第4話 位階と等級

「昔を思い出しますね。」


3年前のことを思い出して懐かしさに浸ってるとイーシャが隣から声をかけてきた。


「昔って、お前まだ7歳だろ。」


「フフ、それだけ濃密な時間を過ごせているということですよ。」


イーシャが妖艶に悪戯っぽく笑う。

オレが助けてから急に物分りが良くなって気付けばこんなになってた。

まぁオレの中身は今世も足せば既に三十路、イーシャと話しているときは同年代とまではいかんが窮屈に感じることは無かった。


「そう言えば、お兄様はもう10歳になられたんですよね?」


思い出したようにイーシャが尋ねてくる。


「まぁな、それが?」


「いえ、大抵の貴族家は節目の年にお披露目をすると思うのですが、やはりお兄様は魔力が無いから…?」


申し訳なさそうにしながら伏目ガチに言う。

だが俺はそのことについては大して気にしていなかった。


「そういうことだな。」


あっけらかんと答える俺にイーシャは目をまん丸にして驚いていた。


実はオレの身体のことを秘密にすると親父たちと約束した際に親父には『どう説明したらいいかも分からんし、ノルに魔力が無いという話は既に広まっているみたいだからな、別にわざわざ嫌味を言われるためにお披露目することもあるまい。お前が気にせんなら放っておけ、だが他家のクソガキに直接何か言われたらぶん殴ってもいいぞ。……あ、もしかしてパーティ開いて欲しかったか?』と言われていた。


もちろん即、断った。


「仮にパーティを開いたとこでオレが何かしら言われるのは目に見えてるしな。」


「お兄様らしいですね。」


そう言いながら苦笑するイーシャ。


「魔力が無いだけで生きづらいなホント。」


「魔力が無いことをで済ませられるのはお兄様だけですよ。」


今度は楽しそうに口元に手を当てて上品に笑われてしまった。

しばらく楽しそうにした後、イーシャは表情を引き締めた。


「しかしお兄様、くれぐれもお気を付けください。アルスタット公爵家を嫉む貴族はごまんといます。そういう不逞の輩はまず魔力の無いお兄様を攻撃してくるはずです。ましてや、イルスとアレスのようにお兄様を侮る者も当家にはそれなりにいますから…」


悲しそうに俯くイーシャの頭に手を置くと乱暴に撫で回した。


「わっ、わっ!?」


「心配すんな、オレは負けねぇ…何にもな。」


オレはそう言って不敵に笑う。


「ッ…はいっ!」


オレが笑うのを見てイーシャも安堵したように笑う。

それを見届けるとオレは屋敷に向かって歩き出した。


「ほら行くぞ、そろそろ魔法の鍛錬の時間だろ。」


「そうでした!お兄様、私とうとう位階クラス3の魔法を修めたんですよ!」


オレと腕を組みながらそう自慢げに言うイーシャ。


「あー…そりゃすごいな。」


オレが適当に褒めるとイーシャはジト目でオレを見た後にため息を吐いた。


「お兄様は魔法に興味無さ過ぎです。私の歳で位階3の魔法を修めるというのは才能がある中でも更にひと握り、いやひとつまみのレベルなんですよ?」


「ほう…」


オレはイーシャの話を聞いて少しだけ位階という制度に興味が湧いた、魔法自体はそうでもない。


「イーシャ、その位階とやらのこと教えてくれ。」


オレがそう言うとイーシャは立ち止まる。

オレが振り返ると、その眼は任せてくださいと言わんばかりに輝いていた。


「〜〜ッ!もちろんです!いいですか?魔法師としての格を分かりやすく差別化したものを【位階クラス】と言います。位階というのは1~10まで存在していて、行使できる魔法の位階によって決まるのです!私の魔力の総量は現時点で位階5の魔法を使えるレベルに相当します、ですが使える魔法は位階3までなので私の位階は3になります!」


「なるほど…でも、魔力量が位階5レベルあるんだろ?」


「魔力量がそれだけあれば低位階の魔法も強いのではないか…ということですね?」


言いたいことは合ってんだけど今のでそこまで察するのかよ。


「魔法というのは万能では無い、ということです。仮に位階1の魔法に位階5相当の魔力を込めるとします、どうなると思いますか?」


「そりゃその分強くなるんじゃねぇのか。」


オレがそう言うとイーシャは首を横に振った。


「不正解です。正解は魔法がマトモに機能しなくなる、です。」


「随分曖昧だな。」


「おっしゃる通りです。ですが、そうとしか表現できないのです。もし私が位階1の魔法に位階5相当の魔力を詰め込んだ場合、不発になるか、あるいは暴発するか…」


「何が起きるか分からんってことか?」


「そうなります。」


「それ故の…か、意外と不便だな。」


「フフ、お兄様からすればそうでしょうけど、そうならないための位階分けですから。それに魔力が増えれば必然的に魔法の最低ラインが引き上げられて威力もそれに伴って上がるんですけどね。一概に同じ位階と言ってもピンキリと言うことです。」


そう言って笑うイーシャ。

魔法師の話を聞く中でオレはもう1つ気になっていた。


「剣士には位階そういうのは無いのか?」


「一応あるにはあります。ですが、少し判断基準が曖昧なんです。剣士、というよりは近接武器を用いた場合は魔力を身体強化、あるいは武器に纏わせて戦うのがオーソドックスな戦い方になるんですけど、そういう方たちは総じて【魔闘士】と呼ばれます。その場合、どれだけ身体強化に魔力を回せるかが主な判断材料になりますね。」


「ふむ…仮に魔法師と魔闘士を兼任する場合は別々の等級として判断されるのか?」


「はい、その通りです。まぁ、魔法師と魔闘士を兼任できる人はほとんど存在しないんですけどね。」


「魔法が使える奴はわざわざ近距離武器を持たない…ってことか?」


「いえ、そうではなく単純に魔法師は何故か身体強化に魔力を回せる方が少ないんです。逆に魔闘士も然り、です。」


「なるほど…」


「ちなみに魔闘士の場合は【位階クラス】ではなく、【等級ランク】になります。こちらは数字ではなく、カンジ…?と呼ばれる文字での壱~拾の等級で分けられています。」


オレはそれを聞いて若干困惑した。


「漢字…?壱と拾ってのはこうか?」


オレはその場にしゃがんで地面にガリガリと漢字を書く。


「まぁ!流石ですお兄様!東の海を越えた先にある島国から伝わってきた文字と言われているのですが、如何せん形が複雑で覚えるのに難儀しているのです。」


頬に手を添えて悩ましげなイーシャ。

オレはそんなイーシャの様子を気にするでもなくしゃがんたまま考え込んでいた。


「(漢字が存在するだと…?オレと同じ前世の記憶持ちか?いや、元々その島国で伝わってた可能性も無くはない…クソ、情報が足りんな。)」


「お兄様?」


イーシャに声をかけられてハッとする。


「わりぃ、ちょっと考え事してた。」


「いえ、それよりそろそろ参りましょう?魔法学の先生をお待たせするのも悪いですから。」


そう言って微笑むイーシャを見てオレはうじうじ悩んでるのがバカらしくなってフッと笑った。

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