第二章「ダオロスの光」
第二章「ダオロスの光」1
また一人いなくなった。
それを知ったのは最初に相談をしてきた女子生徒からだった。何かの関連することがあるのではないかと芹菜経由でメールが来たのだった。ただ、その行方不明になった女子生徒とは直接の面識はないとのことだった。添付されていた画像を開く。
穏やかそうに、ではなく、不思議な、感情のない作り物のような笑みを浮かべている女子生徒だった。
知っている顔だった。
ちらりと見ただけだが、一ノ瀬と対峙していたときに現れた女子だった。結果的に何かがそこで起こり、優斗は彼女に助けられたのだと思っている。
確か、一ノ瀬は『月村の妹』と言っていた。
メールの本文を読んでいて、それが『月村
他校の中学校の生徒だったから、優斗は馴染みがない。
ただこちらは最初にいなくなった女子生徒とは少し事情が異なっているようだった。
彼女が学校を休むことは珍しくない。病気がちで前からちょくちょく休んでいるようなのだ。優斗には作り笑いに見えたが、性格は物静かだかコミュニケーションを取らないというわけでもなく、どちらかといえば整っている顔に男女ともに人気があるらしい。休んでいるにしては勉強ができるらしい。
その彼女が三日間も休んでいるという。
それも今回が初ではないようなので、彼女はあまり学校にも心配されていないようだった。情報を教えてくれた女子生徒も、一応こんな人がいる、という程度の気持ちだったのだろう。
優斗もそれだけなら重要視はしていなかった。しかし、現にあの一ノ瀬の図書館で優斗の目の前に現れたという事実が、この大きな流れの中で何かの役割を果たしている気がしたので頭に入れておくことにした。
放課後になり、教室に芹菜と二人きりになった。
一つの机の上に背中合わせて乗っている。お互いの体温が伝わる。
「どう?」
芹菜に聞かれた優斗は素直に返す。
「これといった進展はないね」
一ノ瀬の話はしない。こちらからはまだ何も情報を得ていないからだし、自分のプライドが少し邪魔をした。一ノ瀬の話をしていない以上、月村に会った話もしなかった。もちろんそれに繋がる賀茂の話もしない。
「そっちは?」
優斗が背中を芹菜に少し寄りかからせる。
「少し、役に立つかわからないけど。二つ、最近の彼女についてわかったことがあるわ」
「小さなことでも今は歓迎だよ」
自分は開示しないくせに、という自嘲を優斗は飲み込んだ。
「彼女、最近彼氏ができたんだって」
「そうなの」
「彼女がずっと片思いをしていて、でも彼の方から告白されたみたい。だから、何か嫌になっていなくなった可能性は少ないんじゃないかな、というのが私の予想なんだけど」
「そうかもしれないね」
その辺の機微はわからないが、確かにそう言われればそうかもしれない。
「その彼氏も心配して、色々探しているみたい」
「なるほど」
「それでもう一つなんだけど」
「彼女は犬を飼っていて、その犬が最近交通事故で亡くなったらしいの。散歩に出たときにトラックが出てきて」
「ふうん、こっちはマイナスの話だ」
「かなりかわいがっていたみたいで、そのときは焦燥しきっていて周りも心配していたみたい」
「その二つの間隔ってどれくらいなの?」
「やっぱり優斗もそこが気になるよね」
「うん、なんかね、引っかかる気分だ」
芹菜が机から降りて、優斗に向き直す。
「次の日だって、告白されたの」
「そう」
なんというか、不思議と予感が的中してしまった。
「優斗、でも、別にって感じだよね」
「そうだよね」
自分から告白したわけでもない。もしかしたら告白した男子生徒が彼女の犬のことを知っていて、何か思うところがあったのかもしれないが、それでも彼女が関係しているわけではないはずだ。
「優斗は、気になる?」
誰もいない教室で、小さな声で芹菜が聞く。
何かを確認しているような違和感があった。
「いや、うん、どうだろう。確かに、彼女がどんな気持ちで告白を受けたかというのは心情的に気になるけど、今回の件に関係しているとは思えないな」
心を揺るがす出来事がほぼ同時に起こって、それで彼女に何が起こったのかなんてわかりようもない。
「うん」
芹菜が返した。
「優斗、あのね」
「うん?」
「彼女はプラスだったと思う? マイナスだったと思う?」
「何が?」
「彼女の大切な犬が死んで、大好きな人から告白されて、彼女はプラスだったのかな、マイナスだったのかなって」
「それは……。わからない」
ベクトルの違う話だ。大きさだけではかれるわけがない。優斗は直感的にそう思ったが、芹菜の聞き方に妙なざわつきを感じた。
「芹菜は、どう思うの?」
横にいた芹菜が優斗の正面に立ち、胴に手を回して身体を密着させる。
芹菜は優斗の頬に自分の頬をくっつけて、口が優斗の耳に触れるほど近づく。芹菜のメガネのツルが優斗の顔につく。
「プラスだったいいのにね、って思うよ。もしこの世界に神様がいるのなら、それくらいはしてほしい」
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