというのに、人が一向に減らない。それどころかカラフルに光るようになったその街に目眩がする。その光が、視線のように感じて落ち着かない。
早くここを抜けたい。
その一心でただ歩いていると、いつの間にか普通の道に戻っていた。後ろを振り返らず、止まって深呼吸をする。
「次は…どうしようかな」
奥の方にある飛行船に、飛び乗ってみようか。アテがないわけではないけれど、誰も縛ってこないその旅は、終わりを迎えようとしている。
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