いざゾンピアへ
第22話 ラウルの兄・マルクス
「あの。……レオ、ありがとう。すごいね。あのカーティスを、倒しちゃった」
エリナに言われ、レオは後ろ頭を掻きながら小っ恥ずかしそうにした。
まあ、今日くらいはカッコつけてみたっていいんじゃないかとアイリスは思う。
大袈裟に魔術を使って、尊敬してもらおうなんて思った訳じゃない。
エリナとラウルの願いを叶えたくて、やったことなのだから。
ほら、早く応えてあげなさいよ、と、アイリスは肘でレオをつんつん
レオは困った顔をしてアイリスを睨んだが、すぐにエリナへと向き直った。
「ラ、ラウルのことは護れなかったけど、こうして話はできるから、許してよねっ」
「ううん。こんなふうにお話ができるなんて、夢みたいだよ。……間違いないと思うけど、一応確認するね。私たちのご主人様は、レオだよね」
ポカンとした顔でエリナとレオを眺めるラウル。
きっとまだ自分がアンデッドであることすらも、わかってないだろう。
エリナとラウルは、レオの変装魔法の影響でほとんど生きた人間のような姿をしている。
仮にここに何の事情も知らない人間がいたとしても、二人がゾンビだなんて気付く者はいない。
しかし、瞳の奥には、レオの魔法力が込められた紅蓮に光る瞳がある。
術者を変更したエリナの瞳は、カーティスの魔法力を象徴する紫色から、レオの魔法力である真紅に移り変わっているはずだ。
「……うん。僕が死なない限り、君たちは半永久的に愛し合えるよ」
「そっか」
エリナは微笑んで、レオに歩み寄る。
本当に可愛い笑顔。
レオは、こうやって微笑むエリナの顔を見るとき、家族には見せたことのない顔になる。
エリナの瞳に吸い込まれるかのように、レオはエリナを見つめ返す。
きっと、自分の意思では目を逸らすこともできなくされている。
エリナは、そっとレオを抱きしめた。
「ありがとう。本当に、ありがとう」
サラッと揺れる、肌をくすぐる髪も。
レオの体を包み込む、いい匂いのする柔らかそうな体も。
全部、レオが自分で創造して作り出したはずのものだ。
もしかすると、レオだけは、もの悲しい気持ちになっているのかもしれない、とアイリスは思った。
「レオ。ラウルに説明するから、少しだけ時間をくれる?」
「あっ、うん……」
湯気が出そうなほどに真っ赤になって、
放心したような顔で、
レオはエリナを見つめていた。
レオに了承を取ったエリナは、ラウルに
当然だが、ラウルは驚いていた。
信じられない、そんなわけない、と喚いた。
エリナは困っていた。
そうすると、リュカが前に出てきて、アイリスに説明した時のように、リュカはまた唐突に自分の前腕の切り落とす。ラウルは「ひえっ」と悲鳴をあげて飛び上がった。
赤い光に包まれながら瞬時復元された腕。
ラウルは唖然とする。
ラウルも同じ復元魔法を掛けられたゾンビとなっているはずだから、今から一度切り落としてみようとリュカに提案された時には、ラウルは震え上がって必死に首を横に振った。
……ということで、ほとんど無理やりだがラウルも信じるに至る。
「レオ。私たちも、まずはゾンピアに行くことにするよ。ゾンビになった限りは、一度行っておいた方がいい気がするんだ。それに、あなたたちに助けてもらったお礼も兼ねて、案内しないとね!」
こうして、エリナとラウルの目的地は、アイリスたちと同じになった。
エリナとラウルは、家族に事情を説明したいので一度家へ戻りたいと申し出た。
当然のことだったので、アイリスたちは快く了解する。
まずはエリナの実家へ行き、それからラウルの家へと寄ることにした。
ラウルの家へ着き、用心深く物理的・魔術的トラップを警戒しながら大きな門をくぐる。
前と違ってトラップはなかったが、今度は即座に矢が飛んできた。
リュカは、難なくそれを撃ち落とす。
「くっ」
家の上のほうの階から、悔しそうに呻く声がした。
どうやらラウルの家族は待ち構えていたらしい。
ヒュンヒュンと音を立てて、次々と矢が飛んできた。
三階の窓から、弓を構える人物が見える。
「お兄ちゃん! やめて!」
ラウルは、家に向かって叫んだ。
「ラウル! 無事だったかっ」
「僕は大丈夫! お願いだから撃たないで。事情を説明するよ」
ラウルの一声で、ようやく話くらいは聞いてもらえる空気になった。
ラウルの兄の名はマルクスというらしい。ラウルが紹介したのだが、マルクスは自分からは名乗らなかった。
黒髪で、後ろで一つに束ねている、精悍な印象の、二〇歳くらいの青年だった。
マルクスは、一階に降りてきてから終始鋭い目つきでリュカを睨んでいた。
まあ、自分の弟を
だが、なぜかマルクスは謎にアイリスをチラチラと見つつ、レオのことはガキを見る目で
リュカとレオは、ひたすらマルクスを睨みつけていた。
さて、ラウルの時もそうだったが、アイリスたちへ疑いの目を向けるマルクスに、自分たちが変装魔法の掛かったゾンビであることを説明しなければならない。
「私たちゾンビなんです」と言ったところでそう簡単には信じもらえない。
なぜなら、一般人にとって「ゾンビ」とは、体が自己融解してドロドロに溶け、目玉が垂れ落ちたり、もしくはそんなレベルを超えて完全に白骨化し、骸骨となったまま動き回るようなアンデッドを指すからだ。
それに比べて、アイリスたちは生前と何ら変わりない外観を保持している。
これはあくまで人並外れたレオの魔法力のおかげであって、断じて当たり前のことではないのだ。これほどの精度で変装魔法が使える者など、世界中探しても指折りであろう。
すなわち、一般人が、ほとんど人間と見紛うほどに偽装されたゾンビに出会うことなど皆無と言って良いわけだ。
ゾンビであることを証明する唯一の手段は、視覚・嗅覚に訴える証拠を提示することである。
レオの変装魔法がオートで掛かってしまっている今、リュカがやったように腕でも切り落とすしかないのか? ……と、アイリスは考えていた。
「では、そちらのお二方──リュカ殿とアイリス殿だったかな? も、アンデッドだというのか? このように美しい方がゾンビだとは、到底信じられん」
マルクスは、アイリスをじっと見つめたまま言う。
こういう時にリュカがどうなるか、普段のリュカを見ていてよく知っているレオは、「こりゃややこしいことになったぞ」というような顔をして、ヒヤヒヤしながら父と母を見上げる。
考え事をしていて全く事態を把握していなかったアイリスは、「へ?」とトボけた顔をしていた。リュカは、一瞬にして殺意の波動を撒き散らす。
リュカは、誰が見てももう少しで剣を抜きそうな状態だ。手が柄にかかっている。
レオは「まあまあ……」と言いながら、怒りで瞳が紅蓮に光ってしまいそうな父をなだめた。
リュカは、しきりに大きく深呼吸をしていた。
アイリス以上に鈍感そうな印象のラウルは、現場の状況を無視して──いや、ともすればこの場合においてはこれが最善だったのかもしれないが──話を進める。
「ええ。僕も驚きましたが、そのようです」
「しかし、証拠もなく信じろと言われてもな。それで『はいわかりました』と納得することなどできはしない」
アイリスとレオは、揃ってリュカへ視線を向ける。
無言の圧力で腕を切ることを強要されたリュカは、大きくため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます