第14話


降り立ったそこは、空一面雲一つない、キレイな紺碧色が広がる場所だった。

目の前は、教科書で見たことがあるサハラ砂漠とか鳥取砂丘とかと同じような砂が延々と続いていた。


「砂場って規模じゃない気が……」


砂場と聞くと、公園の中の小さな子供たちが遊ぶ場所を、僕は思い浮かべていた。


「ここの者たちにとっては、『砂場』ですよ。それくらい小さい場所です」


と声がした。

僕がその方向に振り替えると、そこにはキツネの車掌が居た。

いや、キツネじゃなくって……


「とうとう、ここまで着たんだな」


彼はそう言った。

僕はそんな彼に向かって、


「どうして、そんな恰好しているの?」


と聞いた。

すると、彼は少しだけ驚いて、片手を顎に添えて考えるフリをしてから、徐に顔に手をかけた。

ズボリと鈍い音がしたかと思ったら、彼の両手でキツネの被り物を挟んでいた。

キツネの顔があった場所には、ある人の顔があった。


「そうか、気がついたか」


そう口にした彼に向かって、


「どうしてここに居るの?父さん」


と僕は小さく言った。

それに彼は、父さんは、小さく笑うのみだった。


「どうして笑っているの?」


と僕が聞くと、


「お前も大きくなったんだなあと感慨深く思ったんだ」


と父さんは答えた。

それを聞いて、僕はもっと父さんに聞きたいことがあったのに、

電車の中で色々考えていたことが、全て吹っ飛んでしまった。


「なんだよ……それ……」


その言葉だけが僕の口から小さく零れた。

そんな様子の僕に対して、


「何か聞きたいことあるんだろ?」


と父さんはあの日と同じように、優しい声で聞いてくれた。

項垂れていた僕は、ジワリと目元が滲んでいくのが分かった。

父さんの声を聞いただけで、涙が出てくる。

それくらい、僕は父さんのことを心配していたんだ。

いつも遊んでくれたこと。

あの日突然居なくなったこと。

それから僕は心に言えない空虚感を持ったこと。

どうして家族なのに、何も知らなかったのか、何も気がつけなかったのか。

父さんが居なくなった後に、何事もなかったかのように振舞う母さんのこと。

全部に自分が関係しているように思えて、そんな風に考えること自体傲慢じゃないのかとか思えたり、情けなくなったり。

そんなことがグルグルと僕の頭の中を駆け巡った。


なんで今更出てきたんだ。

今までどこに行っていたんだよ。

なんでいきなり居なくなったんだよ。


言葉は頭の中でポンポン出てくるのに、一つも口からは出てこなかった。

下を向いたままの僕の頭に、暖かいものを感じた。


「ごめんな」


そのすぐ後に、そう聞こえた。

それが猶更僕の心を苦しくさせた。

ポタリと地面の砂に水が吸収された。


「……して……だよ……」


僕は喉が締め付けられているのを感じながら、声を絞り出した。


「うん?」


と優しい声がする。


「どうして……居なくなったんだよ……」


責めた口調になる。

声に険が含まれる。


「……父さん」


と言って、僕は頭をあげた。目の前に父さんが居ることを分かっていて、父さんの顔を凝視するように、顔をあげた。

父さんは目じりが下がった顔で僕のことを見た。


「ごめんな」


ともう一度繰り返した。


「聞き飽きたよ。理由が聞きたいんだよ」


と僕は両頬が濡れていくのを無視して、言った。


「どうして、僕と母さんを置いていったんだよ。なんでだよ。どこに行っていたんだよ」


そう矢継ぎ早に質問していた。

若干父さんを睨んでいた。

握り拳を作ることで、少しだけ怒りを抑えているつもりだった。

もう父さんの手は、僕の頭の上にはなかった。

父さんは頬をポリポリと掻いて、目線を斜め上に持っていって、困った顔をしていた。

そんなの僕には関係なかった。


「母さんがどれだけ憔悴したか!僕がどれだけ心配したか!父さんには分からないだろう?!」


僕はただただ大声で父さんに罵声を浴びせ続けた。


「なんで何も言わずにどっか行っちゃったんだよ!なんで、家族なのに、一つも相談とか……」


しなかったんだよ……という言葉は、言えなかった。

胸がつかえた。

息が苦しくなった。

思わず僕は、右手で服をギュッと掴んでいた。

瞬きを何度しても、頬を濡らすものが止まる気配はなかった。


「……ィヒッィク……ウッ……」


僕は小さな子供のように、声を出していた。

それ以上、何も言えなかった。

ただただ本当は、父さんの顔を見て、本当は、安心したって一番に伝えるべきだったかもしれないのに。

でも、僕の口から出たのは、そんな言葉じゃなくて。

それでも父さんは、何も言わなかった。

僕を叱ることもしなかった。

ただ、静かに僕の言葉を聞いてくれた。



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