第5話
「ああ、そうだオオミヤさん」
キツネが徐に口をひらいた。
「今度からは、滑り込み乗車は止めて下さいね」
と僕が激突した座席を指差して、忠告した。
「しょ……しょーがないだろ?」
と少したじろみつつそう反論すると、
「列車がダメージ受けるんで、<やめてくださいね>」
と目は笑っていない顔で、そう念を押された。
僕の心配はナシかよ?!と思いつつ、
「はい。気をつけます。……すいませんでした」
とキツネの迫力に若干ビビりながら言うと、
「分かっていただけたのならば、結構です」
と今度はニッコリ口角を上げて言って、キツネは去って行った。
彼の後姿を見ながら、キツネを怒らせないようにしようと心に刻んだ。
外の景色を眺めていても、真っ暗だったり、初めは感激して見ていた星空にも段々飽きてきた。
その内に僕は眠っていた。
コツンと頭を座席と窓の丁度良い段差に埋めて。
その時に夢を見た。
まだ父さんが家に居た頃の夢だ。
「父さん、父さん。次はキャッチボールしようよ!」
父さんは休みの日には、なるべく僕と遊んでくれた。
ママチャリに僕を乗せて、少し遠くの大きな公園に行くのが父さんと僕との遊びの定番だった。
僕が小学校に上がって、自分で自転車を乗れるようになったら、2人して縦に並んで行った。
父さんは、僕の車輪が小さい遅い自転車を時々立ち止まって待ってくれたり、わざとゆっくり目に進んだりしてくれた。
それが分かるのは、高学年に上がって、自転車の車輪の大きさが同じになった時だった。
「父さん、今までわざと遅くしていた?」
と聞くと、父さんはイタズラがバレた時の子供の様に、目を斜めに向けて、頬をポリポリと搔きながら、
「うーん……どうかなあ?」
とほぼ白状したような答えをした。
高学年に上がってからも、僕は父さんと一緒に公園に行った。
父さんの時間が合えばだけれど。
小さい頃は、凧揚げもした。
中学年の頃は、キャッチボールが多かった。
高学年になってからは、父さんがなかなか受け止めきれないようになっていった。
「父さん、次の日曜日は?」
と僕が聞くと、
「次なあ……次も仕事が入りそうなんだ」
そう言う時の父さんは、自分自身も心底ガッカリしたような声を出した。
本当は、僕よりも父さんの方が公園に行くのを楽しみにしていたような感じで。
「そっ……か……」
高学年になってからは、僕自身も少し忙しくなっていたこともあって、そんなことでワガママを言ったりはしなかった。
それでも、僕も唯一の父さんとの一緒の時間を奪われることは悲しかった。
「来週……再来週は行けるように調節するから、な?」
そう言って父さんは、僕がいくつになっても僕の頭をポンポンとなでた。
優しく優しく包み込むように。
「父さん、仕事ばっかりでごめんな?」
その頃の父さんの口癖だった。
「ううん。そんなことないよ。僕楽しみにしているね」
そう言って僕は作った笑顔を、父さんに向けることが精一杯の僕が父さんに出来ることなんだと思っていた。
僕は浅はかだった。
考えが足りなかった。
そして、父さんは嘘をつくのが下手だった。
だから、父さんは……
『次は~星の並木道~星の並木道~。お降りのお客様は~』
僕はそのアナウンスの声で、夢から覚めた。
目にはうっすらと涙が溜まっていた。
一方向に首を傾けていたから、少しだけ寝違えていた。
「イタタ……」
と言いながら、自分の首をさする。
ついでに目元に溜まった涙を手で擦った。
「久しぶりに見たな」
と僕が呟くと、
「ずいぶんグッスリでしたねえ。お疲れだったんですか?」
とキツネが僕の目の前に居た。
「うわあ?!」
とキツネの出現に驚いて、座席からずり落ちる。そんな僕のマヌケな姿を見たキツネは、
「そろそろ慣れてくださいよお。そうじゃないとオオミヤさん、心臓がいくつあっても足りませんよ?」
と飄々とアドバイスを残して、ため息を吐いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます