07 失敗

 その日俺は、いつものようにシアラを抱き締めて眠っていた。午前八時のアナウンスで起きるのが癖になっていて、それがないと目覚めない癖がついていた。だから、肩を揺さぶられて起こされた時は驚いた。


「……アル?」

「ああ。二人でちょっと船長室に来てもらおうか」


 着替えをする暇は与えられた。シアラは固く唇を結んでいた。アルはアンドロイドを二体連れてきていて、がっしりと退路を断たれたまま、船長室まで行かされた。クローディアが待っていた。


「……残念だよ、スズキ夫妻。いや、そちらのお嬢さんはシアラ・ウィスターだね。まさかウィスター船長の娘さんが乗っていたとはね」


 シアラはあっけらかんと言った。


「バレましたか」

「そうだ。ウィスター船長が君の身元を捜索し、偽造IDを購入していたことを突き止めた。連絡が入ったのは昨晩だ。君の父親とは面識があったものでね。奇妙な引き合わせには運命すら感じるよ」


 アルが補足した。


「君たちをソルダンでおろすことはできない。一旦他の乗客をソルダンに送った後、中継基地ヨーリスで身柄を引き渡す。それまでは、客室から乗員室に二人バラバラで移させてもらう。このオレが監視するよ」


 俺はうなだれた。試みは失敗に終わったのだ。荷物をまとめろ、と言われたので、シアラと二人で部屋に戻った。俺はネックレスをシアラに渡した。


「これはシアラが持っていてくれ。もう、二度と会えないかもしれないから」

「そうだね……兄さん」


 シアラはネックレスを着けると、俺にキスをした。そして、物凄い力でベッドに押し倒してきた。


「シアラっ……!」

「兄さん、これが最後のチャンスだよ。あたしは、逃さない」


 そして、強引に俺の下着をおろし、しごいてきた。


「やめろ、やめろシアラ」

「あたしたちにはもう、後がないんだよ……」


 まだ十代の娘の力だというのに、俺の抵抗は何の意味もなかった。これがデザイナーベイビーの腕力か。シアラは俺にまたがり、こすりつけてきた。


「あっ、あっ」

「兄さん、好き。あたしは兄さんの全てを手に入れたい」


 中に注いでしまった。零れ落ちた精液をシアラは指ですくった。すると、アルが入ってきた。


「……何してるんだ、お前たち。そんな時間まで与えたわけじゃない」

「はいはい、わかってますよ。さっ、行こう兄さん」

「兄さん……?」

「そう。あたしたちは兄妹だよ」


 アルの顔はさっと青ざめた。シアラは何でもなかったかのように服を着て荷物をまとめた。そして、狭い個室に閉じ込められたのだ。しばらくして、アルが朝食を持ってきてくれた。


「お前さん、本当の名前は何ていうんだ」

「ユーリ」

「じゃあユーリって呼ぶな。あのシアラ嬢と兄妹というのは本当か」

「本当だ」


 俺はアルに打ち明けた。ネオクーロンで男娼をしていたこと。シアラに探し出してもらえたこと。罪を犯したこと。気分のいい話ではない。アルは終始顔をしかめていた。


「まあ……ユーリにも色々あったんだな。もうお前の話し相手はオレしかいないんだ。せいぜい優しくしてやるよ」


 下半身にしつこくシアラの感触が残っていた。あれで子供ができてしまったかもしれない。しかし、妊娠がわかればあの父親は黙っていないだろう。毎晩求めあっていたので身体はうずいた。何も娯楽のない部屋で、窓から宇宙を眺めながら、俺は一人でふけった。

 三食全てアルが持ってきてくれた。最初の方は我慢ができていたのだが、酒もタバコも恋しくなってきた。俺はアルに持ちかけた。


「なあ……何も発散できることがないんだ。酒かタバコ、くれないか」

「バカ言え。船長にそれは許されていないんだ」

「じゃあ、こっちは……?」


 俺はアルにのしかかって顔を近付けた。


「な、何するんだよ……」

「男娼だったって言ったろ。こっちは巧いんだよ。アルだってたまってるだろ。男の味、教えてやるよ」


 何日かはダメだった。しかし、何度も説き伏せて、キスをさせることに成功した。


「ふわっ……」

「可愛いよ、アル。俺はどうせ犯罪者だ。好きにしろよ」


 アルも限界だったようだ。激しく俺を抱いた。その罪滅ぼしかのように、酒やタバコも持ってきてくれるようになった。二人で飲みながら、こんな話をした。


「オレは……船長が好きだったんだよ」

「だった? 今は?」

「想いは手放した。上司と部下の関係でいられるだけで十分だ。あの人の側にいられるなら」


 アルは俺を抱き寄せた。


「ははっ……こんなことしてたら、オレだってただでは済まないんだけどな」

「いけないことほど燃えるだろ?」

「ふっ……ユーリとシアラ嬢も同じか」


 男の身体に慣れていなかったアルも、すっかり落ちぶれてしまった。俺のものをしゃぶり、指を入れ、溢れだす情欲を受け止めてくれた。

 アルからシアラの様子も聞いていた。彼女は食事もきちんととり、健康に過ごしているのだという。ただ、アルには特に何も話すことはなく、淡々としているのだとか。シアラらしい。

 ナリシスはソルダンに到着した。一日停泊して、乗客をおろし、補給をした後、ヨーリスへ向かうのだ。窓の外から白いものが見えた。あれが雪なのか。触ってみたかった、と俺はガラスを撫でた。

 アルは俺の生い立ちと行く末に同情してくれていた。俺はそれを利用した。毎夜一緒に眠り、寂しさを紛らせた。


「ユーリ、離れたくないよ、ユーリ……」


 腰を振りながら、アルは想いを吐露した。この男の人生を狂わせてしまったのだと思うと、罪悪感はあったが、どうすることもできなかった。せめてこのひと時だけでも彼を満足させることで、俺は自分自身を納得させた。

 行為が終わった後も、アルは俺の肌を撫で、噛み痕をつけた。ヨーリスまであと数日で着くという。俺、そしてシアラの旅の終わり。あっけないものだ。


「ユーリはどこか他の惑星に移されるんだろうな」

「ああ……そうだな」

「オレさ、いつか会いに行くから。ユーリのこと、忘れられないと思う」


 俺もアルに情が移っていた。元々男が好きだったのだ。よく鍛えられた背中をなぞり、俺だって彼を覚えておこうと身体に刻みつけた。

 最終日に、俺は船長室に呼ばれた。クローディアが、険しい顔つきで言い放った。


「君はヨーリスで取り調べを受けることになる。嘘偽りなく話してくれ。それと……アルバートとのことは、黙認していた」

「ははっ……そうかい」

「あれも哀れな男だからな。船長としては失格かもしれないが、それで彼が勤めを果たせるならその方がいいと思ったまでだ」

「寛大な心遣いに感謝するよ」


 これが本当に最後だという時、アルは涙を流した。


「ユーリ。オレのこと、忘れないで……」

「忘れない。待ってるから」


 まるで子供のように俺にすがりつくアルの肩を叩き、きつく抱き締めた。こんな出会いでなければ、アルとの未来もあったのかもしれない。いや、こんな出会いだからこそ繋がれたのか。


「しよう、ユーリ」

「うん」


 しっかりと顔を見ながら交じり合い、キスを重ねた。時間ギリギリになるまで、俺たちは手を繋いでいた。

 ヨーリスに到着し、俺はシアラより先にナリシスをおろされた。長い通路を歩かされ、小部屋で待たされた。そして、何時間かした後、入ってきたのは……父だった。

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