第2話 美少女JKをストーカーしている。
さあ、ここに一人の男が、美少女JKをストーカーしていました。
他者紹介をしましょう。現在この通学路には三人の高校生がおりました。
「――だからね、wikipediaによると『つつじ
「いろいろ言いたいことがあるけど、まずは引用元をどうにかしなさい」
大通りを闊歩する花の女子校生が二人。
「…………」
少し離れた物陰に、男子高校生が一人。
それで三人です。
「ああそう、ツツジ。さっき田中くんに呼び出されたわよ。告白でしょ」
「もちろん気づいてるわ! でも、イケメンなら直々に断りに行ってやる気にもなるけど、私はそこらへんの
「田中くん」
二人ともそれはそれは美しい少女でした。並んで歩けば誰もが振り返る二人組です。
二人のうち、先ほどから元気に笑っている、少しやかましい方の少女に、最近は用があるのです。
――
2007年3月18日生まれ、
しっぽのようなワンサイドアップを、躑躅の花を模した髪留めでまとめた、腰まである長い綺麗な黒髪に、大きなおめめ、朱色の潤った唇――人々を魅了してやまない容貌の彼女は、満場一致の美少女JKでした。
美人の例えとして、立てば
――……あ、来たぞ。今日も二人か。
そしてもう一人の役者が、そんな絶世の美少女に引き寄せられるように、上手い具合に彼女らの死角から躑躅を見守っている男子生徒です。
彼の名前は、
☽
平日の放課後、いつものように
とはいえ優も高校生です。彼にも彼の生活があります。彼の通う高校から躑躅の高校までは、徒歩でニ十分ほどかかる距離がありました。だから優は帰りのホームルームの終了と同時に学校を辞して、韋駄天走りで躑躅の高校へ向かいます。そうして校門前で乱れた呼吸を整えながら、彼女を出待ちするのです。これを毎日続けるのは多分に気力を要するでしょうに、なんと優は弱音一つ吐かず、一意専心、これと決めた相手をストーキングしていたのです。なんと健気。なんと一途。何事にも一生懸命なのは、優の美徳でした。
――よしよし、今日も間に合ったぞ。
校門から二人の女子高生が出てくるのを見て、優は安堵しました。
息を切らしながらも、優はその目にしかと躑躅の姿を収めます。
――《
その状態で優は、魔術を発動しました。視界に入れた者の魔力を条件付きで引き寄せる魔眼です。が……
――やっぱりまだ効果なしか。
何も起きなかったので、すぐに魔眼を閉じ、肉眼で躑躅が見えるように戻しました。
――あ、顔隠さなきゃな。
そうして顔を見られるのを防ぐためマスクをして、今日もはらはらどきどきのストーキングの始まりです。全力疾走後すぐにマスクというのは息苦しいでしょうが、仕方がありません。目的のためなら手段を選んではいられません。優はそういう人です。とても頑張り屋なのです。
「バスケ部の男子たちが、今度の試合見に来てほしいって言ってたわ」
「うーん」
ストーキングの基本は当然ですが「バレないこと」です。視線、足音、気配――人間が生きている以上は当たり前に発するその情報を、限界まで少なくするのが上手なストーキングのコツです。しかしだからといって、気負い過ぎてもいけません。相手にばれないよう、悟られないようにと慎重になってしまうと、それは却って
「今さら高校生のバスケなんて見ても、興味湧かないんだわ?」
「ツツジが来て適当にはしゃいどけば皆喜ぶのよ」
「私がかわいいから!」
「そうね」
「でも行かないわ!」
「でしょうね」
――対象を絶対に視界から外さないように……でも目線は合わないように……自然に……。
その基本を優は忠実に守っていました。優はとてもいい子なので、言われたことはしっかりと守るのです。
元々学校では文武両道――成績優秀で、運動神経にも優れている名前負けしない子です。ストーキングの教本を十冊ほど読み込み、その通りに実行するだけの能力を優は持っていました。優のストーキングはほとんど完璧だったのです。
「…………っ」
「……躑躅? どうしたの、急に立ち止まって」
……――だからこれは、相手が悪かったのでしょう。
「……ううん、なんでもないわ。私ってやっぱりかわいすぎる! ということを心の中で何度も唱えて再確認していたのよ!」
「すごく今更だけど、自分で自分のこと可愛いって言うの、やめたほうがいいわよ」
「でも事実だわ。開き直って自信満々な美少女、一周回ってとっても愛らしく映ると思うんだわ!!」
「……池に顔突っ込んで窒息死したらいいのに」
友人に軽い毒を吐かれた躑躅は、ふいに視線を背後へと飛ばします。
「…………」
――その一瞬、優と躑躅の目が合った気がしました。
(……っ!?)
そんな素振りはなかったのに、どうして――突然のことで面食らった優ですが、なんとか物陰に隠れることには成功しました。この判断力一つとっても、やはり優に落ち度がなかったことは明らかでしょう。
「……ふふっ」
しかし前を向いた躑躅の口角は僅かに上がっていました。どこまでも澄み渡る黒の瞳はある一つの確信を抱いていました。
……――躑躅は度を超した美少女なのです。
つまるところ、ストーカー慣れしている。
――バレてはない、よな……?
あえて優に落ち度を求めるとしたら、相手がストーカー行為に慣れているという可能性を考えなかったことでしょう。ですがそんなものは結果論、予め想定しておけというのは酷な話です。
……だからおそらく、優がどういう過程を辿っても。例えこの世界を何度やり直したとしても。結果は変わらず、この失敗は揺るぎないだったのでしょう。優にはすこしばかり、可哀想な話ではありますが。
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