第8話


もう一つ大きな岩を二人で取り出して、星を戻す作業をしていた時だった。

僕はその間も定期的に砂時計を確認していた。

でも、その度に砂時計の砂は、全く落ちていない気もしていた。

常に半分以上は残っている感覚。


「もしかして、落ちていない?」


と疑問に思って、モグラちゃんに時間について聞くと、


「きちんと時間は経っているよ?」


と彼女が持っていた水時計を見せてくれた。

それは、水滴が一定の速さで落ちるもので、それによって時間が測れるというものらしかった。


「なんだか難しそうだね」


時間を読むのが、と言いたかったのだけれど、


「そうかなあ?星秤で時間を計っている連中がいるけれど、あれよりはましだと思うけれど」


と彼女はなんでもないように言った。

星秤?と僕は疑問に思ったけれど、口に出さなかった。

この世界には、僕が普段見ている使っている時計は、存在していないようだった。


「すごく時間を気にしているわね」


とモグラちゃんが僕に向かって訊ねたので、


「乗り遅れたらいけないんだ」


と列車を指差して、そう答えた。

そんな僕に向かって、


「列車は規則正しく走っているけれど、降りてくる人は珍しいわ。あなたは、どうして列車に乗っているの?」


と不思議そうな顔で尋ねた。

その言葉に、僕は言葉が詰まった。

僕自身が一番知りたいことだったからだ。


「それは……」


と口を開きかけた時、


「降りてくる人は、降りてもすぐに消えるの。あなたみたいに、消えなかった人は珍しかったから、てっきりお手伝いの人かと思ったの」


と彼女は口を開いた。


「どうして?」


そう思ったのか、彼女に聞いたら、


「昔から言われているの。列車から降りてきて、暫く消えない人は、お手伝いさんだって」


と彼女はなんでもないように答えてくれた。


「一定時間はお手伝いをしてくれる。けれど、その後もお手伝いをしてくれるかどうかはについては、その人次第だって。だから、逃しちゃいけないって」


と尚彼女は言葉を紡いだ。


「だから、さっき……」


と僕が褒められた時のことを言うと、モグラちゃんはコクンと一回頷いた。


「ここはいつでも人手不足だから」


と彼女はポツリと呟いた。


「そんなに重要な作業なの?岩から星を取り出すのは」


と僕の無神経な疑問に対して、


「あのまま岩をほっておいたらね、いつかその岩は凶器になるの。それを私たちは防いでいるのよ」


と優しく彼女は教えてくれた。


「岩を取り除かなかったら、私たちは困らない。でも、岩のせいで後々別の人が被害を負ったり、困るの。だから、私たちはそんな人たちを守る為に、岩を星に変えているのよ」


とっても重要な作業なのよ、とふわりと注意された。

僕はさっきした自分の質問が、なんて失礼な物言いだったのだろうかと恥ずかしく思った。


「ご……ごめん……」


なさいと言う前に、彼女に止められた。


「別の人から見たら、意味のない作業に見えることは多いのよ。だから、言い方が間違っていたとか勘違いしていたって分かっただけでいいの。不必要に謝ることはないのよ?」


と今までで一番優しい声音で、そう諭された。

そのことに僕は耳まで真っ赤になるくらい、恥ずかしくなった。

僕が無言で居たら、


「で、どうだった?この作業を通じて。残ってみたくなった?」


と彼女が聞いてくれたので、僕は少しだけ考えて、正直に話した。


「もう少しだけ、列車で移動してみるよ」


僕の答えを聞いてモグラちゃんは、


「そう。気をつけてね」


と小さく言ってくれた。


その後、モグラちゃんは時間を気にしているのだから、さっさと列車に戻りなさいと促した。


「これで、列車に乗り遅れちゃったら、私一生後悔するから」


と彼女はニコリと笑って言った。


「ありがとう」


と僕は言って、彼女の方に手を差し出した。

そんな僕の手を不思議そうに彼女は見つめていたので、


「ともだちの印として、握手がしたいんだけれど……」


ダメかなあ?と聞くと、彼女は声を立てて笑って僕の手を握った。


「そんなわけないじゃん!ともだち、でしょ?」


と言って、ブンブンと腕を振った。


「あと、これ。ともだちの印として」


と彼女は星の小瓶を僕にくれた。


「どうしても小さな欠片って出ちゃうの。それをね、こうやって小瓶に集めて、大切な人に贈るのがここの習わしなのよ。無事でいますようにって願いを込めて」


と彼女は僕のズボンのベルトのところに、それをかけた。

まるでキーホルダーのように小瓶には金具の様な紐のようなものがついていた。


「ありがとう、大事にするね」


そう言って、僕はもう一度大きく手を振って、列車に乗った。

そんな僕にモグラちゃんも、大きく手を振ってくれた。

音を立てて列車の扉は閉められて、動いて見えなくなるまで、彼女は僕のことを見守ってくれていた。



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