第24話 入口探しも桁違い
日の照った草原を歩く。
「アンデッドというのは日の光に弱い」とか、そういう話がまことしやかに言い伝えられている。なんだったら、文献にだって載っている。
まあ、アンデッドと戦うアルテリアの戦士たちにとっては常識なのだが。
そんなのは真っ赤な嘘なんじゃないかと思うほどに体は快調だ。
アイリスは、爽やかな風の吹く
「ああ──っ。きっもちいーっ! 自分がゾンビってことを忘れるわぁ」
「あのね。僕が魔法で覆ってるから大丈夫なんだよ。魔力が吹き飛ばされて中身が剥き出しになった時に直射日光なんて浴びたらダメージ喰らっちゃうから、気をつけてよね本当に」
「あっ、そうなんだ。やっぱ文献は正しかったわけね。ありがとう、小さな大魔導師くん」
アイリスは、両手を広げてくるくると回る。
一六歳のエリナより子供っぽい振る舞いだ。
振る舞いだけじゃなく、見た目も本当に若い。
アイリスとリュカの外観は、レオの施す変装魔法だ。
よって、外観年齢などいかようにもなる。今現在、アイリスとリュカの見た目は、アイリスの強い希望により二〇歳くらいにしか見えないほど若かった。
「可愛いですよね、アイリス」
ラウルと手を繋いで歩くエリナは、
「そうだろう。あいつに手を出す奴は全て俺が八つ裂きにする」
リュカも微笑ましげに返したが、エリナは「はは」と小さく笑って、黙った。
リュカは城を逃げ出してからずっと上半身ハダカのままだった。
その美しさに全く不自然さを感じなかったアイリスだったが、エリナがチラチラと恥ずかしそうにリュカを見ながら指摘したので、ようやくレオは変装魔法に調整を加えて対処した。
その結果、黒色の長袖シャツを与えられたのだ。
森へと進入し、
カーティスの
レオは、エリナに尋ねる。
「一体、どうすればゾンピアへの道が開かれるの?」
「入口は世界各地にあるみたいで、今は、ここから一番近い入口へ向かってるの。こっちの方へずっと歩くと、湖があるはず」
「湖か。それで? そこからどうするの?」
「潜ります」
「潜るっ?」
何を言っているのかわからない。
まだ付き合いは長くないが、これまで接してきた感じでは、エリナは冗談を言うタイプではない。
そうこうしているうちに、一行の目の前に湖が現れた。
対岸まで数百メートルはありそうな、大きな湖だ。
「ちょっとちょっと。皆さんは不死身かもしれないけど、僕は生身の人間なんだからね!」
「普通の人間が潜っても湖底があるだけですが、アンデッドとその主人であるネクロマンサーがセットになって潜った時のみ、ゾンピアへの入口が現れるはずです」
「へえぇ……。ちなみに、何メートルくらい潜ったら、その入口とやらに辿り着く見込みなの?」
「カーティスが言っていた限りでは、二〇メートルくらいでしょうか」
いやいや待って、とレオは頭を振る。
「十歳の子供に、水深二〇メートルの素潜りをやらせようっての? 正直、湖面水泳の水平距離でも一〇メートル泳げるかどうかの実力なのにさ」
愚痴を言うようにしつこく抗議するレオへ、温かい目を向けるアイリス。
ちなみに、アイリスは湖に潜る方法を知っている。
魔法力はダントツでレオに上回られてしまったが、魔術の師匠はアイリスなのだ。
まだまだ教えることはある、と自分に言い聞かせてなんとかプライドを守る。
そのアイリスの顔がどうやらレオは気に入らなかったらしく、不機嫌そうな表情になる。
アイリスはレオの反応に気付いて、すぐに澄ました顔を作った。
が、その表情の変化を一部始終見ていたレオは、余計にイラッとし始めた。
「ねえ。そのドヤ顔、お母さんは何か知ってるってことだよね」
「ドッ……なんてこと言うの、こんな可愛いお母さんに向かってっ」
「可愛い我が子が悩んでるのを見て、楽しんでる訳だね」
「そんなに性格悪くありませーん! あなたは既に、これをクリアするための魔術を知っている。だから、ここは自分で考えるべきね」
「はあ……やっぱそういうことだよね。てか、こんな時なんだから、わかってるなら、やってくれたっていいのに」
「あなたの教育も、同時進行してるんだよ。認定魔術師合格へ向けての試験勉強、できなくなっちゃったからね!」
──まあ、今はその王国自体が無くなるかどうかの瀬戸際なんだけど。
こんな時なのに教育ママしてしまうアイリス。
「やっぱちょっとズレてるな」という思いをありありと顔に出すレオ。
「レオ、がんばっ」
「レオくん、ファイっ」
エリナが、キャピキャピしながら応援してくれた。
エリナに続いて同じノリで応援してくれるラウルにはイラっとしたような顔を向けるレオ。
リュカはアイリスの隣に立って、アイリスの肩を抱いてレオを微笑ましく見守っている。
レオは、う〜ん、と
アイリスは、そんなレオの様子を見て
──水の中に潜るんだから、やっぱ水の魔術でしょ。
ほら、水を弾くやつ、あったでしょ!
