第11話
「ここで月歌は何をしているの?」
と僕は彼女に尋ねた。
彼女は涼し気な眼差しを僕に向けて、
「歌を歌っているの」
と答えた。
「でも、さっき僕に歌が聴こえるの?って聞いていたけれど、あれはどうして?」
「私の歌は、聴こえる人にか聴こえないから。そして、それは稀だから」
と彼女は伏し目がちに答えた。
「普通は聴こえないの?じゃあ君は誰の為に歌っているの?」
「……月の為」
と彼女はキッパリと言い切った。
「ここは、月が一旦休憩に来る場所って言われているの。だから私は、そんな月の為に癒しの歌を歌っていたの」
と言って彼女は頭上の月を仰いだ。
しかし、そこには不思議なことに月の姿は無かった。
湖に目を移せば、しっかりと月が煌々と映っているのに。
「月って、何か生物が居るの?」
と僕が聞くと、
「月は月よ。それ以外なんでもないわ」
と彼女は首をコクンと傾げて答えた。
僕はその話題については、これ以上どうしようもないと思って聞くのを止めることにした。
代わりに、
「僕はそこここで、色んな人の手伝いをしているんだ。何か手伝うことはある?」
と聞いた。
彼女は僕のそんな問いを聞いても、何も答えなかった。
「あーえっーと……、何かを拾ったり、何かを運んだりとかなんだけれど」
と具体的な作業をあげてみたけれど、彼女はピンと来ていないのか、それとも聞こえていないのか、興味が無いのか答えなかった。
「何かお手伝いがしたいんだ」
と段々恥ずかしくなってきて、僕は俯きながらそう言った。
すると彼女が、
「私には、貴方の方がお手伝いを欲している気がするわ」
とリンとした声で言った。
その言葉に、僕自身が驚いた。
「えっ?!」
と驚いて彼女を見ると、
「貴方はなぜあの列車に乗っているのか、考えたことがある?」
と彼女は問いを重ねた。
「……停留所を探す為って……」
キツネが言っていたことを思い出しながらそう答えると、
「その前に、貴方は何故列車に乗っていたの?」
と聞かれる。それについては、僕が教えて欲しいくらいだったから、
「分からないよ……」
と少し涙目でそう答えた。
「じゃあ、どうして貴方は、列車が停まるたびに、その場所を降りているの?」
「キツ……、そうしろって言われたから」
「でも、降りなきゃいけないってわけじゃないわよね?」
「降りて体験してくださいって言われたから」
「体験しないという選択肢もあるわ」
「それは……」
なんだかひねくれた考え方だよ、と言おうとしたけれど、口に出せなかった。
確かに僕は、キツネの言う通りに、停まった場所で降りて、そこで声をかけられた人のお手伝いをしていた。
でも、そのことをオカシイとは思わなかった。
「貴方は今回は、どうしてここまで来たの?」
彼女が少し声のトーンを落として聞いてきた。
「君の声が聴こえたから」
気になって、という言葉は、小さく彼女に聞こえたのか聞こえなかったのは僕には分からなかった。
「そう。今回は誰も貴方を呼び止めたりしなかったはず。お手伝いをして欲しいと言わなかったはず。なのに貴方はここまで来た。私の声を頼りに」
と少しだけ大きい周りの空気が静かになる強い力を持った声で、彼女が伝えた。
そのことに、少しだけ僕は背筋が正されるのが分かった。
「それは貴方の意思。誰の意見も入っていないハズよ」
まるで彼女が先生の様にも思えてきた。
「どんな声、言葉が聞こえたの?貴方には」
と聞く彼女の顔は、僕を見つめる彼女の瞳は真剣そのものだった。
「どんなって?」
「教えて。貴方に私の歌声はどんな風に聴こえたの?」
力強く彼女に見つめられて、僕はドギマギした。
バクバクとはじめは気がつかなかった、心臓が大きく脈を打っていた。
「すごく小さくて、でも力強く聞こえた。凛と澄みきっているようで、でも暖かくって。何を言っているのか言葉は分からなかったけれど……、でも、心地良い感じがしたよ」
顔が真っ赤になっているのが分かっていたけれど、僕は何とか自分が感じたことを彼女に伝えた。
それを聞いて彼女は、
「それが答えよ」
と初めて笑顔を称えて言った。
その彼女の笑顔に、僕は目を見開いた。
その顔が見たくて、その声が聴きたくて、その君の瞳に映りたくて。
まるで彼女に逢いたかったから、僕はここまで来たんじゃないかと思うほどに。
「それが答えって……?」
と彼女が僕に言ったことを繰り返すと、
「君が列車に乗っている理由」
と彼女は答えた。
「よく分からないよ?」
と正直に言うと、
「貴方が求めているモノ」
と更に彼女は意味深に答えた。
そして、湖の中に消えた。
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