第26話 転送洞窟
目の前に現れた、おどろおどろしい地底への入口。
ついさっきまで湖底だったせいで、藻や木の枝などが絡んで洞窟の上から垂れ下がっている。
内部は真の暗闇だ。
コオオ、という風の音がアイリスの心を寒くした。
夜の城もそうだが、アイリスは暗いところが苦手だった。
「……やっぱ、行くよねっ」
「はあ? 何言ってんの今更。当然でしょ」
情けない恐怖心を我が子に悟られまいとして、ついヘラヘラしながら言ってしまった母親に、キッパリと冷たく言い放つ十歳の息子。
レオは、さっきからずっとイライラしている。
「へいへい……わかってますよ」
観念して言ったアイリスの手を、リュカが握る。
アイコンタクトだけで、自分のことを思いやるリュカの気持ちがわかった。
リュカがいつまでも変わらずこうしてアイリスのことを思いやってくれるから、アイリスはいつも温かい気持ちになれた。
──やばいやばい。
こんなところで
横を見ると、エリナとラウルも手を繋いでいた。
さっきまで繋いでいなかったから、どうやらアイリスとリュカに触発されたらしい。
「あーもうっ、どうしてゾンビたちって、こんなにイチャイチャするんだろうね!」
とうとうあからさまにアンデッド・カップルたちへと八つ当たりし始めたレオ。
「何を怒ってるの?」
「怒ってない! 誰が怒ってるって言ったのさ」
「ねえ、レオさぁ、もしかして、彼女欲しいの?」
「欲しくない」
「欲しいんでしょ?」
「欲しくないっ!」
「強がっちゃって」
「僕は、女の子に気持ちを持っていかれたりしないから! だから何度も言ってるだろ、今まで何度もっ!」
「はーい」
プイッと顔をそらすレオ。
強がっちゃってまあ。
でも、これ以上いじめちゃうと、もう口を聞いてくれなくなっちゃうかもしれない。
というか、ちょっとレオが可哀想になってしまったので、アイリスはエリナに手を繋いでもらって怖さを紛らわすことにした。
一六歳の少女に手を繋いでもらう二五歳の女というのもこれはこれで情けないと思ったが、怖いものは仕方がない。
「えーと。どうします? 僕らも手を繋ぎますか……?」
「そんなわけないだろ」
意味不明なことを言い放つラウルと、冷たくあしらうリュカ。
レオの光の魔法「ルクス」で洞窟内を照らして進む。
リュカは周りを警戒する。
「ねえ、レオ。明かりと同時に『
「今やろうとしたところだよ!」
プンスカ怒るレオ。
詠唱したレオの足元に赤く光る魔法陣が現れたが、今度は力を押さえ気味にしたようで、光の波動が見えることはなかった。
「……二〇メートルくらい先に、魔法によって作られた何かがある。そこまでは何もないよ。近付いたらまた教える」
「OK」
レオのルクスで照らされた洞穴を進む。
おかげでそこそこ明るめになってはいるが、圧迫感のある場所もアイリスは苦手だ。
エリナの手を握るアイリスの手にギュッと力が入る。
「大丈夫ですよ。私がついてます」
「あ、ありがと」
「あ、あの、リュカさん、やっぱり僕も──」
「絶対に嫌だ」
ラウルもどうやら暗いところが怖いらしい。
エリナを元気づけていたのではなく、ラウルが
リュカは、男にはとことん厳しい。
結局エリナは、ラウルとアイリスの二人と手を繋ぐ羽目になった。
「みんな! そろそろだよ」
レオが注意喚起した時には、全員が気づいていた。
前方に、明かりが見えていたのだ。
レオの放つ「ルクス」の先にある暗闇の中、一際キラキラと輝くその明かりは、当然、アイリスにも見覚えがあった。
間違いなく魔法陣。
どうやら常設で仕掛けられているものらしい。
白の光で描かれたその魔法陣は、直径で一〇メートルくらいある大きなものだった。それが、地面と、その直上の天井に設置されている。
転送魔法は、魔術師一人でできるレベルの魔法ではない。
しかも、これほど大きな魔法陣、数人がかりで設置したに違いない、とアイリスは思った。
ただ、そのアイリスの考えを根こそぎ
目の前で見せつけられた「
転送魔法を一人で設置することなどわけもないだろう。なら、この転送魔法陣も、もしかするとゾンピアという街をつくりあげた大魔道士の魔術なのかも知れない。
もはや、これまでの常識など通用しないと、アイリスは悟っていた。
魔法陣の手前で立ち止まったレオは、振り向いてアイリスへと尋ねる。
「これ、転送の魔術……だよね?」
「間違いないね。みんな、心の準備はいい?」
アイリスの呼びかけで、表情を引き締めたリュカがスラっと剣を抜く。
レオは、しっかりと頷いた。
転送先はゾンピアのはずだが、そもそもゾンピアという街がどういう治安のところかアイリスたちは知らない。
ゾンビだらけの街。もしかすると弱肉強食、自分の身は自分で守らなければならない熾烈な場所かも知れないのだ。
五人はそれぞれ顔を見合わせ、緊張した面持ちで魔法陣の中に入る。
鼓動が高まる。
もちろん、ゾンビに鼓動なんて無い。
「精神」が──アイリスの「命」が、そういう作用を及ぼしただけだ。
落とし穴にハマった時のように、高所から突然落下した時のように。
内臓がふわっと浮き上がる。
いつの間にか、魔法陣は見えなくなっていた。
レオの明かりも消え、洞窟も見えない。
暗闇の中を落ちる感覚だけが、いつまでも続いた。
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