第27話 敵わないや

 浮遊感を伴って落下する感覚は、突如として止んだ。

 気が付けば、地面にひざまづいていた。

 魔法陣の白い光が、下からアイリスの顔を照らしてくる。


 アイリスは顔を上げ、周りを見渡した。

 リュカとレオ、それと、エリナとラウルが無事かどうか、確認しなければならないと思ったからだ。


 顔を上げたところで自分の目の前に差し出された手。

 アイリスは、リュカの手をしっかりと握る。


「よかったぁ……無事だったんだねっ」

「ああ。かなりの落差を落下した感覚があったが、落ちたわけではないようだ」


 確かに、衝撃は一切無かったが。

 リュカの言う通り、すごく高いところから落ちたような感覚だった。そのせいで、「死ぬ!」と思ったのだ。

 

「レオは!?」

「ここだよ」


 真横から聞こえる息子の声。

 すぐ近くに、あぐらで座っているレオがいた。

 肩をすくめ、眉を上げて微笑む我が子の姿にホッとする。

 その後ろには、エリナとラウルも座り込んでいた。キョロキョロとし、「何が起こったのか」と言わんばかりの表情をしている。どうやら、立ったまま転送をクリアしたのはリュカだけだったようだ。


「みんな無事かぁ。まあ、リュカの言う通り、落ちたわけじゃなさそうだけど……」


 言いながら、リュカへと視線を戻したアイリス。

 リュカが何かに気を取られているので、アイリスもまた、自然とリュカの見る方向へ顔を向ける。

 言葉を言い終えた頃には、アイリスも、リュカが何に気を取られていたのかを理解していた。


 遠くに見える巨大な塔。

 その巨塔の周りに作られた大きな街。

 その街を取り囲むように存在する底の見えない崖と、さらにその崖の外側を囲むようにそびえる到底乗り越えられなさそうな切り立った岩山。

 ざっと言うと、そんな印象だった。


 アイリスたちの足元には、ここへ来るときに入ったのと同じ、白く光る円形の魔法陣があった。

 魔法陣のすぐ外は崖。

 そのまま外へ足を踏み出せば落下し、二度と生きて帰れないのは間違いない奈落に通ずる崖だ。

 すなわち、直径一〇メートルほどの円形の足場の上に、アイリスたちはいたのだ。


 アイリスたちがいる円形足場と、巨塔のある街「ゾンピア」の間は、距離にして五百メートルはありそうな石橋だけで繋がれている。

 そこに手すりなどは無い。石橋は幅二メートル程度はあったが、「一歩でも踏み外せば死ぬ」と思うとやたらに狭く感じてしまう。


「見て! アイリス、あっち!」


 エリナが叫んだ。アイリスは、エリナの指差す左方向を見る。


 自分たちがいる円形足場と同じようなものが、百メートルくらい隣にもある。そこには、アイリスたちがいるところと同じ、白く光る魔法陣が見えていた。


 慌てて右を向くと、右も同じ。さらに百メートル先にも、その先にも、同じものが遥か先まで並んでいた。


 全ての円形足場が、中央にある巨塔の街「ゾンピア」へと石橋で繋がれている。

 つまり、街の外周から外方向へと向かって、全方位に石橋が伸びているのだ。

 そして、その石橋の先っぽには、魔法陣の描かれた円形足場がある。きっと、上空から俯瞰ふかんして見ればひまわりのように見えるのだろう。


「……世界各地に入口があるんだったよね。この街は」 

「ああ……だが、驚くべきは……」


 リュカが、ゾンピアのやや下あたりを指差した。


「浮いている」

「え?」


 アイリスは、リュカの発した意味不明な言葉に促され、改めてよく観察する。

 ゾンピアの街に視線を合わせ、徐々に下へとズラし──そこには、地面は無かった・・・・

 事実をありのまま認識し、身体中に鳥肌が走る。


 ゾンピアは、浮いていた。


