第12話 ようやく面と向かってお話できるんだわ!

「どうしよう……男って女の顔以外のなにに惚れるものなんだわ……?」


 無キャたちからさして有力な情報を得られなかった躑躅は、さっそく優の攻略に詰まっていました。


「……そもそもあいつ、私のこと好きならストーカーなんてしてないでさっさと告白すればいいのに……そうすればその時点で決着なのにぃ……!」


 うんうん頭を悩ませる躑躅はだいぶ迷走気味でした。


「……ツツジのやつ、なにを一人でぶつぶつ言ってるんだ?」


 その様子をストーカーしていた優は一瞬、不信に思いましたが……


「まあ、いつものことか」


 すぐに躑躅の通常行動だと理解して気にしなくなりました。


「ねえノワ、私ってあなたよりかわいいわよね?」

「……いきなり喧嘩売ってる?」

「だってあの変態ストーカー、やってることが意味不明なんだもん……私のことが好きなのに? ストーカー? あの顔で? 何がしたいのかよくわからないんだわ……!」


 わかってもらう気が優にないのだから仕方のないことでした。


「……まあ、それはたしかにそうかも」


 優は野分のことを内心で扱き下ろしていましたが、彼女もそれほど愚かではなかったのです。野分はしっかり優の行動の不審な点に気づいていました。


「だからとりあえず、私がとってもかわいいことを再確認して心の平穏を保とうと思ったんだわ」

「わたしはその踏み台」


 呆れたように野分が言います。そうして後方に視線を向ければ、絶賛ストーカー中の優と目が合いました。


「……」

「……なんだ?」


 なにか意味ありげな視線を送ったのち、野分は躑躅に提案しました。


「喫茶店寄りましょう、ツツジ」

「唐突ねノワ! ちょうど喉乾いてたし大賛成だわ!」


 着いて来いってことか、と優は即座に理解しました。賢い子なのです。


 場所は先日野分に共闘を持ち掛けられたスタバでした。


「……バレないように」


 と、もはやあまり意味のないストーキングをする優は、彼女らと数分ずらして入店し、店の端の方に陣取りました。


 ……が。


「あ、来たわ」

「ど、どうしたの、ちょっと! 腕引っ張らないで!」


 あろうことか野分は、優を見つけるや否や躑躅を連れて強引に相席してきたのでした!


「よいしょっと……失礼するわ」

「本当に失礼だ」


 状況が呑み込めていない躑躅はと言うと、


「え……あ、更科優だわ!?」


 などと指を差して大声を上げたものだから大変です。


「何!? この店に更科優がいるのか!!」「どこ! どこにいるの!?」「うわ、マジで本物のスグルサラシナじゃん」「マスクしてても一発で分かるな」「うわすげぇ、髪が光ってるよ!」「ねぇサインちょうだい!!」「週刊文秋のアレって本当なんですか!?」「なぁ、更科優って盗撮とかしたらいちいち訴えてくるタイプだっけ?」「平気だろ、捨て垢でTwitterに上げちまえ」「にゃーにゃー」


 ラップトップで仕事をしていた社会人から学校帰りの女子高生、会計中の店員、果ては店の外の野良猫や鳩まで集まってくる始末です。店内にいた24人と1匹と1羽が、磁石に引き寄せられるように優の周りに詰め寄ります。


 お店の営業は中止です。


「その……真由美さん。俺と、結婚してくれますか」

「……はい。不束者ですが、よろし――え、更科優いるの!? どこどこどこ!?」

「…………」


 プロポーズも中止です。


「え、えっ」


「……はぁ」


 躑躅は事態が呑み込めず、目を回しています。野分は飽きれたように溜息をついていました。


(こうなるからマスクしてたのに……ツツジのやつ)


 心の中で歎息一つ、優はマスクを取って口を開きます。


「今、友人と話してるんだ。僕のことは、見なかったことにしてくれると嬉しい」


 優が笑顔で言うと、


「「「「わかりました」」」」

 

