第3話 基本的に気に食わねぇ野郎だが、なぜか構っちまうんだよな。


 私立水分みくまり高校は県内トップの偏差値を誇る進学校です。


 そこに通うすぐるは高校二年生なので、平日は当然ながら学校に通っています。

 

「……更科優さらしなすぐる。お前を生涯で無二の親友と見込んで話がある」


 とても真剣な顔で切り出したのは、優の友人で自称親友の、芝蘭堂しらんどうあきら。周囲の人間からはヨウと呼ばれる剽軽ひょうきんな男でした。優もそう呼んでいます。


「改まって、愛の告白か? 残念だけど僕は女性が好きなんだよ」

「てめぇ、無駄にクラス中の女子の視線を集めるようなことは言うもんじゃないぜ」

「ごめんごめん、多様性の時代だもんね」

「思ってもないことをいけしゃあしゃあとお前は……。そうじゃなくてだな。――コホン」

 

 わざとらしく咳を一つ挟んだ陽は、神妙な面持ちで言います。


「告白しようと思うんだ」

「僕に?」

「話を蒸し返すなアホ。――分かるだろ、みなもとさんだ」


 目を細めた優は、ああと曖昧な相槌を打ちました。


「まあ、日ごろからあれだけ視線を送っていれば、いくら鈍くても分かるよ」

「いや、お前は別に鈍感キャラじゃねえだろ」


 四六時中一緒にいる二人ですから、優は陽のその想いに十分な心当たりがありました。


 頷き合い、優と陽はある一人の女生徒をそれとなく視界に入れます。


「っどーーーーんっ! おはようございますっ、エル先輩!!」

「ひゃあっ!? ……あ、ゆ、ユカリおはよう……ねえ、お願いだから、挨拶代わりに私の胸を揉むのはやめて……ここ教室だし……」


 元気溌剌なかわいらしい女子と歓談する、エルと呼ばれた女生徒。

 ゆるくウェーブのかかった煌めく金髪に黒目、どことなく西洋風の顔立ちの彼女は、ドイツ人とのハーフです。優し気な垂れ目、縁という生徒の挙動に不満そうに曲がる眉、そして二つの豊かな実り。日本古来の美しさをしっかりと引き継ぎながらも、どこか異国の趣きを思わせる不思議な雰囲気の、かわいい少女。今年度より、東京の学校からこちらに転校してきた美少女です。

 

「教室じゃなかったらいいんですか?」

「そういうわけじゃないけど……」

「ですよね! どのみちダメなら今のうちに揉んでおくが吉です! うりゃっ」

「思考回路が犯罪者と紙一重だよ!? あ、や……手つきがいやらしい……」


 下級生に胸を揉みしだかれている彼女の名は、源エーデルワイス。長いからエルって呼んでほしい、とは他ならぬ本人の言でした。

 

「…………」

「どうしたんだよヨウ。いいのか、いつもみたいに『おいおい待ちやがれ、なんだあのエロゲみたいな光景はよぉ!! ここは天国かぁ!?』って叫ばなくて」

「お前の中のオレはそこまでつまらない人間なのか」

「え、だってお前、自分がお笑い芸人より面白いと思ってるタイプだろ? ほら、いつもの超絶おもろツッコミを聞かせてくれよ」

「人をかわいそうな勘違い野郎みたいに言うのはよせ!」

「そろそろ来るか? 鉄板の”アレ”が」

「やれば馬鹿ウケ間違いなしの持ちネタなぞないわ」

「ははっ」

「乾いた笑いもよせ。……とにかく、あの源さんだ」


 陽がエーデルワイスに好意を寄せていることは、優にもなんとなく分かっていましたから、告白宣言にそれほど驚きはありませんでした。


「そこでお前を頼りたい。モテるを通り越して、もはやあいつは《魅了チャーム》の魔法を使うインキュバスなんじゃないかとまことしやかに囁かれている、我が親友をだ」

「初めて聞いたよ。なんだそれ」

「頼むぜインキュバス」

「誰が淫魔だよ。……と言ってもね。告白された回数なら今まで食べたパンの枚数より多いだろうけど、告白したことは……」

「三途の川を泳ぎてぇなら素直に言うこったな」

「そういうわけだから、僕に恋愛相談は無理だよ」

「聞けよせめて僻みくらい言わせろ。……ま、最初からそれは分かってたさ。光れば女が集まってくる誘蛾灯たるお前に、まともな恋愛指南なんぞはハナから求めてねえ」


 へえ、と意外そうに微笑を浮かべるのは優です。話が思わぬ方向に進んでいる――自分という特級の存在をどう扱うのか、その予想を常に裏切り、自分の期待に応えてくれる陽という男を、優は嫌いではなかったのです。


