第23話 もしかすると

 うんざりしながら何度目かの腕切りを敢行する剣聖リュカ。

 なんの因果で自分の腕を何度も切り落とさなけりゃならないんだ……とブツクサ言いながらも素直に腕を切る。

 

 ボトっ、と腕が床に落ちた瞬間、マルクスは、あっ、と呻き声をあげた。

 アイリスは慣れた手つきで落ちた前腕を拾い、リュカの腕へとくっつける。

 すぐさまリュカの足元へと現れる紅蓮の魔法陣。

 切断面が赤色にさらりと光り、リュカは、接合したほうの指先をグーパーしてみせた。


「……バカな」

 

 おそらく、家柄が良いから十分な教育を受けさせてもらえたのだろう。マルクスは、開いた口が塞がっていなかった。 

 復元魔法は生物・・を復元できない。

 つまり、リュカが生物ではないと理解しているようだった。

 まあ、教育による知識があるとすれば、そもそもゾンビに復元魔法を施しているこの状況にも驚いた可能性もあったが。


 しかし、マルクスは、まだ何やら懐疑的な顔をしていた。

 顎に手を当てて考え込んでいる。


「……だが、今のでは、ラウルがゾンビである証拠にはならないっ」


 レオはラウルへと手を伸ばす。

 すると、ラウルの足元に赤い魔法陣が現れ、


「……あっ、」


 マルクスは、目を見開いた。

 

 ラウルを覆っていた変装魔法が解除され、なんの変哲もない魔素へと戻っていく。

 ラウルの姿が変化した。

 濃い灰色になった肌。

 紅蓮に光り輝く瞳。

 知っている者なら一目でそれとわかる、アンデッドの特徴だ。


「そんな」


 マルクスは、膝から崩れる。

 正座するように床に座り込み、目線をウロウロと床に這わせる。

 家族の死を目の当たりにし、とうとう信じるしかなくなったマルクスは力無くうなだれた。


 リュカが、突然に喚き出す。


「ちょっと待て! お前、今までもこうやって証明できたのかっ!?」

「え、えっと。まあ、その。復元魔法の出来・・が気になって、ちょっと見てみたかったというか。我ながら見事だから、また見たくなっちゃった、というか。へへへ」

「『へへへ』じゃないっ! このっ、」


 リュカが、逃げようとするレオを追っかける。

 子供との追いかけっこでも身体強化ブーストレベルの速度をひねり出す。

 レオはコンマ五秒で捕まり、首根っこを掴まれ片手で浮かされた。

 リュカとレオは、ははは、と笑ってニンマリする。


「そ、そ、それは冗談として! 街で生活している一般人は、普通、ゾンビと出会うことなんてないからっ! だから、肌や瞳の色が変わっただけでは信じてもらえないかもしれないと思って、あえてお父さんの腕を切り落としてもらったんだよっ」


 首をかしげながら目を細め、疑いの眼差しを我が子に向けるリュカ。

 マルクスは顔を上げた。


「そんなことをせずとも知っているさ。習ったことがあるからな」


 濃い灰色の肌は、血の気を失っただけでそうなるわけではない。体の中に滞留する死霊秘術の魔力によって暗く色を変えていく。

 瞳の色は、アンデッド化させた術者の魔力の色に光る。

 ラウルの瞳の色は、術者であるレオの魔法力と全く同じ。魔法陣の色も、リュカの腕が切れた時に切断面で光った色も、全てが同じ。

 文献の記述に何一つたがわない。あらゆることが、間違いなくアンデッドであることを示していた。


 ラウルはかがみ、マルクスの肩に手をやる。


「ごめん。僕は、もう、死んじゃったんだ」

「どうして」


 ラウルは、ここで初めて事情を話す。

 マルクスは、とうとう疑うことなく話に聞き入った。

 

 エリナが魔王死霊軍の武将・カーティスに殺され、アンデッドにされたこと。

 自分はエリナを追って森へ入ったが、自分もまたカーティスに殺されたこと。

 そのカーティスを、アイリスたちが倒してエリナを解放したこと。

 エリナと自分は、レオによって、アンデッドとして蘇らせてもらったこと。


「魔王死霊軍の武将を、倒した、だって?」


 マルクスは視線が定まっていない。

 眉間にシワを寄せ、必死に考えているようだった。


「魔王軍における『武将』とは、『軍』の次に大きな部隊である『師団』を率いる魔王軍の幹部だ。魔王軍は、魔王の次が『軍』を率いる大将とされ、『軍』の下に位置する『師団』を率いる師団長のことを『武将』と呼んでいる。つまり、単純に上から数えれば魔王軍の実質ナンバー3クラスと言っていい。それを、お前たちが倒したというのか?」


