第25話 湖底の探索も桁違い

 全ての水が無くなったので、湖底は見晴らしが良くなった。

 エリナが当初言っていた通り、確かにこの湖の水深は二〇メートルくらいだ。

 レオは先頭を歩いて、得意げにみんなを先導していく。


 地面に含まれていた水分が地底深くに押し下げられたのか、地盤の形がところどころ変わってしまっていた。

 きっと、レオは完全な球体をイメージしたのだろう。だから、地面の中の水分まで押してしまったのだ。

 

 水膜は、仲間たちの体を透過していた。

 どうやら、さすがにそこはレオが配慮したようで、水膜に押されたりしなかった。このあたりは魔術を行使する魔術師の「イマジネーション」、いわば「魔術のトッピング」次第だ。

 絶大な力を持つ大魔導師がなんの配慮もなく魔術を使うと、環境に良くないのは間違いなかった。

 

 対岸へと押し出された水だって、消滅するわけではない。

 水はいくらか戻ってきて、向こう岸から湖に流れ込んでいた。

 だが、多くの水は、対岸のほうのどこかへ消えた。

 向こうの岸が一体どうなっているのか? そこに人の家なんかないだろうな、とアイリスは心配になった。


「ねえ、結構歩いたけど、入口、見つからないね」


 レオは歩き疲れたのか、愚痴を言い始める。

 もともといた湖の淵から、湖の中へと入って中央部分を歩き、湖底の全域はそこそこ見えているはず。なのに、それらしき場所は見当たらなかったのだ。

 アイリスは、念のためエリナに尋ねる。


「ねえエリナ。この湖で間違いないんだよね?」

「ええ、カーティスの話が間違いなければだけど。それとも、似たような湖がいくつもあるのかな……」

「うーん……」

「見えないんじゃないか」


「見えない」と言った人物──リュカに、みんなが一斉に視線を集める。

 いつも口数少なめのリュカは、みんなからの期待の圧に、少しだけ緊張したようだった。


「ゾンピアへの入口は、エリナが言った通りだとすると『術者とアンデッドがセットになって潜った場合』に開かれるんだろう。カーティスですら『潜った』と表現している通り、本来、潜る場合に作る水膜ドームはレオがやったほど大きくはないはずだ。小さな水膜ドームの場合、自分たちの直近しか見えないから、探索していれば自然と隠し入口に近づくことになる。つまり、入口は、離れていると目には見えないんじゃないか」


 なるほど、と全員が手のひらにこぶしをポンとした。

 

「僕が優秀すぎたってわけだね」

「調子に乗るな」


 アイリスは、レオのほっぺを指でツンとつつく。


「でもさあ、次は、検索範囲を端から順に潰していかないといけないってことだよね? あーあ、また歩くのかぁ。……でも、この湖、ちょっと広すぎない? どうしてこんな広いところに隠すんだよ」

「じゃあ、考えてみれば?」

「何を?」

「あなたは魔術師……でしょ?」

「…………」


 ──ここで使うべき魔法も、レオには教えてある。


 むしろ、森の中を歩いている間は、あたしがずっと使っていた。

 アステカの街を歩いている時も、その魔術を展開していた。だから、ラウルの家の門に仕掛けられている罠にも気づいていた。

 でも、あたしは、こういう魔術は得意じゃない。

 感知範囲はそんなに広くなくて、半径二、三メートル程度。そのせいで気づくのが遅れて、エリナには悪いことをしちゃったけど。

 レオは、こういうのは得意なはずだ。さっきの水膜メンブラーナと同じく──


 レオは顎に指を当てて考え込む。

 すぐに、パッと明るくなった顔をアイリスへと向ける。

 

「罠を見つける魔法……『発見レペルトス』?」


 アイリスは、ニッと微笑みを浮かべてやる。

 レオも、嬉しそうな顔をした。

 さっきのメンブラーナの時もそうだが、レオはこうやって考えながら覚えていくのは元来好きなのだ。ちょっと疲れていたから、億劫になっちゃっただけ。

 疲れを感じさせない笑顔をようやく見せたレオに、アイリスも嬉しくなる。


 ──発見レペルトス

 魔法力によって仕掛けられた罠を回避するために使う、ダンジョンや森の探索には必須の魔術。


 敵の根城であるダンジョンや城に侵入する場合には、パーティ後方にいる魔術師がこの魔術を使うことになる。

 先頭を歩く戦士たちが罠に掛からないようにしなければならないから、少なくとも半径一〇メートルくらいは最低条件かな。

 ゾンピアへの入口が、魔法力による仕掛けで目に見えないように隠されていたとして、その場合は「危害を加える罠」じゃない。

 だけど、「魔法力による仕掛け」であることは同じ。この入口がどういうものかあたしは知らないけど、隠す方法が「魔法力」なら、この魔術で看破できるはず!