ああ、わからないかなぁ。
……でも、こうやって自分で考える経験も大事だ。
レオに魔術を教える時は、こいつ、いつも自分で先に文献を読んじゃってて、既に知ってるケースがチラホラあるんだよな。
だから、課題でこんなふうに悩むなんて、ちゃんとした十歳児に教えてるみたいで、なんかちょっと可愛くなっちゃうなぁ。
ああ、なんか答えを教えてあげたくなってきちゃった!
「ねえ。ヒントあげようか?」
「いらない」
断固拒否するレオ。
つれない態度のレオに、アイリスは下唇を出した。
「あっ」
「おっ!?」
思い出したような反応をする。
レオは、普段あまり外出をしない。
基本的にはインドアなのだ。だから、この魔法の存在を忘れていたのかもしれない。
「フフフ」
ドヤ顔を母親へと向け返す十歳の息子。
さっきまで可愛いと思っていたのに、ちょっとイラッときてしまう。
「へぇ。なんか、『わかった』って顔だね」
「とーぜん!」
「すごい、レオっ!」
無邪気に応援するエリナ。
まだエリナに対して未練があるのか、エリナの前で格好つけようとするレオ。
それを見て、息子の将来に多少の不安を抱くアイリス。
──何度も言うけど、ゾンビですよ、彼女。
「雨の日に使うやつだよね。傘の代わりに」
「あ──……。わかっちゃったかぁ。そうだよ。それの応用だね」
残念そうに言う母へ、レオは目を細めて
──その魔法は、「水膜を傘のようにして、雨の日でも濡れずに歩ける」というのが初級の使い方。
シャボン玉の内側に自分を置くようなイメージで自分の全方位に水膜を張って、内側に空気層を確保したまま湖に潜る……ってのが応用的な使い方なんだ。もっと進化させれば、火炎系魔法を防御するシールドとしても使える。
レオに教えたのは初級の「傘」だけだったから、イメージが湧きづらかったかもしれないね。
あたしたちは、今からこの湖に潜らなければならない。
レオを含めて五人のパーティーメンバーを覆わないといけないし、いつまで歩くかわからないから、レオが呼吸する分の空気層もある程度確保しないといけない。水膜ドームが大きくなればなるほど、水膜の厚みを維持するのに魔法力を消費するから、大人数で潜るパーティーの魔術師は結構大変なんだ。
エリナからの情報だと「深さ二〇メートルまでで良い」ってことだけど、この湖は、対岸までの水平距離が目測で三百メートルくらいはある。水深二〇メートルの湖底で、入口を探してひたすら長時間の探索を強いられる羽目になるかもしれないんだ。
その上、湖の底ってのは真っ暗なんだよねー。
見た感じ、この湖も水が
狭い水膜ドームに覆われて周りは真っ暗。空気の残量が限られる中で、閉所と暗所が同時に襲ってくる感じ。考えるだけで嫌になる。あたし、苦手なんだよね……。
はあ、とため息をつくアイリスの目の前で──。
レオの目が変わる。
アイリスは、背筋がゾクッとした。
この時だけは、レオは単なる十歳の子供ではなくなるのだ。
自分と同じはずの水色の瞳は寒気のするような気配を湧き立たせ、顔つきは
レオが魔導の領域に入る瞬間──この瞬間が、アイリスは最近ちょっとクセになってきた。
もし赤の他人だったら──そしてアイリスと同じくらいの年齢だったら、ドキッとしていたかもしれないな……なんて考える。
レオは両手を高くあげた。
「水の魔力が織り成す息吹よ、
たくさんの紅い光が現れ、瞬間的に魔法陣を描き出す。
紅蓮の魔素オーラが渦巻くように立ち昇る。
湖の淵に立つレオを中心として、まるでシャボン玉のような水膜のドームが生み出された。
レオの体からブワッと膨らむように現れたドームは徐々に大きくなり、それが湖の水を押し広げていく。
そうそう、と思いながらニコニコしていたアイリス。
が──。
アイリスは、途中から口をあんぐりと開けたまま固まった。
水膜ドームはその膨張を止めることなく、湖の対岸に向かってどんどん広がっていく。
直径で三百メートルはありそうな湖は、その全ての水が、レオの作り出す水膜のドームで押し出され、湖は空っぽになってしまった。
「────っっ!!」
アイリスは絶句する。
そんなバカな、と声に出すことも忘れて口を開けたまま立ち尽くした。
──なんだこれ!?
「さっ、入口探そっか」
「うん! すっごいね、レオ。やっぱ天才魔術師だよ」
「ほんと、レオくんすごいよ! こんな魔法があるなんて。僕、初めて見た」
「いやぁ……」
二人に褒めちぎられて、ニヤニヤするレオ。
きっと、エリナとラウルは、この魔法のことを知らないんだろう、とアイリスは思った。
そもそもこういうものだと思ってるに違いない。でなければ、こんな無邪気に振る舞うことなどできはしないのだ。
「……アイリス。あいつ、この先、一体どうなるんだろうな……」
アイリスとリュカだけが、呆気に取られてその場からしばらく動けなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます