第2話


僕は動けなかった。

キツネが二足歩行のことにも、喋ったことにも、内容にも、全てに驚いて。

そんな僕の様子に、キツネは、


「切符をお持ちですか?お客さん」


とズイとフワフワの毛皮をまとった手(前足?)を僕の顔の前に差し出してきた。

僕は面食らって、何も言えなかった。


「切符持ってないのですか?」


とキツネがやや訝し気な声音で聞いてきた。

はい、と僕は掠れた声で答えることしか出来なかった。

そんな僕の様子に、キツネは驚いて、


「切符も持たずに乗ってくるなんて、よっぽど慌てていたのですね」


と片眉を上げて答えた。

そんなキツネの変わる表情に、僕は驚きっぱなしで心が休まらなかった。


「切符ってどういうのですか?」


僕は気になって、そう聞いた。

もしかしたら、どこかにあるのかもしれない。

するとキツネは制服の内ポケットから、一枚の葉っぱを取り出した。


「葉っぱ?」


そう僕は声に出した。

キツネはそんな僕の声を無視して、


「大体、これぐらいの大きさなんですけどね。本当に持っていないんですか?」


と再度聞いてきた。

僕はガサゴソと制服のポケットやズボンのポケット、鞄の中を探った。

それでも葉っぱ一枚出てこなかった。


「ナイみたいです」


肩を落として僕は伝えた。

キツネはそんな僕を気の毒そうに見つめた。


「じゃあ申し訳ないけれど、次の駅で降りてもらいますね」


そうキツネは言ってきた。


「え?次の駅?」


僕はあまりの急展開に、声が裏返った。


「そりゃそうですよ。切符を持っていないんですから」


そうキツネは非常な声を告げた。

僕はヤバイと思って、焦った。

本当にナイのか?!本当はどっかにグシャグシャになっているんじゃないのか?と思ってもう一度ポケットの中に手を突っ込んだ時だった。


「なんだ、あるじゃないですか」


キツネが素っ頓狂な声を出した。

僕はキツネが手を伸ばした方を見た。

僕の学生鞄の上に、ひらりと一枚の葉っぱが乗っかっていた。

キツネは普通にその葉っぱの切符を取って、何やらマジマジと見てから僕に渡した。


「はい、オオミヤさん。無くさないように気をつけて下さいね」


と言って。

僕はどうして自分の名前がバレたのだろうか?とビックリして葉っぱを見つめたら、そこには僕の名前がフルネームでデカデカと書かれていた。

一番上に。


「しかし、行き先が空欄なんて、久しぶりに見ましたよ。本当に居たんだなあ」


そう言ってキツネは一度僕に向かって会釈をしてから、次の車両に歩いて行った。

僕はそう言われて、もう一度葉っぱの切符を見返した。

そこには、白字で僕の名前と乗ってきたのであろう駅名が書かれていた。

駅名の隣に矢印が右方向に向かっていて、その隣には何も書かれていなかった。


「これが、行き先空欄ってことか」


じゃあ、僕はいつまでこの電車に乗っていればいいのだろうか?

そんな疑問が頭の中に浮かんだ。

そんな時だった。


『次は~海の波打ち際~、次は~海の波打ち際~です。お降りのお客様は~』


さっきのキツネとは別の声で、車内アナウンスが聞こえた。


キキッと音が鳴ったかと思ったら、電車は止まった。

僕は、思わず窓に顔を近づけて、外を凝視した。

その時、キツネが少し小走りに僕のところにやってきた。


「オオミヤさん、オオミヤさん」


キツネが僕の名前を呼んだので、


「はい?」


と振り返ると、


「オオミヤさんの切符、特別製なんで、一つ一つの駅を少しだけ体験して貰うんです。行き先を思い出していただく為に」


とキツネは言った。

僕はその言葉を聞いて、


「マジで?!」


とキツネの顔に自分の顔を近づけた。


「この砂時計が完全に落ちきる前に戻って来て下さいね」


キツネは僕に砂時計のペンダントをかけて説明してくれた。


「アラームとかは?」


そう聞くと、


「アラーム?なんですか、それ?」


とキツネが問い返してきたから、僕は再度聞かないことにした。


「落ちきっても戻ってこなかった場合は、そのまま電車は出発しますので」


そう言われて、


「え?じゃあ次の電車は?」


と聞くと、


「いえ。そのままそこに居ついて貰います」


となんとも非常な声で伝えられた。


「マジかよ……」


思わずそう呟いた。


そこは降りると海が広がっていた。


「まさに『波打ち際』だな……」


と苦笑するしかなかった。

砂浜になっていたので、ズブリズブリと沈みながら進んでいたら、


「お前新入りか?」


と野太い声がした。

僕はその声の主の方に頭を向けた。

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