第3話 私のお兄様 【sideイーシャ】

アルスタット公爵家の長女として生まれた私は生来の豊富な魔力、そしてそれを操るセンスにも恵まれ昔の私は怖いもの知らずで、何より無知でした。


「おにーさま、まりょくないの?」


「あぁ?」


私の不躾な質問にノルお兄様はとても不愉快そうに眉根を寄せていました。

しかし、今思えばこの頃の私は本当に浅慮だったと言わざるを得ません。


「…そうだな、オレに魔力はねぇよ。」


「じゃぁわたしよりよわいんだ。」


歳が3つしか離れていないこともあり、私はお兄様を見下し、そして増長した。


「……」


お兄様は私のことを鬱陶しそうに見ると立ち去っていきました。


この日から、驕り高ぶった私はお兄様にしつこく纏わりつき、今となっては自分自身に腸が煮えくり返るような発言をお兄様にしていました。


お兄様はそれでも決して私に手を挙げたり、声を荒らげたりしませんでした。

今思えば、そこいらの路傍の石程度にしか見られていなかったのかもしれませんが…

しかし、イルスとアレスを見ているとこの頃のお兄様は既に人格者として完成されつつあったと思います。

じゃなきゃイルスのように感情的になっていたでしょうから。


順調に私の性格が歪みつつあったある日、私は護衛も付けず、お父様やお母様にも何も言わずお屋敷の外へ出ていったことがありました。


公爵邸のそばに広がる大きな大きな森。

見たことの無い景色、嗅いだことの無い香り、全てが新鮮で美しく見えました。

しかし、それはあくまで表面上だけでした。


アルスタット公爵家は王家の剣であると共に守る盾でもあります。それ故に公爵邸が位置するのは王国領の玄関口、私が屋敷を抜け出してまで入り込んだ森は冷戦状態でもある帝国との間にある中立地帯、ここでは何が起きても互いに不干渉といういわば魔境とも言うべき場所だったのです。