〜〜〜アイリスの豆知識〜〜〜


発見レペルトス」はあくまで魔法力によって・・・・・・・仕掛けられた罠を感知する魔術。

 なので、物理的に仕掛けられた罠──例えば「ボウガン」や「落とし穴」、「壁から飛び出してくる刃物」みたいな罠は、ぜーんぜん感知できません。

 そういう罠を見抜くのは、パーティーの先頭を歩くのが仕事の戦士や武術家たちがやらないといけないんだ。


 だから、戦士になりたければ、武器を使った肉弾戦だけじゃなく、ダンジョンや森の罠なんかも見抜ける経験値が必要だね! 

「迷いの森」では、あたしが魔力トラップを警戒し、リュカが物理トラップを警戒していたの。

 まあ、あたしのは感知範囲が狭すぎて、役に立っていなかっただろうけど……涙


 ちなみに、そういう経験値は道場では積めないから、戦士として実戦の冒険をそこそこしないといけない。

 罠を見抜けるようになった頃には、戦闘技術も熟練の域になっていることが多い。すごく頼り甲斐がある存在だから、新米パーティの女性魔術師や女性僧侶はその頼もしさにコロっとイっちゃって、戦士を彼氏にするのが定番です☆


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 レオは目を閉じて、ふうっ、と息を吐く。

 

 キタキタ、とアイリスは身構える。

 ふと隣を見ると、エリナとラウルも──なんだったら、リュカさえもが、若干そんな感じだ。

 みんな、レオの力を見たくなっている。


 つま先から頭のてっぺんまで、ゾワっと鳥肌が立つ感じなのだ。

 これほどの魔術師の魔法力を間近で体験することなど、一生の中でもあるかないかだろう。


 ピリピリと体が痺れる期待感の中────

 

「魔力でつむぐ感知の網よ、我が命に従い心をあざむく罠を見抜け──発見レペルトス!」


 レオの足元に現れる、紅蓮の魔法陣の淵から渦を巻いて吹き上がった大量の魔素オーラを眺めながら、アイリスは違和感を覚えた。

 今まで気付かなかったが、この時アイリスは、レオと同調したかのような感覚で満たされたのだ。


 レオが魔術を使うたびに、レオの凄さに感動して痺れていたのだとずっと思っていた。

 それも確かにあるのかもしれない。

 だが、それだけではなく、どうやら魔力的に・・・・リンクしているのだ。


 アイリスの体の中に、レオの魔法力が流れ込んでくる。

 全身に、力と魔法力がみなぎる。

 考えてみれば、それも当然のことなのかもしれない。

 アイリスたちは、レオの魔法力によって蘇った。

 レオの魔法力によって生かされている。

 ならば、レオの魔法力が高まれば、アイリスたちにも当然のように溢れ込んでくる。

 

 アイリスは、忘れていたのだ。

 レオ自身が言っていたし、文献で読んだことがある知識だった。

 アンデッドになった経験などない。だから、それを実体験と関連付けられなかっただけなのである。

 これ・・こそが、アンデッド軍団の怖さ・・なのだ……と。

 

 隣にいるリュカは、自分の手のひらをじっと見つめていた。

 アイリスが見ているのに気づいたリュカは、少し眉間を引き上げる。


 破裂するような音。

 同時に、レオを中心として、同芯円状に光の波動が何度も広がっていく。

 それは、湖底全域を包括するほどの円。

 

 アイリスは、半径二、三メートルほどしかこの円を出せない。

 そもそも、目に見えるほどの波動など出たりしない。当然、比較的この魔術が得意な一般の魔術師たちでも同様だ。

 大きさも、熟練の魔術師で半径二〇メートル出せるかどうか……。


 だが、アイリスは、レオが使えばこうなることはもうわかっていた。

 さっきの水膜メンブラーナで見せてもらったのだ。

 

 やがて、光の波動を収めたレオは、ある一定方向を見つめる。


「あっちだね」

「はあ……才能の違いを感じるわ。そんな簡単に先生を追い抜かないでくれる?」


 負けまいと対抗心を抱く気力すら根こそぎさらうかのような底知れぬ魔法力。

 はあ、とまた言いながら肩を落とす。 

 リュカは、そんなアイリスの気持ちに気づいてそっと頭を撫でる。

 その優しい顔に、キュンキュンしてしまった。


「あたしにはリュカがいるから、いーもんねっ! わーん、リュカぁーっ」


 ギュッと抱きついて、アイリスはリュカの胸に顔を埋める。

 その流れで、ちゅ、とキスしてもらった。

 それを見たエリナとラウルも自然な感じでイチャつき始める。

 結局、レオ一人がそれを横目で見て眉間にシワを寄せていた。


 不機嫌になったレオを先頭に、一行は乾いた湖底を歩く。


「もうそろそろのはずだけど……お、ここはちょっと坂になってる。みんな気をつけて」


 レオの足元が、徐々に下り坂になっていた。

 見た感じは一〇メートル四方くらいの範囲で窪んだだけの湖底。

 少し気をつけながら歩けばいいだけの話……。

 そう思って歩いていたのに、湖底はどんどん沈んでいった。


「えっ」


 歩くほどに沈んでいく。

 進めば進むほど、蟻地獄にハマるかのように地面が下がっていく。

 ただ歩いていただけの一行は、気がつけば、湖底が下がって現れた洞窟の入口を目の当たりにしていた。

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