第7話 新入部員、芝蘭堂陽です!
翌日も優は何食わぬ美しき顔で水分高校に登校し、陽と詮無い会話をしていました。
「さても我が親友の収集してくれた情報によって、この俺、芝蘭堂陽はまた一歩源さんに近づいたわけだが」
腕を組み、偉そうな態度の陽は演説でもするような雰囲気で言います。
「苦節1か月」
「大げさな奴だな」
「俺はやっとの思いでここまで来た。これもすべてはスグル、お前のおかげだ」
「そりゃよかったよ」
「そんな親友からの手厚いサポートによって、俺はこの一大決心をするに至った。――今日はいよいよ、源さんに話しかけてみようと思う」
「お前は本当にこの1か月間なにしてたんだ?」
ニヒルな笑みを浮かべる陽が、優にはひどく滑稽に思えました。
「先輩! 今日の放課後は駅前でショッピングデートですよ!」
「確定事項みたいに言うけど、私にだって放課後の予定があったりするよ?」
「でも先輩、このクラスに友達いないですよね?」
「い、いるよ、友達いるよっ」
「そうなんですか? ユカリはてっきり、同級生に相手されないから仕方なく下級生のユカリを構っていたのかと」
「ユカリとは話したいから話してるの!」
「えへへ~」
「私を置いて勝手に照れないでね……?」
「――ッハ! 友達じゃないということは、まさか彼氏……!? こんな純真無垢な女の子をたぶらかした悪い男がいるんですか誰ですか! この後輩めが成敗したりますよ!」
「私のお母さんみたいなこと言わないで~……」
そんなエーデルワイスはというと、例のごとく後輩と仲良くおしゃべりをしていました。
「がはははっ、あの会話一つとっても、優から流してもらった情報のおかげで、源さんの解像度が上がった気がするぜ」
「流したとか言うな。合法だよ」
「例えば、あの源さんと妙に親し気な謎の少女について」
「今まで誰だか知らなかったのかよ」
「あいつは一年C組の狭衣縁。源さんの所属する水泳部の後輩で、このクラスでぼっちな源さんにとっては数少ない友人と言える。そこそこかわいい」
「最後のお前の主観がいらなかったけど……僕が渡した情報は、ちゃんと頭に入ってるみたいだな」
「暗記は苦手じゃないんでね。おかげで勉強嫌いな俺でもこの高校に入れってワケだ。まあ、それ以上の天才がこのクラスにいたわけだが」
「そか」
「文武両道と才色兼備と……あとなんだ? この万能人がよ……」
「もうっ、あんまり先輩からかうと、もうお話しないよっ」
「ふくれっ面の先輩ベリーキュートです!」
「私怒ってるんだよっ」
「ユカリもです! 先輩とはもう口ききません」
「え、どういうことなの……?」
「ヨウ、あの二人は放っておいたら一生喋ってるぞ。行くなら行った方がいいんじゃないか?」
「お、おおそうだな……よし、うむ、行くぞアキラ! 応ッ!」
「脚ガクガクだけど平気か?」
「武者震いだぜ」
「陽落ち着け、サムズアップが逆さまになってる」
サムズダウンは国によっては撃ち殺されると聞きます。陽は日本に生まれたことを感謝すべきでしょう。
「なあ源さん、なあ源さん、なあ源さん、なあ源さん……よし」
「教室で素振りするなよ」
なにはともあれ、右足と左足を交互に動かして、陽はエーデルワイスに話かけました。
「な、なあみまっ、源さん」
遠くで優がズッコケていました。
「ほぉら先輩! しょーもない痴話喧嘩してたせいで間男が湧いちゃいましたよ! さあ、ユカリたちの愛の力で退治しましょう! らぶいずおーる、愛を聴かせましょう!」
「愛なんてないんだよ!?」
「じゃあこの間男先輩は誰でしょう」
「間男違うっ……クラスメイトだよ、クラスメイトの芝蘭堂くん!」
「お友達ですか?」
「えっと……」
友人どころか知り合い以下の微妙な距離感だったので、答えに窮したエーデルワイスは視線を泳がせます。
「その、どうしたの? 芝蘭堂くん。私と話すのは初めてだよね?」
ともかく、エーデルワイスは陽に笑顔で応じます。彼女は人間ができていました。
「あ、ああ……その、知り合いの後輩が水泳部に体験に行ったっつっててな、源は水泳部だろ? その、そいつどんな感じだったかってさ」
ここは用意周到というべきか、小賢しいというべきか。陽も無策で神風特攻したわけではなかったのです。
ちなみに今の発言で事実だったのは「源は水泳部」の部分のみでした。陽に後輩はいません。
「あ、そうなんだ。なんて子?」
「…………や、山田太郎」
優の溜息が聞こえてきます。
「ほへー、そんな名前の人が本当にいるんですねぇ? 山田さんの両親、絶対ふざけましたね」
「そ、そうだね……」
縁は真に受けているようですが、エーデルワイスは苦笑いでした。
「えっと……そんな名前の新入部員は、ちょっと覚えてないかな……特徴的だから、聞いてたら記憶に残ると思うんだけど……」