「お前たち」というか、この二人だけで倒したんだけどね……

 と思いながら、リュカとレオへ視線を向ける。


 ──正直、悔しくないわけじゃない。

 あたしだって一級魔術師なんだ。

 王宮魔術師としての肩書きもある。炎の魔術に関してはルナの隊員にだって負けない。王宮魔術師の中でも一歩上を行っている自覚と誇りプライドもある。

 それでもカーティスには歯が立たなかった。

 それを、リュカとレオは倒した。

 レオなんて、たった十歳だ。認定魔術師ですらない。まだまだ親が護ってあげなければならないのに。

 これほどの魔力を体現する自分の息子が誇らしい。

 でも、あたしには、いざという時、その息子を護ってやる力もない。

 

 ……強くなりたいなあ。

 誰に襲われても、レオを護ってあげられるくらい、強く。 


「それに、だ。お前たちをアンデッドとして蘇らせたのが、この子供だって? おい、お前。杖はどうした」

「はあ? 杖ぇ?」


 レオは、話の内容より「お前」と言われたことにムッとして、ぶっきらぼうに言い返す。


「そうだ。杖は魔術師にとって命と同じくらいに大切なもの。自らの魔法力を二倍にも三倍にも増幅させる、まさに命綱とも言える法具だ。見たところ、お前は杖を持っていないだろう。そんな奴が、死霊秘術はもとより、このように高度な変装魔法を扱うなど、できるわけがない!」


 レオは、ハッとしてうつむく。

 手を合わせて擦りながら、モジモジする。

 アイリスのことを上目遣いで見ながら、バツが悪そうにしている。

 アイリスはすぐに気がついた。

 何か悪いことをしたな、と。


「あなた、杖、あったでしょう。そういや、お城から脱出するときに持ってなかったよね。どうしたの?」

「えっと。あの。魔法の練習をしていたら、ボッキリ折れちゃって」

「折ったぁ?」

「ごっ、ごめんなさいっ」

「ったく、何をしたら折れるんだか……まあいいけど。あれは安物だから。魔術師の認定試験に受かったら、いいのを買ってあげる約束だったもんね」

認定試験に受かったら・・・・・・・・・・、だって!?」

「悪かったな。僕は認定試験、受かってないんだ。ってか、まだ十歳だから受けられないし」

「まだまだ未熟者、ってことよね」

「うるさ」


 アイリスに頭をガシガシされるレオを見ながら、ラウルは呆然としていた。


「……はは。そんなバカな。誰か他の魔術師にでもサポートしてもらってたんだろ?」


 マルクスは首を横に振った。


「……あり得ない。認定を受ける歳にも達していないこんな小さな子供が、死霊秘術を使うどころか四人同時にアンデッド化させ、なおかつ、人間と見紛うほどに完全な変装魔法を四人同時に施し、維持してるってのか?」


 アイリスとリュカは、十歳の息子に目をやる。

 レオは、両の手のひらを上に向けて、肩をすくめてみせた。


「それに……思い出した。お前たちがこの前、この館に来た時、門のところに仕掛けた雷撃魔法を解除しただろう。あれをやったのは誰だ」


 アイリスとリュカは、また息子を見る。

 何度も注目されてだんだん照れ臭くなってきたらしいレオは、頭を掻いて天井を見る。

 マルクスは、ヨロヨロとあとずさりながら壁に背をついた。


「……こ、この館の魔術師はプロとして認められる三級魔術師だぞ。それも、あの罠は二人掛かりで時間をかけて仕掛けていたんだ。それを、認定すら受けていない僅か十歳の子供一人に、たった一瞬で破られた……」


 ──驚くのも無理はない。あなたは悪くないよマルクス。

 なぜなら、今、あなたが言ったことを──プロの魔術師が何人も集まってようやく可能となるこれらの所業を──いや、変装魔法に至っては何人集まってもできるものじゃない。それを、我が息子はたった一人でやってのけたのみならず、杖を持たずにやっていた・・・・・・・・・・・のだから。


「まあ、杖なんてなくてもできちゃうんだからさ。いいんじゃない」


 頭の後ろで手を組んで、心底どうでも良さそうに言うレオ。

 

 マルクスの表情は、しばらく「驚愕」を表していた。

 が、そのうち「驚愕」から「疑惑」へと変わっていく。

 マルクスは咄嗟とっさに動き、ラウルの手を引いて自分の後ろへ隠した。


「お前ら、魔王の手先だな。これほどの魔術、それ以外には考えられない! 誰の差金で、何の目的でここへ来た!」


 マルクスは、錯乱していた。

 自分の理解を超える、あまりにも突拍子もない話だったのだ。

 それによって辿り着いた結論は、「アイリスたちは魔王の手先」。

 だからこそ、ラウルだけは護ろうとする。

 両手を水平にあげて、自分を盾にして、ラウルをかばおうとする。

 

