第二章「ダオロスの光」2

 次の日。

 授業が終わり、優斗はバスに乗って街の中心部に行っていた。中心と言っても街自体が小さいわけで、商業施設が多少整っている、という程度の中心部だ。

 情報が途切れているのだから、あとは足を使うしかない。しかし、警察だってそうではないだろうか。あちらの方が確実に数は多いだろうし、何かしらの通信履歴なども持っているかもしれない。だからほとんどの意味のない行為だ、と優斗はわかっていた。

 彼女の友人達や親はともかく、自分自身は切羽詰まっているわけではない。自分に危険が迫っているわけでもない。

 どこか気が抜けた活動だ。

 しかし、自分のためでもないのに真面目にやる、というのが『正義の味方』ではないだろうか。おそらく一ノ瀬が嘲りとして言った『正義の味方』という言葉が心の中で刺さっていた。自覚をしていたわけではなかったが、言われてみれば、自分は対価も要求していないし、他の人にとって『正義の味方』なのだろう。それを一ノ瀬に言われてもなお、悪い気はしなかったのが不思議だった。対価を求める情報屋としての一ノ瀬の方が合理的ではあると思うが、そうはなれないだろうという気持ちもあった。

 芹菜からメールが来ている。

 芹菜は『うろうろ』せず、女子生徒のネットワークを辿ってどこか行きそうな、あるいは隠れていそうな場所の見当をつけているらしい。優斗ではそのネットワークの輪に入っていくことはできないだろう。

 ただ歩いているだけの自分よりは分が良さそうだった。

 しかし、この街を大きく出てしまっていては優斗や芹菜では手を出しようもない。

 たとえば、誰に無理矢理連れ去られてしまった場合。

 だから二人は『自主的に』彼女がいなくなった場合だけしか考えられない。

 街が薄暗くなり始めていた。

 手がかりになりそうなものも芹菜から得られていない。

 いったんはどこかで休もうかと思った。歩いているだけでもそれなりに疲れる。疲れの自覚は一ノ瀬に出会ってからずっとあった。あのとき、何かを植え付けられてしまったかのように、身体の動作の一つ一つに違和感があった。

 たまたま見かけたファーストフード店の前で足を止める。腹ごしらえでもしていくか、と思ったとき、ガラス越しに手を上げる姿を見つけた。

 わかった、の合図を首を縦に振ることでして、優斗も店内に入る。

「やあ」

 テーブル席の賀茂の正面に座る。

「収穫なしって顔をしているね」

 開口一番賀茂が言う。

「そっちの方は」

「あんまりってところだね」

 賀茂はドーナッツを持っていない右手を軽く上げた。

「手がかりは掴めたのかな?」

「いや、全然、っていうか、賀茂さんは、僕が何をしているのか知っている?」

 手がかり、と言われてようやく優斗は気がついた。図書館で倒れているところを起こされただけで、それ以外は何も言っていないはずだった。

「まあ、一日街を歩けばなんとなく情報が集まってくる、ってところかな。いなくなった女の子を探しているんだろう?」

「なんなんだあんた」

 何をしていたらこちら側の出来事までわかってくるのだろうか、一ノ瀬のようなタイプかもしれない。

「奇しくも二人とも人捜しってわけだ」

「そうか、あんたの方が街のことは詳しいみたいだ」

「これも年の功だね、まあ、自画自賛と言っても、君のような中学生よりはやりようはいくらでもあるからね」

「それなら……」

「いいよ、協力してあげよう」

「本当か?」

 すべてを言い終わる前に、あっさりと賀茂は了承してくれた。

「僕の作業の合間なら、だけど、まあ、難しくはない。ただ交換条件だけど、彼女が見つかったあとも僕の方を手伝ってもらいたいな」

 それは、優斗側の人捜しが先に終わることを示唆している。それくらいの自信がある、ということだ。

「わかった」

「よし、じゃあ、捕まえにいこうか」

「え?」

「その女子生徒だよ」

「捕まえるって、場所は」

「それはそんなに時間はかからないよ。このドーナッツを食べ終わったら早速取りかかろう」

「そんなにはやく?」

「うん、まあ、今日中にはなんとかなるんじゃないかな」

 賀茂がテーブルに残されたオールドファッションに目をやり、そして優斗を見た。

「食べていいよ。さすがに夕食までには間に合わないだろうから、食事代わりに食べておいた方がいい」

「ありがと」

 もさもさとドーナッツを口に放り込む。賀茂はコーヒーをゆっくりと飲んでいた。

「ドーナッツを最後まで飲み込むまでこちらが一方的な話をしよう」

 賀茂が切り出す。

「昔々、丘の頂上に一軒の家があって、そこに男の人が住んでいました。その男の人は、毎朝目が覚めると、テーブルにあるオルゴールのネジを回す。でも、オルゴールは鳴らない。実はオルゴールは随分前に壊れてしまっていて、直らないのは男の人も知っているんだ。それでも、彼は毎朝必ず一定のリズムで、ネジを一杯まで回す」

 ドーナッツではなく賀茂の言葉を飲み込むのに時間がかかる。何かの寓話だろうか。

「あるとき、彼の知り合いがやってきて、彼に聞く。『どうして壊れたオルゴールなんて回しているんだ。それとも俺が直してやろうか』って。でも、彼は、質問にはきちんと答えない。一言、『回すしかない』としか言わない。知り合いも呆れてしまって、もう放っておくことにする」

「何の話?」

 いよいよ物語めいてきて、思わず優斗は口を挟んでしまう。

「いいからいいから。彼が何を望んでいたのか、一切明らかにならない。わかるのは、彼はオルゴールが鳴らないことを知っていて、それでもネジは巻き続けなければいけないと思っている、ということ。彼は、オルゴールとは関係なく、最後には病気にかかって死んでしまう。それで、この物語は終わり」

「結局何が言いたい?」

「何も。ただのリドルストーリー」

「リドル?」

「物語の謎が解決されないまま終わるものを、リドルストーリーって言うんだ」

「ふうん。それで?」

「だから何も、なんだよ」

「それを僕に言ったことには意味があるんじゃないのか? あんたの意思の話だ」

「そうだね、それは、あるかもしれない。近い将来の話だ」

 賀茂が口元を緩めて、さらに続ける。

「優斗君、君はどう思う? どうして彼は壊れたオルゴールを回し続けているんだと思う?」

「ただ、頭がおかしくなっただけじゃないの?」

「そうだね、それが筋が通っているといえば通っている。何事も狂気にしてしまえばいい。それは、とても安心できる回答だ。ただ、狂気と正気は紙一重だよ、僕が言うまでもなくね。それじゃあ、男が壊れたオルゴールを直さない理由はなんだと思う? 狂気以外で考えてほしい」

 優斗が逡巡し、最初に思いついた回答を言う。

「万が一、それ以上壊れたら困るから」

 今もう壊れているのは明らかなのに、それ以上壊れるのを恐れている男が浮かんだ。

 その回答に、賀茂は大きく頷いた。

「そう、そういう捉え方もあるよね」

「それで」

「それだけ、さ、僕もコーヒーを飲んだし行こうか」

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