 24人は一斉に頷き、各々の席に散っていきました。


「なにこれ、不気味」


 野分はドン引きでしたが、これが普通の人間の反応なのです。優になにか言われて、逆らえる者など本来はいないのでした。


「み、見向きもされなかった……素顔の十六夜躑躅がここにいたのに……誰にも気づかれなかった……!!」


 躑躅は勝手に落ち込んでいました。


「わんわんわんわん……っ!」

「なんで犬の真似?」

「ツツジの泣き声よ」

「めちゃくちゃキモい泣き方するんだね」


「わんわん……っ!」


「ツツジが泣いてる間に話すけど、わたしがあなたを呼んだ理由はちゃんと飲み込めてる?」

「僕とツツジにしっかりとした面識を持たせようってことだろ。分かってるよ」

「ならいいけど」


 優は暫し、自らと相談しました。すなわち躑躅の前に堂々と顔を出すべきかどうか思案していたのです。


「……不服そうな顔」

「マスクしてるだろ」

「なら目に出るタイプなのね」

「……まあ、そろそろこうする必要があるとは思ってたから、ちょうどいいかな」


「わんわん、くぅーん……」


「どうしても教えてくれないのね」

「僕がなんでストーカーしてるか? 君には関係ないだろ」

「君じゃなくてノワキ」

「一々名前で呼ばないと機嫌悪くなるタイプのヒロインか」

「ねえ、なんかわたしにだけ態度悪くない?」

「不服そうな顔してるぞ」


「わんわんわんわんわんわんわんっ!」


「「うるさい!!!」」


「……っは!? ……そうだわ、今は落ち込んで泣いてる場合じゃないわよツツジ! それより追求すべき事柄が目前に眼前に現前!!」

「まだ混乱してるみたいだね」

「いつもこんなよ」

「なんであなたがここにいるんだわ!?」

「その語尾合ってるか?」

「わたしがここに来るように言ったの」

「……どうして? こいつ変態ストーカーだわ?」

「話してみたら意外といい一面もある変態ストーカーだったから、連れてきたのよ」

「そんな『ナチスは「いいこと」もした』みたいなこと言われても困るわ……」


 尤もでした。


「……結局オタクくんたちとの会議でも大した案が出なくて、行き詰ってたところなのに……」

「ああ、あのフェ〇ミ研究所とかF〇ン大学就〇チャンネルとか見てそうな三人組」

「そういうわけでよろしく、ツツジ。更科優だよ」

「うぅ、このイケメン初対面から下の名前で呼び捨てしてくるんだわ……」

「言うほど初対面かしら」

「僕はそのつもりだよ」

「なんてことしてくれたのよ、ノワ……! この開き直りストーカーを相手取るには、私はまだステータス不足なんだわ……!! 巧みな話術で口説き落とされちゃう!」

「今日は余裕のないツツジがたくさん見れて眼福ね」

「この子ほんとうに私の親友なんだわ……?」


 ようやくしっかりとした面識を持った躑躅と優でした。


「それで? 僕とツツジを引き合わせたんだから、お前がこの場を仕切れよ――

「それでいいの」


 無表情すまし顔を少しだけ緩めて、野分は言いました。


「さあ、大いに雑談しなさい、二人とも」

「なあツツジ、もしかしてノワキってアホなのか?」

「私より成績良いわ?」

「微妙に見当はずれな回答ありがとうね」

「失礼な勘違いをされているから説明するけど、わたしだっていろいろ考えたわ。考えて、考えて、考えた結果、更科優が自分で動くのが最善だという結論になっただけよ」

「ノワがいらない子だわ!」

「…………」


 思ったことをすぐ口にしても気まずくならないっていいことだな、と優は半ば思考停止していました。


「というか、そうだわ? まず、そもそも二人はどこで知り合ったんだわ?」

「そんなことツツジにはどうでもいいでしょ?」

「たしかにそうだわ、あんまり興味ないんだわ!」


 この二人はいつもこんな感じなんだろうな、と優は思いました。


「まあでもそういうことならいいわ、むしろこの状況を逆手に取るんだわ、十六夜躑躅! 英雄はいつだってピンチの状況から逆転するものなんだわ――完全無欠の美少女JKだって同じこと! ここで更科優を落とせれば大金星! 格付け完了大勝利だわ!!」