「崖」と表現したのは間違いだった。ここは、切り立った岩山に囲まれた、とんでもなく深い火口のような形をしていたのだ。

 その「火口」の中で、ゾンピアは浮かんでいる。

 円形のお皿のようなプレートの上に街は建設され、その外周からは、先端に魔法陣を設置した石橋を全方位へと伸ばし、空中に浮かんでいたのだ。


「……そんなバカな」


 物体浮遊術。


 しかし、その威力は規格外。

 魔術師の仕業しわざ以外には考えられない。

 もはや疑いようもないことだった。 

 

 口をポケッと開けたまま放心するアイリス。

 レオは、今までにないほど瞳をキラキラさせる。

 口元を緩めて、堪らず感嘆の声を上げた。

 

「……すごい。こりゃあ、敵わないや」


 レオはすぐに頭をブンブンと横に振ってから、みんなに声をかける。


「……行くしかないよね。みんな、立てる? エリナは大丈夫?」

「うん! ラウルはどう?」

「大丈夫。エリナこそ、どこも怪我してない?」

「私も大丈夫だよ! ありがとうっ」


 互いに心配し合う二人を、羨ましそうに眺めるレオ。


 ──しょうがないなぁ。

 今のところは、お母さんで我慢しなさい!


「よーし。ここまで来たら、行くしかないかぁ!」


 アイリスは、元気よく声をあげて後ろからレオに抱きつき、ほっぺにキスしてやった。


「やっ、このっ……やめてってば! も、もう行くよ! グズグズしてたら置いていくから!」


 レオは、照れくさそうに、うざったそうに、母親を振り払う。

 あたふたしながら顔を赤くし、照れを誤魔化しながら先頭切って歩き出す。

 

「それにしても、これ……大丈夫かな?」


 レオが心配したのは、魔法陣のある円形足場から街へと掛かっている石橋のことだった。

 

 石橋は、宝箱ほどの大きさをした石のブロック一つ分くらいの厚みしかない。建設物として見た場合、到底、人の往来を支えられる強度はないだろう。

 おそらくは魔力で支えられているものと考えられるが、五百メートルも続く橋がこれだと、何か心許こころもとない。

 果たして、ボロボロと途中で崩れてしまうことなく街へ辿り着けるのだろうかと心配になってしまう気持ちはアイリスも同じだった。


 エリナとラウルはもう緊張がほぐれたのか楽しそうに話しながら歩いていた。レオはリュカへ、物理的に仕掛けられた罠の見つけ方について質問しながら歩く。

 アイリスは、最後尾を一人歩きながら、物思いにふけっていた。

 この街を作った魔術師は一体何者なのだろうか、と考えると、なんだか怖くなったのだ。


 巨大浮遊都市・ゾンピア。


 アイリスが想像していたのとは、全然イメージが違った。

 ゾンビの街「ゾンピア」とは、もっと森の中の洞窟とかを利用して作られていたり、木の家を建てて村を形成している印象だったのだ。

 だが、目の前にあるのは、遠くからも一目でわかるくらい大きな街。アルテリア城下町と遜色ないレベルだ。こじんまりした村などではない。


 こんなところに街を作り、浮かべ、維持し続ける。

 間違いなく、途方もないほどに膨大な魔法力が必要だ。


 魔法力によって維持されているのは「街」なのだ。そこには生活している人々がおり、決して街ごと落とすようなことがあってはならない。

 莫大な魔法力は継続的に……どころか、半永久的に消費し続けなければならない。

 一体、どれほどの魔法陣ゲートが必要なのだろうか。


 それに……もっと言うなら、街を浮かばせる魔術師自らが死亡してはならない・・・・・・・・・のだ。

 レオの力も凄まじいと思うが、この街を作った魔術師はもう一つ桁が違う。


「すごい」と思うと同時に「怖い」。

 それが、アイリスの正直な感想だった。

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