第2話 美少女JKをストーカーしている。 

 さあ、ここに一人の男が、美少女JKをストーカーしていました。


 他者紹介をしましょう。現在この通学路には三人の高校生がおりました。


「――だからね、wikipediaによると『つつじばな』は『にほえをとめ』、つまりは私みたいに美しい少女を導く枕詞まくらことばとして使われていたのよ! 一般的に美的価値観って時代によって変化するものだし、特に平安時代は大福みたいな顔の女がモテてたらしいけど、このことは私の美貌が時代さえ超越して古代の宮廷歌人にも通じることの証明になるんだわ!」

「いろいろ言いたいことがあるけど、まずは引用元をどうにかしなさい」

 

 大通りを闊歩する花の女子校生が二人。


「…………」


 少し離れた物陰に、男子高校生が一人。


 それで三人です。

 

「ああそう、ツツジ。さっき田中くんに呼び出されたわよ。告白でしょ」

「もちろん気づいてるわ! でも、イケメンなら直々に断りに行ってやる気にもなるけど、私はそこらへんの民草たみくさという名の雑草のためにわざわざ放課後の貴重な時間を割くほど暇人じゃないわ。ごめんなさい、山田くん」

「田中くん」


 二人ともそれはそれは美しい少女でした。並んで歩けば誰もが振り返る二人組です。

 二人のうち、先ほどから元気に笑っている、少しやかましい方の少女に、最近は用があるのです。


 ――十六夜いざよい躑躅つつじ


 2007年3月18日生まれ、牡羊おひつじ座、高校二年生の十六歳。

 しっぽのようなワンサイドアップを、躑躅の花を模した髪留めでまとめた、腰まである長い綺麗な黒髪に、大きなおめめ、朱色の潤った唇――人々を魅了してやまない容貌の彼女は、満場一致の美少女JKでした。


 美人の例えとして、立てば芍薬しゃくやく、座れば牡丹ぼたん……などという言葉があります。しかし彼女に言わせれば、「立っていようが座っていようが私は躑躅だわ?」――つまり彼女は彼女ツツジであるだけで美しく、わざわざ他の花で例える必要もない。それほどの容姿を持って生まれた人間ということでした。彼女の言うことはよく分かりません。


 ――……あ、来たぞ。今日も二人か。


 そしてもう一人の役者が、そんな絶世の美少女に引き寄せられるように、上手い具合に彼女らの死角から躑躅を見守っている男子生徒です。


 彼の名前は、更科さらしなすぐる。躑躅の専属ストーカーでした。



   ☽



 平日の放課後、いつものようにすぐる躑躅つつじをストーカーしていました。


 とはいえ優も高校生です。彼にも彼の生活があります。彼の通う高校から躑躅の高校までは、徒歩でニ十分ほどかかる距離がありました。だから優は帰りのホームルームの終了と同時に学校を辞して、韋駄天走りで躑躅の高校へ向かいます。そうして校門前で乱れた呼吸を整えながら、彼女を出待ちするのです。これを毎日続けるのは多分に気力を要するでしょうに、なんと優は弱音一つ吐かず、一意専心、これと決めた相手をストーキングしていたのです。なんと健気。なんと一途。何事にも一生懸命なのは、優の美徳でした。


 ――よしよし、今日も間に合ったぞ。


 校門から二人の女子高生が出てくるのを見て、優は安堵しました。

 息を切らしながらも、優はその目にしかと躑躅の姿を収めます。


 ――《片恋目かたこいのめ》――


 その状態で優は、魔術を発動しました。視界に入れた者の魔力を条件付きで引き寄せる魔眼です。が……


 ――やっぱりまだ効果なしか。


 何も起きなかったので、すぐに魔眼を閉じ、肉眼で躑躅が見えるように戻しました。

 

 ――あ、顔隠さなきゃな。


 そうして顔を見られるのを防ぐためマスクをして、今日もはらはらどきどきのストーキングの始まりです。全力疾走後すぐにマスクというのは息苦しいでしょうが、仕方がありません。目的のためなら手段を選んではいられません。優はそういう人です。とても頑張り屋なのです。


「バスケ部の男子たちが、今度の試合見に来てほしいって言ってたわ」

「うーん」


 ストーキングの基本は当然ですが「バレないこと」です。視線、足音、気配――人間が生きている以上は当たり前に発するその情報を、限界まで少なくするのが上手なストーキングのコツです。しかしだからといって、気負い過ぎてもいけません。相手にばれないよう、悟られないようにと慎重になってしまうと、それは却ってなのです。不自然な人物は目立ちます。矛盾しているようですが、目立たなくしようと無理をすると、目立つのです。だから華麗なストーキングというものは、常に自然体で。近所のコンビニにでも出かけるような心持ちで、行わなければなりません。


「今さら高校生のバスケなんて見ても、興味湧かないんだわ?」

「ツツジが来て適当にはしゃいどけば皆喜ぶのよ」

「私がかわいいから!」

「そうね」

「でも行かないわ!」

「でしょうね」


 ――対象を絶対に視界から外さないように……でも目線は合わないように……自然に……。


 その基本を優は忠実に守っていました。優はとてもいい子なので、言われたことはしっかりと守るのです。

 元々学校では文武両道――成績優秀で、運動神経にも優れている名前負けしない子です。ストーキングの教本を十冊ほど読み込み、その通りに実行するだけの能力を優は持っていました。優のストーキングはほとんど完璧だったのです。


「…………っ」

「……躑躅? どうしたの、急に立ち止まって」


 ……――だからこれは、相手が悪かったのでしょう。


「……ううん、なんでもないわ。私ってやっぱりかわいすぎる! ということを心の中で何度も唱えて再確認していたのよ!」

「すごく今更だけど、自分で自分のこと可愛いって言うの、やめたほうがいいわよ」

「でも事実だわ。開き直って自信満々な美少女、一周回ってとっても愛らしく映ると思うんだわ!!」

「……池に顔突っ込んで窒息死したらいいのに」


 友人に軽い毒を吐かれた躑躅は、ふいに視線を背後へと飛ばします。


「…………」


 ――その一瞬、優と躑躅の目が合った気がしました。


(……っ!?)


 そんな素振りはなかったのに、どうして――突然のことで面食らった優ですが、なんとか物陰に隠れることには成功しました。この判断力一つとっても、やはり優に落ち度がなかったことは明らかでしょう。


「……ふふっ」


 しかし前を向いた躑躅の口角は僅かに上がっていました。どこまでも澄み渡る黒の瞳はある一つの確信を抱いていました。


 ……――躑躅は度を超した美少女なのです。きょうの賀茂川の水に産湯うぶゆを使った傾国の佳人なのです。――ですからきっと彼女は、幼い頃より注目の的で。――人の視線に敏感で、自分を求める者の気配に気づきやすい。


 つまるところ、ストーカー慣れしている。


 ――バレてはない、よな……?


 あえて優に落ち度を求めるとしたら、相手がストーカー行為に慣れているという可能性を考えなかったことでしょう。ですがそんなものは結果論、予め想定しておけというのは酷な話です。

 ……だからおそらく、優がどういう過程を辿っても。例えこの世界を何度やり直したとしても。結果は変わらず、この失敗は揺るぎないだったのでしょう。優にはすこしばかり、可哀想な話ではありますが。

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