「あ、いや待てよ……山田次郎だったかもしれねえ」
「もうっ、後輩の名前を間違えるなんて、先輩失格ですよ先輩!」
縁がいなかったらこの会話はどうなっていたことか。陽はもっと彼女に感謝すべきでしょう。
「その、次郎くんも知らないな……」
「どういうことですかそれ! 水泳部の幽霊部員(物理)ということですか! 幽霊なのに物理!? ……どういうことですか!」
「ユカリ、はしゃがないの」
「あーあーそうだ思い出した、そいつ女だったんだ。次郎ちゃん」
「後輩の性別を間違えるなんて、人間失格ですよ人間!」
「ユカリ、芝蘭堂くんは先輩だからね……?」
見ていられないな、と優は思いました。そして優は心優しい人間合格な人間だったので、助けに行ってやろう、とも思いました。そうして優が席を立ちました。
「――あっ! スグル先輩が立った! クララクララ!」
それに目ざとかったのは縁です。優が立ちあがっただけで彼女は大はしゃぎ。
その声を皮切りに、クラス中の視線が優へと向きました。
「あー、やっぱり改めて見ても更科くん、カッコよすぎ……同時代に生まれてホントよかった……」
「更科優を鑑賞できるだけでも、この星に生まれてきてよかったって思えるよねえ」
「わたし今、更科くんと付き合いたくて三手白神社にお百度参りしてるんだあ」
「あ、あ、更科くんこっち見たよ! わあ歩いた~!」
「パンダか?」
クラスメイトは見慣れてるとはいえ、美しいものは美しいことは不変です。優の『美』を再認識したクラスメイトたちは、各々感嘆の息を漏らしていました。
「……更科くん? どうしたの?」
優が近くまでやってくると、エーデルワイスはどこか緊張した面持ちでそう尋ねました。
「いや、ヨウが困ってるみたいだったからさ」
「後輩の名前と性別を間違えるぐらいですからね。この先輩が相当慌てん坊なのはよく分かります」
一人で勝手に納得している縁をよそに、陽は羞恥に顔を赤くしていました。
「オレはいつでも冷静沈着な男だぜ」
「はいはい。……それでね」
これでは陽が挙動不審な人間失格のままで終わってしまうので、優は助け船を出します。
「実は、水泳部に体験入部したいのは後輩じゃなくてヨウ自身なんだよ」
「はぁ!? お前、勝手に何言って……っ」
いっそのこと、陽をエーデルワイスと同じ部活に入れてやろうというその考え。少し強引ですが、確実に陽とエーデルワイスが接する機会の増えるナイスアイデアなのでした。
「……そうなの? 芝蘭堂くん」
「えぇ、あ、お、おお……そうだ。水泳部に入部希望ですッ!」
陽は調子のいい人間でした。
「それなら最初からそう言ってくださいよ!」
「二年次から部活に入るのって気まずいだろ? こいついいカッコしいだからな、素直に言い出せなかったんだよ」
「反論できねぇからって好き勝手言いやがって……」
「でも、大丈夫なの? 今やってる部活の方は……」
「こいつ帰宅部のホープだから、暇なんだ」
「なるほど! だからちょうど新年度だし、新しい部活に入ってみようということですね! はい、とてもいいことだとユカリは思いますよ!」
「じゃあ、入部届……あ、その前に体験入部だね。活動日は月火木金だから、行けるなら今日の放課後でも大丈夫だけど、どうしたい?」
「そういうことならすぐにでも行かせてもらうぜ。源さんも今年からだよな」
「うん、そうだよ。だから部活は、ユカリと同い年です」
まだ5月も半ばだというのに、二年生であるエーデルワイスと一年生であるユカリがこれほど仲良しなのは、そこに理由がありました。部活では一年生組と同じ扱いのエーデルワイスは、必然的にユカリと一緒にいる時間が長かったのでした。
「エル先輩、まあまあフォームとかへっぽこですからね! でも安心してください芝蘭堂先輩! ユカリも期待のホープですから! 準備体操の仕方からフォームからなにまで、みっちり叩き込んであげますよ!」
「ふふふっ、分かりました。それじゃ、指導はユカリがよろしくおねがいします」
「ああ、よろしく頼む。――いやーっ、去年から水泳部には興味があったんだよな。よく市民プールに泳ぎに行ったり行かなかったりで――」
調子のいい奴だ、と優も思いました。
(……ただ話すだけのつもりだったっぽいけど、思わぬ進展があってよかったじゃないか、ヨウ)
優は心の中で友人の進歩を祝福していました。とても心の綺麗なよいこです。
「…………」
会話を終えた優は自席へ戻ります。その後ろ姿をエーデルワイスが気にしていたことには、陽も縁も気が付きませんでした。
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