第二章「ダオロスの光」3

「まず、一つ約束してほしい」

「うん」

 店を出た二人は、近くのデパートの屋上にいた。

 賀茂に促されて街を見下ろせる場所に移動したのだ。その間も特に理由を教えてくれなかった。

「僕がその女子生徒を見つける。だけど、『どのように』見つけたかの質問は受け付けない。君は結果だけを受け取る。いいね」

「それは、何か怪しいことをするっていうこと?」

「怪しい? まあ、そうだね、君にとってはそうかもしれない」

 非合法な何かだろうか。

「わかった」

「よし、そうと決まれば。じゃあ、まず、君は今上がってきたドアまで行く。そうしたら、目をつぶる。僕がいいと言ったら目を開ける。以上」

「何をするつもり?」

「その質問は受け付けない、だよ。わかったのなら、僕の言う通りにしてね。特に目をつぶることは確実にやってほしい。これは僕のためではなく、君のための行為だ。別に何をしているか見せたくない、って単純な話ではないことを理解して従ってほしい。もちろん、見せたくもないけどね」

 条件を呑んでしまった以上、優斗は言い返すことができなかった。後ずさる形になりながら、屋上と建物に繋がるドアまで歩く。賀茂は優斗をじっと見ているようだった。こちらが目を閉じるのを待っているのだろう。この距離では目を閉じる動作を視認できるとは思えなかったが、指示は指示なので大人しく従うことにした。

 目を閉じて十秒ほど経っただろうか。

 チカ、チカ、チカ、と暗闇でまぶたの向こう側が光った気がした。

 大きな光がどこかで点滅しているのを感じる。

 無音の雷が光っているようだった。

 目を開けたままならかなり眩しいはずだ。

 それが三十秒ほど続いた。

 また光がなくなる。

「はい、じゃあ終わり。いいよ開けて」

 優斗が突然肩を叩かれた。

 目の前に賀茂が立っていた。全く気配がしなかった。歩いている音もしなかった。

「いつの間に」

「まあまあ、気配が薄いのが取り柄だからね」

 意味不明な、自慢のような、自嘲のようなことを賀茂が言う。

「終わったのか?」

「うん、まあ、大体の『方角』はわかった。いくつか反射があったから、それを潰していこう。近場からがいいね。そのうちその彼女に会えるだろう。近くに行けば僕が直接見つけるから」

 反射、と賀茂が言う。

「光が、強いのが光って」

「うん? やっぱり君には見えていたんだね、ここ数日のせいかな。あるいは僕といたからかな。とにかくやっぱり目をつぶっていてくれてよかったよ」

「何を」

 したんだ、と言う質問に賀茂が答える。

「何って? そうだな、強いて言えば『サーチライト』かな、『ダオロスの光』だ」

「意味がわからない」

「わかる必要はないよ。僕は反射を見ていただけ。それに」

 続ける言葉に優斗が返す。

「『どのように』見つけたかは聞かない」

 しかし、優斗は賀茂に何の情報も与えていない。一人の女子生徒が行方不明になった、というだけで、名前はもちろん、写真すらも見せていない。比較的街では高い方の建物だと言っても、全部が見渡せるわけではないし、たとえそうだとしても、望遠鏡があるわけでもない。

『そういうこと』ではない、という異常性について、優斗も気がつき始めてきた。賀茂が全くのでたらめなことを言っている可能性はあるが、そんなことをして何になるのだろうか。それに他に情報もない状況では空振りでもないよりはマシだ。

「そういうこと。しかしここはすごい淀みだね」

「淀み?」

「街全体がね、酷いもんだよ」

「だから、あんたはなんなんだ」

「何だろうね、自分が何者かっていうのは難しい問題だよね」

 出会ったときと同じようにはぐらかす。

「うーん、『空気が悪い』とか『雰囲気が悪い』とか、そういうものの類いだよ。おそらく、ここ数週間のものだろうね」

「それ」

「ん?」

「そのサーチライトとかいうの、あんたが探している人間は探せないのか」

「うん? 人間?」

 どうやら、賀茂は優斗が『人間』といったところに反応しているようだった。

「まあ、そうだね、そういうのから身を隠すのは長けているみたいだからね、こういうのではわからない。地道に足跡を辿るしかないのさ」

「そうか」

「それじゃあ行こうか。日が変わる前に決着をつけよう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る