第10話


「分かっていると思いますが」


キツネが何か言いたそうに口を開いたのを、


「時間に遅れないこと、飛び込み乗車はしないこと、砂時計は壊さないこと、でしょ?」


と口を挟んだ。

得意げに話す僕の顔を見て、キツネは、


「分かっているのならばいいんですけれどね」


と言って列車の中に消えていった。

ここでは、僕以外にも誰かが降りていくのが見えた。


「降りる人も居るんだな」


そんな風に意外に思った。

この列車には僕以外誰も乗っていないと思っていたから。

そんな風に横目で見ながら、前に進んだ。


「月の休憩場ってどんなことをするんだろう?」


2つの場所のお手伝いをして、何となく予想を立てようとした。

やっぱり何かを獲る場所なんだろうか?

そんな風に考えて歩いても歩いても、誰にも声をかけて貰えなかった。

というか、人が見当たらなかった。


「え?ちょっと……、ここって休憩場だから、誰も居ないの?」


と不安になってキョロキョロと辺りを見まわした。

それでも、目に見える範囲には誰も居なかった。

そんな時、微かに歌声が聞こえた。

乾いた空気を、裂くかのような小さくでもしっかりとした歌声が。

それは、鈴の音が響いているのに似ていた。

心地よく、チリチリと心の中の頭の中を揺らされる感覚。

僕はその声が聴こえる方に歩いた。


歩いていったら、そこは湖だった。

大きな大きな湖が、ポカリと現れた。


「まるで砂漠の中で見つけるオアシスのようだな」


と独り言を零す。

歌声に引き寄せられるようにして歩いてきたけれど、僕はまだその歌声が聴こえていた。

でも、誰が歌っているのか、未だに見つけられなかった。


「誰ですかー?歌っていらっしゃるのはー?」


と大声で僕は声をあげた。

すると、歌声が一瞬だけピタリと止んだ。

その一瞬だけ、湖の湖面も揺れていたのが一瞬だけ止まった気がした。

しかし、すぐに歌声は再開された。

僕は少し考えて、湖に向かって、


「この中ですかー?」


と聞いてみた。

すると、今度は大きく湖がうねったかと思ったら、静かに凪いだ。

その現象に驚いていたら、


「この声が聴こえるの?」


と歌声と同じ声が聴こえた。

リンと微かに力強く儚く聞こえる声音が。

その声の方に目線を上にあげると、湖の中央に浮かぶ島のようなところに、チョコンと誰かが座っていた。

僕は誰かの姿を見て、ビックリした。

それまで島があったことも、そこに誰かが居たことも、見えなかったし気がつかなかったからだ。


「……あ……あの……」


と声を出したら、


「ねえ、この声が聴こえるの?あなた」


とその子はもう一度僕に向かって喋った。


「うん、聴こえるよ」


と僕は握り拳を作って、勇気を振り絞ってその子に届くように言った。

そんな僕の答えを受けて、その子は、いきなり湖の中に入った。

その行動にギョッとしていたら、目の前にその子が現れた。

スッと音もなく地面に手を付けて、僕の顔すれすれに自分の顔を近づけていた。

そのあまりにも速い行動と、大胆なところに、僕は固まって動けなかった。


「……っ?!」


そんな僕の様子なんてお構いなしに、彼女は、


「私の声が聴こえるなんて……あなた、何者なの?」


と聞いてきた。

僕はそんな彼女の問いには答えられずに、ただ口をパクパクとさせるだけだった。

更に僕を驚かせたのは、彼女が陸に上がって来た時だった。

彼女には足の代わりに、魚のヒレのような物がついていた。


「……人魚?」


と初めて彼女に向かって僕が言えた言葉は、なんともマヌケな言葉だった。



「人魚……って言われたのは初めてかも」


と彼女は僕の隣に腰かけて(?)、そう口にした。

よくよく見てみたら、彼女の耳の部分もヒレのようになっていたし、

顔にも鱗のようなものが、端に見え隠れしていた。

てっきりメイクか何かのしきたりの模様なんだと思っていた。


「じゃあ、なんて呼ばれているの?」


と初めて僕はこっちの人たちに、名前を自分から聞いた。


「月歌(ゲッカ)」


と彼女はそう零した。

その答えを聞いて僕は、


「……ここが、月の休憩場って言われているのと関係があるの?」


と尋ねると、


「月の休憩場っていうのは、ココのこと」


と彼女は湖を指差した。

その意味が分からなくて、


「どうして?」


と聞くと、


「湖に写っているものが見えない?」


と彼女は再度聞いてきた。

僕は立って、湖に目を向けた。

さっきまでは、島とか彼女とかに目を奪われていた。

もう少し離れて、と言われて後ろに歩を進めると、湖が若干黄色っぽく銀色っぽく見えていた理由が僕にも分かってきた。


「……月だ」


そこには、月が煌々と映っていた。


「だから『月の休憩場』って言うのよ」


と彼女は淡々と答えた。



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