「まず告白するにしたって、順序ってもんがある。ここ1か月、恋愛素人なりにあがいてはみたものの、今のところは知り合い以上友人未満、単なるクラスメイトだ。よっておれは速やかに源さんと良質な関係を構築する必要がある」

「良質な関係を構築する必要があるのか」

「そこでお前に頼みたいのは情報収集だ。ただのクラスメイトじゃ知りえないような、源さんに関する周辺情報を聞きだしてほしい」

「どうやって?」

「あの『更科優』に話かけられて断る女なんかいねぇ。お前なら、初対面の相手からスリーサイズだって聞き出せるだろ」

「むしろ向こうから教えてくれることが多いよ。アピールポイントだと思ってるのかな?」

「……やっぱこいつはここで殺っておくべきか?」


 でも分かったよ、と優は承諾します。要するに優の特性を生かして聞き込み調査をしてほしい、ということです。


「例えばだが、源さんは水泳部だろ」

「ああ。彼女のスク水姿の盗撮写真がよく学校の裏掲示板に出回ってるよね。見かけるたびに通報してるけど」

「頻繁にサイトが落ちるのはお前のせいか……」


 水分高校は自由な校風が売りでした。


「そんな部活一つとっても、オレは部活中の彼女の顔を知らん。得意教科や交友関係、趣味嗜好、休日の過ごし方なんてのも何一つ分からねぇ」


 ヨウはこの1ヵ月間なにをしていたんだろう――優は思わずそう口にしそうになったのを、寸でのところで我慢しました。とても偉い子なのです。 


「そこを部員に聞いたりして情報を集めると。なるほど、そういう細かい情報が知りたいんだな」

「ああ――ときには取るに足らないような知識が、盤面を狂わせることがある。おれはそこに賭けているのさ」

「カッコよく言ってるけどさ、ヨウ――それじゃまるでストーカーみたいだぞ」


 いったいどの口が言っているのでしょうか。


「Do my best――何事にも全力を尽くす破天荒がオレの生き様だ。恋愛の麒麟児と呼んでほしいね」

「『イキッた若者』で検索したらお前の顔が出てきそうだな」


 そもそも恋愛素人って言ってたよね、と付け加える優。陽はいよいよエーデルワイスとの関係が始まると思って、少し舞い上がっていたのです。


「それで、頼めるか? もちろん無償労働のつもりはねえぜ、親しき仲にも礼儀ありだ。それなりの礼はさせて――」

「いや、いいよ。それぐらい引き受けるさ」


 優はとてもとても優しいので、親友のたっての頼みを無下にはしないのです。彼に「優」の名を与えた両親は慧眼の持ち主と言えるでしょう。


「……マジか? お前がそこまで素直だと、寒気がするんだが……」

「いつ僕はツンデレキャラになったんだよ。……つまり、女の子とお話すればいいんだろ? それは僕の日常だよ。そして、日常を過ごすことに対して報酬を貰うなんておかしな話だ」

「……恩と仇を同時に売りつけるな……おれはいったいどうりゃいいんだ……!」


 混沌たる心持ちの陽を他所に、優は先程縁と呼ばれた友人と話をしているエーデルワイスへと目を向けます。

 ちなみに縁とは、狭衣さごろもゆかり。この高校における、エーデルワイスの最初にして一番の友人でした。


「エールエルエルエル先輩! 見てください! このサイコパス診断ってやつやったらサイコパス度100でした! もしかしてユカリはサイコパスなんでしょうか!!」

「あはは……」

「その苦笑いはなんでしょう……? 先輩もやってみてくださいよ!」

「えっと……私、その手のは苦手で……」

「ユカリが手伝いますから! ほらほら!」

「えぇ~……」


 これ以上もたもたしてると話しかける機を逸するな、と優は思いました。


「それじゃ、さっそく行ってみるか」

「は? おい優まさか――!」

「本人に聞いてみるのが一番手っ取り早いだろ?」


 激しく動揺する親友を置き去りにした優は、歓談する少女二人の前までやってきました。


「源さん、ちょっといいかな?」

「はい、なん…………」


 振り向いたエーデルワイスは、その相手が優だと分かるとピシリと固まってしまいました。

 思わぬタイミングで優に話かけられたのです、無理もないでしょう。


「源さんと少し話がしたいんだ。今大丈夫かな」

「えっと……うん。いいけど、どうしたの、急に……?」


 不思議そうにするエーデルワイスを連れて、優は廊下に出ていきます。どうやらエーデルワイスから趣味などを聞きだすという目的は達成できそうです。

 優が教室を出る際に振り返ってみると、遠くの席で無二の友人がサムズアップしているのが目につきました。優はそれに視線で応じます。二人は確かに親友なのでした。

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