「自分以上の美を前にした時、あなたがどうするかちょっとだけ気になってたけど、そういう方向に行ったのね」

「この新作美味しいな。母さんの分も買っておくか」

「当の本人には歯牙にもかけられてないみたいだけど」


 優はもう帰りたくなっていたのです。


「わ、私の価値がスタバの新作以下だなんて……そんなのあってはならないことだわ!! ……更科優!」

「ん、呼んだ?」

「本当に話聞いてなかったのね」

「スマホいじるのやめて、私のかわいい顔を見るんだわ!」

「はいはい」


 優は躑躅と視線を合わせました。


「うっ、かっこいい……」

「なあノワキ、僕帰ってもいいか?」


 とうとう口に出してしまいました。


「ツツジが顔で落ちない相手にここまでポンコツだとは、わたしも思わなかったもの」

「だ、だいたいおかしいのよ!! 私とノワみたいな美少女二人に囲まれてて、何平気そうな顔してるんだわ!? 何が不満なんだわ!?」

「うわ、この親友、全く相手にされないからって逆ギレし出したわ。いよいよね」

「不満はないよ。二人は本当にかわいいと思ってるし」

「それほどでもあるわよ!」


 どや顔の躑躅でした。


「でも……」


 ――君たち程度の女が何人集まっても、トロフィーにすらならないよ。


 と言いかけて、流石に言葉を止めた優でした。そういうことを言って事態がなにも進展しないことを、優は一番よくわかっていたのです。


「いや、そうだね。そもそも今日はそのために来たんだもんな」

「……??」


 ミミズクのように首を傾げる躑躅に、優は適当に言いました。


「僕はツツジ、君のことがもっと知りたいんだ。ストーカーだってそのためにしてたんだよ」

「……ホントに? なら、なんでさっきまで退屈そうだったんだわ?」

「ああ、それね。えっと、そうだな……」

「今考えてる! それっぽい理由、今考えてる!!」

「ツツジの目を見て話すのが恥ずかしかったんだ。ほら、君はかわいいから」

「私がかわいいから! なら仕方ないわね!」

「だからなんとなくツツジから顔を背けてた、とか? そんな感じ」

「それって……私のことが好きってことだわ!?」

「え? そうそう、好き。でもその前に、僕は君のことを何も知らないだろ。ストーカーで遠くから見てるだけじゃ人の本質的な部分は分からない。だから、君をもっと好きになるためにも、こうして実際にお話して仲を深めようかと思ってさ」


 優のそんな一方的で無遠慮な、しかしいきなりの好意的な提案に――躑躅は思いました。


 ――これって更科優が私の美を認めたってことよね!? 私のこと、好きって言ったし! 好きって! ……なんか違う気もするけど、美少女の勘が違うって言ってるけど、まあいいわ!


「え、えぇ~? 何よそれ、ストーカーのくせに調子良すぎじゃないかしらぁ?」


 言葉の割に、態度は柔らかい。躑躅はすっかり気分を良くしていました。


「どうかな」

「う~ん、でも、でも、あなたの犯罪行為がなしになったわけじゃないし? そっちが頭下げて謝ってくれないとお話するの嫌だわ?」

「そっか、じゃあいいや」

「と思ったけどやっぱり特別に許可してあげるんだわ!! 仲良くしましょう更科優!!」

「ありがとう、スグルでいいよ」

「ふんっ、私のこともツツジでいいんだわ……許可する前からスグルはそう呼んでたけど!」

「はは、チョロくて助かる」

「何か言った?」

「ううん」


 そういうわけで、なんだかんだ円満に進んだように見えた話し合いの裏で、


「イマイチ分からない。こいつ、本当になにがしたいんだか……」


 野分だけは納得しきれていない顔をしていました。

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