僕の旅路

第1話


目が覚めると僕は電車の中で座っていた。

いきなり眩しい光が僕の目の中に入ってきたから、思わず目とギュッと閉じた。

それから恐る恐る少しずつ閉じていた瞼を開いていく。

目が慣れたら、電車の中には乗客が僕だけだということに気がついた。

そして目の前に大きく広がる窓からは、外が丸見えだった。

外の景色はいつもと違って、真っ暗闇だった。

所々小さな光が見えては消えていった。

ガタンガタンと電車の音が鳴るたびに、どこかでチリンチリンとも小さな鈴の音が鳴った。


「ここは……どこだ?」


よく読むマンガの中で、記憶を失った人間が必ず言うセリフを、くしくも僕も吐いていた。

でも、僕のその問いかけに、答えてくれる人は誰も居なかった。


僕は今日、普通に学校に向かう為に、いつもと同じ電車に乗っていた。

小学生の時から変わらない、同じ通学電車。

中学生に上がってからは、ランドセルじゃなくなって、少し違和感のある通学カバンに変わった。


「なんだか、お父さんみたいね」


母は僕の通学カバンを見て、そう呟いた。

父が会社に向かう時に常に持って行っていた鞄と大きさも形も色も似ていたからだ。

父はそんな鞄を見て、自身の物を見比べて、


「本当だな」


とハハッと小さく笑った。

そんな父も今は家に居ない。


中学生に上がってから、勉強量は段違いに増えた。

授業のスピードも教科によっては倍近く早くなった。

それについていけるか、いけないか、それが顕著にあらわれて突きはなされるようになったのはいつ頃からだったのか。


「オオミヤ君は少し成績が下がっていますね」


三者面談の際に、眼鏡をかけた担任が母にそう伝えた。


「どうだい?週に1度、学校では有志で勉強会をしているんだが、それに参加してみないかい?」


そう優しく言ってくれた。

でも、僕は知っている。

クラスから成績不振者を出さない為の措置だと言うことに。

そこに行かされるということは、つまり一種のレッテルが貼られるのだ。


「オオミヤ君は、普段真面目ですので、少しコツさえ掴めば戻りますよ」


担任はにこやかな笑みで母にそう説明した。


「ちょっと大きな出来事があったので、そのせいでしょう。仕方ないですよ」


とも付け加えて。

母は、「そうですか」と小さく零した。

母は知らない。この学校の裏の顔を。

表の世間に魅せている明るい感じは、『作られている』ということを。

それを母はきっとこれからも知らないままだろう。

そうして三者面談を終えた後から、僕の補講と言う名の【捨て鉢】通いは始まった。


僕はその日、補講に向かう為に電車に乗った。

いつもと同じ電車のはずなのに、土曜日だからか、それとも補講の為だからか、違った印象を受けた。

土曜日に学校に行けば、部活で来ている生徒も居る。

下手をしたら平日の勉強の時よりも早い時間に、部活の為に学校に来る。

そんな彼らを尻目に、僕は補講の為に教室に向かっていた。


補講に通っている生徒は、部活には行けない。

部活に注げるエネルギーを勉強に費やせ、

つまり、両立出来ない生徒には、部活をする資格がないというのが、学校側の言い分だ。

だからこそ、部活に入っている生徒同士で勉強を教えあうのを、学校側は推奨している。

分かっている人が分からない人に教える。

他人に教えるには、自分が理解していないと出来ないことだからだ。

人に教えながら、更に自身の理解を深めていく。

それこそが、真の勉強だと教師たちは信じている。

生徒同士が教えあって、質を高めていく。

その一方で、それを逆手に取り、部活に入ったがゆえに、精神的に追い詰めて成績をわざと落とさせるという生徒も少なからず居た。

補講に通っている生徒の中には、そうやって傷を持っている生徒が居る。

生徒間同士での足の引っ張り合いがないとは言えない。

それに巻き込まれるか、巻き込まれずにいい仲間に出会えるかは、結局のところその人自身の運なのか人徳なのか。


僕は部活をしていなかった。

中学に上がった直後は、小学校の時からの仲間と一緒の部活に入っていた。

ある時、部活を辞めることになった。


「シン、部活辞めるって本当かよ?」

「どうしてもか?」

「どうにかして続けられないのか?シン」


友達はそう言って僕を引き留めてくれた。

僕は小さく笑って、頭を下げるのが精一杯だった。


その日も僕は補講の為に電車に乗った。

乗ったはずだった。

土曜日とは言えど、電車の中の人の数は多かった。

まず僕は座れていなかったはずなのに、目が覚めたら座っていた。

僕の心臓が、ドクンドクンと大きく波打つようになった頃に、ガラリと扉が開いた。

開いた扉の方を見ると、キツネが入ってきた。

車掌の恰好をして。

僕がその姿に面食らっていたら、キツネは僕の目の前で止まって、


「切符を拝見します」


といきなり言ってきた。

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