第15話


暫くの間、僕の嗚咽は収まらなかった。

けれど、僕がようやく一息ついたところで、父さんは口を開いた。

その頃には、僕の横隣りに、父さんが座っていた。

僕たち2人は、どこまでも続く砂浜のところに、お尻をつけて座った。


「父さんな……ちょっと、旅に出ようと思ったんだ」


そう切り出した。


「それはどうしても一人で?」


と聞くと、


「一人で行かなきゃいけなかったんだ。ずいぶん、母さんとお前には心配かけたな」


と父さんはもう一度小さくごめんと言った。


「それは、お前を守る為でもあったんだ」

「僕を?」

「お前だけじゃない、父さん自身も母さんも守る為だったんだ」


そう言って父さんは、フーと一回ため息を吐いた。

まるで、長い間ずっと持っていた重い荷物を、やっと下ろせた時のような感じで。


「どこに行っていたのかは言えないんだ。けれどな、これだけは言える」


父さんはそう言って、僕の方に顔を向けた。


「一日たりとも、母さんとお前のことを忘れたことはなかった」


そう言い切った。


「常にお前たち二人のことを想っていた」


とも。


ー-それは母さんに直接言いなよ。-ー


と心の中で思って、僕は照れ隠しも含めて、顔をそむけた。

暫くの間、沈黙が流れた。


父さんがまた口を開いた。


「……学校どうだ?」


それに対して、僕は、


「……難しいよ」


とポツリとこぼした。


「そうか」


と父さんもポツリと言った。


「父さんこそ、元気にしてたの?」


と僕はドキドキと胸が鳴るのを感じながら、聞いた。

そんな僕からの質問に、父さんはしばらく口を閉ざしてから、


「ああ、風邪一つひかなかった。というか、ピンピンしているだろ?」


とキツネの被り物を被っていた時と同じく、両手を広げてみせた。

僕はそんな父さんの姿を見て、


「そうだね」


と思わず、クスと笑ってしまった。

僕が笑った顔を見て、父さんは、


「ようやく、笑ってくれたな」


と安心した笑顔を向けた。

僕がその言葉にキョトンとしていたら、


「……いつも、お前たちの苦しそうな顔しか見れなくなって、居た堪れなかった。昔は家族3人毎日笑っていたのに。いつから、それぞれ何かを抱えて、話さなくなって、笑顔は消えていって……」

「まさか、そんなことで出て行ったの?!」


僕は父さんの言葉に怪訝な顔で詰め寄った。


「……それが全ての理由ではないけれど、キッカケではあったな」


と父さんは僕の顔を見て、悲しそうに目尻を下げて答えた。


「色々あったんだ。色んなことがいっぺんに重なって、仕方なかったんだ」


ポツリポツリ、それは父さんが自分自身に向けて言い訳している様にも聞こえた。


「そんなの……」


と声を掛けようとしたら、


「全部、父さんのワガママだと言われるかもしれないな」


と父さんは僕の言いたいことを引き継いで、そう締めた。

また沈黙が僕たちを包んだ。


どこまでも広がる砂場。

目の前に海が広がるのならば、まだ分かるのに、海の音なんてサッパリ聞こえてこなかった。


「どうしてここって、「砂場」って言われているの?」


重苦しい沈黙を打破したくて、僕は質問をした。


「父さんなら……知っている?」


そう聞いて、横に座っている父さんの顔を覗き込んだ。

父さんはそんな僕の質問に、少しだけ眉尻を下げた笑顔を向けた。


「苦しいの?」


そんな父さんの顔を見て、僕は心配になって父さんに手を伸ばした。

すると父さんは、そんな僕の手を握って、


「大丈夫だ。ただ、少し、どう答えようか悩んだだけだ」


そう優しく言って、僕の手をずっと握ったまままた暫く沈黙が続いた。

父さんの手は暖かかった。

ジンワリと掌に僕とは違う熱を感じた。

父さんは目の前の砂場を眺めながら、口を開かなかった。


「シンジ……お前覚えているか?」

「何を?」

「モグラのお嬢さんを手伝ったこと」


そう父さんはニッコリと僕の顔を見た。


「覚えているよ。でも、それがどうしたの?」


そう聞くと、


「あの時、岩を小さな星に砕いたよな?」


僕は黙って一回頷いた。


「それが流れに流れて、ここまで着たのが、砂場だ」

「?」


そう言われても僕にはピンとこなかった。


「この一粒一粒が、小さな想いの欠片なんだ」

「想い?」


そう聞き返すと、


「初めに海から物を取り出す作業もしただろ?」

「キラキラした石のこと?」

「あれも、ここの砂場に辿り着いている。想いなんだ」

「想いって?」

「どこかで誰かが祈っている願いだよ。その一つ一つがここに集まって、砂場になっているんだ。想いが集まって出来た場所なんだよ。ここは」


そう言って、父さんは僕の頭を優しくなでた。


「だから『再会の砂場』なの?」


そう聞くと、


「そうだよ」


といつもの様に、優しく父さんは零した。

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