「すごーい!おっきいきがいっぱい!」


魔物がいるのは知っていました。

それでも自分なら、豊富な魔力を持つ私ならとドンドン森の奥に進んでいきました。

そうして奥へ奥へと進み、そろそろ引き返そうとしたところで私は異変に気付きました。


何故か、のです。


ただ真っ直ぐ歩いてきただけなのに、何事にでも対処できるつもりでいた幼く愚かな私はパニックになりました。

ですが、その時でした。


「おい。」


ただただ泣いて蹲ることしかできない私を軽々と持ち上げる幼いながらも力強い腕、そして鬱陶しそうにしながらも少しの心配を滲ませるお兄様がそこにいました。


「にい、さま…?」


「…迷子になるなら1人で来るんじゃねぇよ。」


お兄様は私を軽々と姫抱きにすると、そのままで歩きだしました。

この時の私はパニックだったので不思議に思う余裕すらありませんでしたが、お兄様なら或いは…と思ってしまうのは身内贔屓なのでしょうか。


しかし、私はここで初めて本物の恐怖を味わうことになりました。


『小僧、その娘を置いて行け。』


耳ではなく、脳内に直接響くように声が聞こえました。


「あ?誰だ。」


お兄様は立ち止まり周囲を警戒しますが、声の主の姿は見当たりませんでした。


『我が誰かなどどうでもよい、怪我をする前にその娘を置いて去れ。』


この言葉を聞いた瞬間、私は頭から冷水を掛けられた気分になりました。

当然です、今まで散々お兄様をコケにしてきたのですから。

ここで間違いなく見捨てられると、そう思いました。

しかし


「断る。」


ノルお兄様はハッキリと、そう告げたのです。


『愚かな小僧だ…ならば貴様を殺してその娘の豊富な魔力を頂くとしよう。』


「ッ!?」


声がそう言うと次の瞬間、私の体は大きく揺さぶられました。

しかしその衝撃は声の主からの攻撃のものでなく、お兄様が大きく跳躍したことによるものでした。


お兄様は大木の根元にあったうろに私を降ろすと上着を被せてくれました。


「ちょっと待ってろ、すぐ終わらせる。」


お兄様はシャツを腕捲りしながらそう言って、洞から出ていきました。

そうこうしているうちに外から何度も破砕音が聞こえてきました。

私は恐ろしさのあまりお兄様の上着を頭からかぶり、ひたすら縮こまっていました。

どのくらいの間そうしていたから分かりませんが、しばらくそうしていると気持ちが幾分落ち着いてきました。

まだ外から戦闘音は聞こえてきますが、私は恐怖心を押さえ付けて洞から少しだけ外に顔を出しました。


そこで見たのは異次元の戦いでした。

お兄様がまるで空中を駆けているかのように、木々を飛び回っているのはかろうじて把握できました。

お兄様が相手取っている存在は悠然と宙に佇んでいました。

その存在は一言で表すなら、『天使』と形容できる見た目をしていました。

頭上に輪はありませんが、二対の立派な翼を生やした綺麗なブロンドの青年でした。


『フン、よく動く…だが貴様に我を害する手段は無いようだな。』


そう言いながら天使が腕を軽く振るうと風の刃が生まれ木々を薙ぎ倒してお兄様に迫ります。


「そうでもねぇよ。」


お兄様は斬られた大木を天使に向けて蹴り飛ばします。


『くだらん、目眩しのつもりか?』


しかし、天使がまた腕を振るうと大木が細切れになってしまいました。

お兄様は天使の周りを飛び回りながら大木の破片を次々と投擲していますが、決定打にはなっていないようでした。


『チッ…鬱陶しい!!』


しかし、痺れを切らした天使は全方位に強烈は突風を巻き起こして周囲の木々ごとお兄様を吹き飛ばそうとしました。


私はその強風に飛ばされないように木の根にしがみついて目を瞑っていました。


「スキありだ。」


お兄様の声が聞こえた瞬間、とてつもない轟音と共に地面が揺れました。

私は驚いて身を乗り出しました。

すると、地面にとても大きな窪みが出来ており中心に天使が倒れていました。


『ぐっ…ゴフッ…何故…!?』


「テメェはずっと宙に浮いてたからか知らねぇが、上の警戒が薄いんだよ。」


そう言いながらお兄様が服の木くずを払いながら天使の元へ歩み寄ります。


『ク、ソ…この…小僧ガアアアア!!!!』


「遅せぇよ。」


これが最後の悪あがきと言うものなのでしょう、天使は手のひらに魔力を集中させようとした瞬間、お兄様の姿がブレたかと思うと、再び大きな轟音と共に地面が揺れました。

お兄様の腕が天使のお腹に深々と突き刺さっていました。


『グ…ガ…バカ、な…』


そう言って天使の姿は灰になって消え去りました。

お兄様は天使が消滅したのを確認すると、私の元へ歩いてきて頭を乱暴に撫でました。


「ッ!?」


「妹も守れたし、強ぇ奴との戦闘も経験できたし、今日は大金星だぜ。」


そう言って嬉しそうに笑うお兄様を見て、私は気付けばお兄様に抱き着いていました。


「おにっ、ざま!!ごめ、ん、なざい!!ウア、ウワアアアアアン!!!!」


ただただお兄様に謝りたかった、今までのことを。

恥も外聞もなく大声をあげて泣きました。


あの声の主が魔物だったのか、この森に住む神聖なものだったのかは分かりません。

いずれにせよ、このどうしようもない妹のために命を賭して戦ってくれたお兄様。


私はこの瞬間、誓いました。

この命尽きるまで、この方に尽くそうと。


それからは私はありとあらゆる知識を学んでいます。

魔法も政治もマナーも、果ては商業や格闘術まで。


全ては敬愛すべき、ノルお兄様の為に♡

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