第12話


気がついたら月歌は、岩のところに座っていた。

ちょこんと座って、行儀よく足のヒレは斜めに流れていて。

歌が聴こえた。


それは僕が聴こえていたモノとは少しだけ違っていた。


何故か物悲しそうな彼女の表情と、声音に寂しさや切なさが籠っているように僕には聴こえた。

言葉はやっぱり僕には分からなかった。

けれど、彼女の心が、歌に込められた気持ちが僕の中に入ってきた。

それだけで、僕はうっすらと涙を浮かべていた目から、とめどなく涙が零れた。


彼女は歌を歌い終わって、また湖の中を泳いで僕の元に戻ってきた。

泣いている僕を見ても、何も言わずに居た。

ただ一言、


「餞別の歌」


とだけ伝えてくれた。


「本当に何もしなくていいの?」


と涙が止まった僕が彼女に聞くと、


「何もすることがないのだもの」


と困った顔で彼女は答えた。

そして、

「いいえ、あったわ」


と彼女が僕に向き合ってこう言った。


「私の隣で一緒に座っていて。ギリギリまで」


と。それは、僕にとっても願ったり叶ったりだった。

別に彼女と何かを話したわけじゃなかった。

本当に隣同士にただ座っただけだった。

何も喋らなかった。

時折彼女が歌を口ずさんだ。

僕はそれを聞いていた。


砂時計が残り僅かになったのを見て、僕は立ち上がった。


「もう、行くね」


そう言うと、彼女は、


「気をつけてね」


と言った。そして、


「さっきの言葉を忘れないでね。貴方だけの言葉だから」


と続けた。

僕は完全に月歌が言った意味を理解したわけじゃないけれど、

首を縦に振った。

彼女はそれを見届けて、湖の中に入って僕が列車に乗るまで、歌を歌ってくれた。

僕は彼女の歌を聴きながら、列車に乗り込んだ。

駅に戻ると、キツネは僕を見て驚いた。


「あれ?彼女に会わなかったのですか?」


と言われて、


「彼女?……月歌のこと?」


と聞くと、


「そうです。鈴の音と言っていたでしょう?」


と彼は頷いて答えた。

それを聞いて僕は、


「あれは、月歌の歌だったの?!」


と驚いた。

そんな僕の様子を見て、


「てっきり彼女の元に居続けるのだと思ったのに」


と心底残念そうな声で言われた。

だから僕は、


「その彼女に、『気をつけて』って言われたんだよ」


と言いながら、列車に乗り込んだ。

それを聞いてキツネは、


「それを真に受けて、列車に戻ってきたんですか。オオミヤさんらしいですね」


と少しだけバカにした声で言った。

席に座ってから、


「どういうこと?」


と聞くと、


「ここには、もう二度と帰ってこれないんですよ?彼女には二度と逢えないんですよ?」


それなのに帰ってくるとは……と彼は首を左右に振って、やれやれと掌(?肉球?)を上に向けた。

少しだけそんな彼の様子に、カチンと頭にきて、


「うるさいな。僕の勝手だろ。それに、なんでそこまでして、列車に戻ってくるのを君は嫌がるんだよ。まるでこの先に進ませるのを、阻止したいみたいにさ」


と憎々しい声音で言うと、


「ええ。出来れば進んで欲しくないですね」


と彼はキッパリと言い切った。

その答えに僕は驚いた。

彼の口からこんなにもハッキリとした僕への意見を聞いたことが無かったから。


「ど……」


どうして?と聞こうとしたけれど、


「まあ、私たちがあなたの進路を決める権利はありませんから」


という彼の言葉にかき消された。

それでも、一瞬だけキツネが寂しそうな顔をしたのを、僕は見逃さなかった。


彼は何かを知っているのだろうか?


僕の頭の中に、そう疑問が浮かんだ。


そんな僕を乗せて、列車は動き出した。

列車が動いてからも、僕の耳の奥では、月歌の歌声が響いていた。

まるで、僕の旅路が無事であることを祈っているかのように。



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