「……ありがとう、お兄ちゃん」


 マルクスの後ろから発せられた声。

 そっとマルクスを抱きしめるラウルの手は異常に冷たく、命の温かさを感じなかっただろう。

「全て悪い夢だ」と信じる一縷いちるの望みを、断つに十分だったはずだ。


「僕は、レオのおかげで完全消滅を免れた。エリナと結ばれたい、っていう願いを、叶えるチャンスをもらったんだ。僕は、エリナを幸せにしてあげたい。もう僕らはゾンビになっちゃったけど……でも、みんなに囲まれて、結婚式を挙げて、エリナに幸せな気持ちになって欲しいんだ」

「しかし……これまでの話が本当だとすると、エリナも、もう、アンデッドに──」


 マルクスが言いかけた時、レオが両手を上げた。


 変装魔法の詠唱がなされた直後、エリナの足元に、紅蓮の魔法陣が描かれていく。

 いつものように、まるで最初から決まっていた軌跡をなぞるように、超高速で動く光はあっという間に美しい魔法陣を完成させた。


 完成と同時に大量の赤い魔素が立ち昇り、エリナは赤い気流の渦に包まれる。

 全員が、何も言わずに見守った。部屋は真っ赤に輝く光で覆われ、フォオオ、という魔素の流れる音だけが全員の耳に鳴っていた。

 

 赤い渦が収まって、宙に漂う赤い魔素の残滓ざんしの中にエリナの姿が見える。

 エリナは、真っ白なウエディングドレスに身を包んでいた。


「エリナ」


 ラウルは、ただ、見惚みとれていた。

 互いの名前を呼び合い、抱き合う。

 口付けをし、愛を確かめ合う。

 二人は泣きながらその場に座り込み、それでもずっと抱き合った。


 レオは、もう、悲しい顔をしていなかった。 

 心底幸せそうにするエリナを見つめるレオの顔は、本当に嬉しそうだった。

 レオは、拳を握りしめている。

 何かを決意したような、そういう仕草だ。

 それは、アイリスを護り抜くと誓った時の、リュカにそっくりだった。


「ありがとう。レオ」


 振り向き、目尻から涙を落としながら言う。

 レオは、わずかに微笑んでそれに返した。


「お兄ちゃん。結婚式、来てくれる?」


 不安そうに言うラウル。

 マルクスは、天井を仰いだ。

 

「お前が幸せになるってのに、行かないわけないだろ」

「お兄ちゃん」


 ラウルは、マルクスに飛びつく。

 今度はマルクスの涙がラウルの頭を濡らす。

 マルクスは、アイリスたちを信じることにしたらしい。

 本当に嬉しそうにしているラウルを見て、とうとうアイリスたちを敵だと思うことをやめたのだ。


「ようし……そうと決まれば、式の段取りだ。この後、すぐにお父さんにもご説明して差し上げなければな。なに、俺に任せておけ。我がミルズ家に恥じない盛大な式を挙げるぞ! だが、準備には少し時間がかかるだろう」


 唐突に態度が変わるマルクスに、ラウルはあたふたした。

 ふふふ、と笑うエリナ。

 リュカも、アイリスも、レオも、微笑ましくなってつい笑ってしまう。


「お兄ちゃん。僕らは、レオくんたちをゾンビの街『ゾンピア』まで案内するよ。彼らのことを助けてあげたいんだ。恩人だからね」

「おう、恩人に不義理をするなど我がミルズ家の恥になってしまうからな! そうしろ。しかし、あなたたちは一体何を目的に旅をしているんだ?」

 

 マルクスに言われ、アイリスは一瞬考え込んだ。


 ──何を目的に、か。


 本当の願いは、人生を取り戻すこと。

 愛する夫と、我が子と一緒に、幸せに彩られたはずの未来へ向かって、もう一度歩むこと。 

 自分たちだけではない。今も王国では国民たちが危機に瀕している。

 全ての希望は、奴に遮断された。


 一度断たれた願いを、再びこの手に──


「あたしたちの目的は、魔王死霊軍大将『リルル・リッチ』を倒すこと。そして、アルテリア王国を、再びこの手に取り戻すことだよ」


 アイリスが口にした途方もない目的に、マルクスは息を呑む。


 魔王死霊軍の大将とは、勇者でさえいまだ討伐を成し得ていない化物なのだ。

 無制限の魔法力を引き出す魔法陣ゲートを具現化し、その魔法力を余すことなく望む形に変換するイマジネーション力と念力を持ち合わせ、現世で最高の魔術師トップ・ウィザードと言われている、魔王の片腕。

 その化物を討伐するなど、普通の人間が志すことではない。

 それは、勇者が志すこと……。

 だが、アイリスの言葉を聞いたマルクスの顔は、そう思っているようには見えなかった。


 魔王死霊軍の武将を倒し、ラウルとエリナの幸せを守った。


 このパーティーなら、もしかすると──

 マルクスは、きっとそう思ったのだ。

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