第3話 北東の花
口から、白い息が出る。ぼーっとしながらその様子を眺め、また帽子の雪を払う。先程から、雪が降っているのだ。
月に朧がかかり、その月の光に反射し、キラキラと雪が光っている様子は、さながら満点の星空のようだった。
ここが、あの人のいう故郷なのだろうか。地面いっぱいに咲く青い花々は、雪と月に似合う美しい景色だ。幻想郷、とでもいうのだろうか。
「ちょっと、そこの人。花を踏まないでよ、道はあっちよ」
「…ごめんなさい」
ぼーっとしていたのか、返答が遅い。ゆっくりと立ち上がり、歩く。彼女が求めている青い薔薇は、きっとここにはない。近くにある村を訪れるため、光に向かって歩き出す。
足を動かすが、なんとなくどの方向に自分が歩いているのかわからなくなる。最早寒さも感じない。一定のリズムで、白い息が吐き出されるだけだ。
「寒い…な…」
と、独り言が漏れる。頬がヒリヒリする。光にようやく辿り着いた時、人は安堵や達成感を必ずしも感じるわけではない。
今少女が感じているのは、ただの疲労だ。あの暑かった庭からそんなに離れていない場所をただただ歩いていただけだというのに。何故こうも景色が違うのか。誰も気にも留めず、ただ暮らしているのだ。
少女は、何かの店の前に座り込んだ。嗚呼、光が漏れていて何やら暖かい。それに任せ、眠り込んでしまった。
「お嬢さん、お嬢さん。大丈夫か?」
「…ん…」
パチ、と目を開けると、そこには赤茶色の髪をした男性がいた。黒縁メガネが重そうな印象だ。
「ごめんなさい、すぐに退きます」
「いや、いいんだ。君が良ければパンの廃棄を手伝って欲しくてね」
そう言われ、目を見開く。暖かい笑顔だ。店の中に通されると、そこはその笑顔のように暖かく、そして甘い香りが漂っていた。
目の前に出されたパンを、一口齧る。暖かい…私のために温めてくれたのがわかる。
店内を見渡す。時計の音がやけに大きく感じる。どこかの物語に出てきそうな、そんなパン屋さんだ。
口に甘さや辛さ、さまざまな味覚がやってくる。それが楽しくて仕方がない。隣の椅子に置かせてもらった帽子を横目で見る。
ほんのちょっと前までは、雪が積もっていたその帽子は、一度洗われたかのように綺麗になっていた。
「美味しいかな?」
突然そう声をかけられて、前を向く。コーヒーの香りがするようになったその人は、柔らかい眼差しでこちらを見ていた。
「はい、とても…ありがとうございます。」
「君が雪の中で、あまりにも綺麗に見えたからね。そんな人を放っておけないだろう?」
そう言われ、少女は首を傾げた。綺麗、なんてわからないとでも考えているのだろうか。男性はこう続けた。
「雪は真っ白だけど、君の目は綺麗な黒だ。この国には少ないからね、とても綺麗だと思うんだ。」
「少ないから…綺麗」
自身の髪を撫でて、そう溢す。少女特有、子供の頃にしか見られないような天使の輪っかと、艶やかさ。確かにその様子は、美しいのだろう。
しかし、人はこういった。珍しいものは美しい。例えば、ダイヤモンドがいい例なのかもしれない。もしもダイヤモンドが今の輝きのままだとしても、どこを掘っても採れてしまうものなら価値は低い。
珍しく、高価で、それでいて美しいもの。それがこの国における、黒髪だった。
「ここに観光は珍しいことじゃないけど、女の子が冬の時期にたった一人で、というのは珍しいね」
そう言われ、目的を思い出す。
「青い薔薇を探しているの」
目の前の男性が、驚く。そして言葉を反芻するように頷きながら、こちらを見据える。何かを迷っているようだ。
「…そうか。見つかるといいね。」
「うん」
出されていたお茶を飲み、ご馳走様でした、と言う。立ち上がり、帽子をかぶってもう一度お礼をする。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ助かったよ。…これからどうするんだい?」
「反対の道に進んでみます」
そう、少女の目的はただ一つ。
青い薔薇を探すこと。
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