09 惑星ソルダン
初めて触れた雪は、儚いと思った。
俺の体温で溶け、すぐに水になってしまった。それでも、後から後から新しい雪が降り積もる。ソルダンは、そういう所だった。
エルは若者らしく雪原を駆けた。その笑顔は、どこかシアラに似ていて。けれども、顔かたちは俺そっくりになっていた。
「ユーリ、えいっ!」
エルが雪を玉にして放り投げてきた。
「やったな?」
俺も投げ返した。しかし、すぐに息が切れてしまった。
「はぁ、はぁ……」
「ごめんユーリ。はしゃぎすぎたね。早く仮住居に行こうか」
「ああ……その前にメディカルチェックだな。ワクチンとか打たないといけないし」
ところが……その病院でのことだった。俺の血液の数値が悪く、精密検査をすることになった。そして告げられたのは、癌だということと、全身に転移しており、緩和治療しかないとのことだった。
エルも一緒にその説明を聞いていた。病院を出ると、エルは俺にすがりついた。
「そんな……やっと、やっとここまでこれたのに」
「俺はここまで来れただけで満足だよ。この地で死にたいと思ってた。親と子はいつか別れるものだよ、エル。まあ、父親らしいことなんて何もやっていないけどな」
「じゃあ……最後に子供らしいことさせてよ」
俺たちは一軒家を買い、在宅で終末を迎えることを選んだ。身体が動く時はエルと雪で遊んだ。一緒にベッドに入り、本を読んだ。あれだけ色々とやらかしてきた俺が、息子とこんな穏やかな最期を送れるだなんて。
エルは色々と料理を作ってくれた。しかし、それも徐々に食べられなくなった。ベッドから出られなくなり、身体は痩せた。エルは夜になると俺の側で眠るようになった。
「ユーリ、まだわからないんだ。なぜシアラはそこまでして僕を望んだのかが」
「俺も……きちんと理解しているわけじゃない。ただ、シアラは自分の生きた証を残したかったのかもしれない」
「そんなの……理不尽だよ。僕は選べるのなら、普通の両親のもとに生まれたかった」
「子供は親を選べないからな……」
「まあ、親だって子供を選べないけどね。シアラが親を殺したのって、そういうことでしょ」
聡明な子になったと思う。俺が死んだ後も大丈夫だろう。エルの人生は続いていく。それは祝福されたものであってほしいと願う。
「ユーリ。あと少ししかないんだ。父さんって……呼んでもいい?」
「いいよ……」
俺はエルの黒髪を撫でた。それからは意識が途切れるようになった。ただ、目覚めると必ず愛しい息子の姿があった。
「父さん。僕がついてる。寂しい思いはさせない」
「ありがとうな……エル……」
眠っていない時は、昔のことばかり思い出すようになった。ネオクーロンでの極貧生活。シアラとの出会い。ナリシスでの束の間の船旅。
悪くない人生だった。いや、これ以上幸せな人生があるだろうか。俺は今、最愛の息子に見守られているのだ。
「父さん。父さんたちがしたことは、身勝手なことだから……やっぱり許せない」
「それでいいんだ、エル」
「でもね、僕は父さんを愛してるよ。きっと、父さんが思ってるよりずっと」
エルはそう言って俺の額にキスをした。そして、俺の肩に頬を寄せて眠った。
俺も眠くなってきた。エルの体温を感じながら、静かに呼吸をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます