第20話 カーティスの走馬灯

 カーティスは、雨の降る日が嫌いだった。

 誰も出かけず、みんな家の中にいるから。

 

 そんな日は、僕はいつも以上にみんなからおもちゃにされる。

 退屈なんだろう。せっかくのお休みにお出かけできなくなったせいだ。

 みんなは、溜まった鬱憤うっぷんを僕で晴らす。

 

 この家は貴族の家系だった。

 苗字は「モリス」。

 家族は、旦那様と奥様、それと子供が五人いた。

 他にもメイドをしている一五歳の女の子が一人、そして彼女と同じ一五歳の僕。


 僕は拾われた子だったから、誰からも大事にされなかった。

 でも、奴隷として置いてもらえただけましだと思ってた。


 一番上のお姉ちゃんは、自分より綺麗な僕の髪が許せなかった。

 だからだろうけど、髪を燃やされた。

 肌に触れなければ痛くないから、と優しく言いながらチリチリという音を聞く。

 お願い、もうやめて、と言うと、お姉ちゃんはゾクゾクと体を震わせながら悦んだ。

 失敗してついた火傷が、額にまだ残っている。

 

 上から二番目の次女は、僕の首を絞めるのが好きだった。

 特に、馬乗りになってするのがお気に入りみたいだ。

 じゃれるように腕の関節を逆にしようとしたり、髪を引っ張ったり、体をつねったりしてくるけど、最後は我慢できずに必ず首を絞める。

 失神して気がつくと、いつも裸にされていた。 

 床には、僕の失禁の跡が何度も何度もついた。


 三番目の長男は、剣術や格闘術を習い始め、実験台を欲しそうにしていた。

 できるだけ近寄らないようにしていたけど、無駄な抵抗だった。

 殴られるたびに歯は折れたし、指や肋骨が折れても誰も助けてはくれなかった。

  

 四番目の次男は、僕にあてがわれた小さな個室の出口に、上向いた針を置いたりする。

 全く用心していなかった僕は、針が足を貫通した。

 メイドの女の子は「可哀想だ」って思っているような目で僕を見ていたけど、助けると自分もやられてしまうから、何もせずに知らんぷりしていた。


 五番目の三女は、僕に優しかった。

 ミルクやコーヒーなど、家の人しか飲めないものをこっそり僕に持ってきてくれた。

 この子だけが、子供たちの中でただ一人、僕に優しかった。

 ずっと、そう思っていた。

 ある日を境に、頻繁に嘔吐するようになった。

 彼女は、持ってくる飲み物に何かを入れていたようだ。それだけは、メイドの彼女がこっそり教えてくれた。

 いやに興味深げに僕の顔をジロジロと見ていると思っていた。僕の様子がどう変わるか、じっと観察していたのだろう。


 旦那様と奥様は僕に何もしなかった。

 だから、ずっと優しい人なんだと思っていた。

 どうしてこんな優しい人たちから、あんな鬼のような子供たちが生まれるのだといぶかっていた。

 でも、メイドの彼女は、旦那様と奥様のおもちゃだった。

 結局、この家の住人は、全員が同じだった。

 それを知ってから、僕は、彼女とこっそり話をするようになった。

 

 内容は、たわいもないことばかりだった。

 僕は彼女がどんな目に遭っているのか知らなかったし、彼女も僕に話すことはなかった。

 彼女の首にもアザのようなものがあったし、きっと同じようなことをされているのだろう。


 わかったことは、メイドの彼女は親のおもちゃ。

 僕は、子供たちにあてがわれたおもちゃ。


 話し相手ができて、僕は嬉しかった。

 彼女は自分の名前を僕に教えてくれた。

 彼女の名前はエミリ。

 仲良くなると、彼女は僕と話をするときに微笑んでくれるようになった。

 彼女は可愛かった。笑顔になるともっと可愛くなった。

 胸の辺りがギュッとなる。

 すぐに、彼女のことを好きになった。

 彼女のためなら、なんでもしようと思った。

 

 エミリが受けている仕打ちは、自分のことを思い起こすと容易に想像することができた。

 それを考えると、僕は居てもたってもいられなくなった。自分がされるよりも、もっと辛くなった。

 

 ある日、僕は、この家から脱出しようとエミリに持ちかけた。


 この家の玄関扉は頑丈そうな木製の扉で、内側からも開けられないように大きな南京錠が掛けられていた。

 全員が出掛ける時には、僕らは家の中に首錠で繋がれた。

 自由に歩けなかったので、この家の構造がどうなっているか、あまり詳しく知らなかった。

 だから、一度外へ出かけてみたいとお願いしてみるのはどうかとエミリに相談した。

 

 エミリは、いいアイデアだと言って、ニコッとしてくれた。

 僕は、仮に自分が逃げられなくても、絶対に彼女だけは逃がそうと心に決めた。

 でも、この家の人が、そう簡単に僕らを外へ出してくれるとも思えない。

 ダメだったら仕方がない。でも、もしかしたら、いけるかもしれない。

 試してみようと思った。

 

 旦那様と奥様は、予想外に、「外へ連れて行っても良い」と言ってくれた。

 僕は浮き足だった。

 その日が来るまで、何度も手順を思い出し、シミュレーションした。


 決行の日、僕らは初めて外へ連れ出してもらえた。

 陽の光は眩しく、まともに目を開けて歩けなかった。

 僕らは首錠をされたまま歩かされた。当然予想していたことだったので、それについては動揺はなかった。


 ただ、街へ連れて行ってくれるという約束だったのに、僕らは森へ向かっていた。

 どこへ行くの、と尋ねると、ハーミットバレーというところだ、と旦那様は言った。

 景色が綺麗で、一度お前たちに見せたい、と言われた。


 森を抜けると、目の前に壮大な峡谷が広がった。

 確かに、旦那様が言った通り、綺麗な景色だった。

 こんな綺麗な場所は見たことがない。僕は、はああ、と感嘆の声をあげていた。


 綺麗ですね、と言おうとして振り向いたところで一度記憶が途切れる。

 

 次に気付いた時には、僕は倒れていた。

 目の前には、旦那様と、奥様、それに、エミリ。

 旦那様は、エミリの頭をでていた。

 エミリは、うつ伏せに倒れた僕を、ただじっと見ていた。

 いつもの、可愛いエミリの顔だった。

 旦那様は、倒れて動けない僕の前で、ナイフを取り出した。


 次に目覚めた時には夜だった。

 ゆっくりと体を起こし、空を見上げる。

 綺麗な満月が、煌々と峡谷を照らしていた。


「やあ。目が覚めたね」


 誰かが僕に話しかける。

 記憶が曖昧だ。

 何がどうなったのか。今は何時いつでここは何処どこだろう。

 

 振り向くと、緑色の髪の毛をした男が立っていた。

 

「君の怪我を完治させてあげたいのはやまやまなんだが、どうも白魔法というのは苦手でね。最低限の施術にさせてもらった。まあ……このまま死なせてアンデッドにしても良かったんだけど、『リッチ』のベースパワーは、生きている間に決まるんだ。君には才能がある。だから、もったいないと思ってね」


 何を言っているのかわからない。

 それより、旦那様はどうしたんだろう。

 あの人に見つかると殺される。

 早く逃げないと、と僕は焦った。


「自己紹介がまだだったね。僕はリルル。君のことを、僕の部下にしようと思ってさ」

「ぶか?」

「ああ。僕と一緒に働こう、ってことさ」

「……僕が? でも、僕はモリス家の奴隷なんです。勝手なことをすると殺されちゃう──」

「モリス家ってのは、あそこに転がってる死体のことかい?」


 リルルと名乗った青年の指差す先に、倒れている人間が何人かいた。

 

「…………」


 僕は立ち上がった。

 足はフラフラして、それでも一生懸命に歩いた。

 辿り着くまでに、それが誰だか理解できた。


 旦那様。奥様。

 ……そして、エミリ。

 

 僕は、エミリから目が離せなかった。

 エミリは、死んでもすごく可愛かった。

 このままキスしたい、と思って、体がなんだかウズウズした。

 僕は、エミリとリルルを交互に見る。


「いいよ。まずは君の好きなようにしなよ」


 自分の唇を、エミリの唇にくっつける。

 初めて触れた女の子の唇に、僕は頭が真っ白になった。

 股間のあたりがどうしようもなくなって、僕は夢中でエミリの体をむさぼった。


 リルルは、僕が初めて剥き出しにした欲望を満たしきるまで待ってくれた。

 それでも、どうしようもない渇望感が残る。

 だから、僕はリルルの話の続きを聞く気になった。


「僕は、君のことをずっと見てた。君は、僕と同じ、暗黒魔法の素養がある」

「素養? 僕は何も身につけてはいないです」

「身につけているさ。常日頃から受けた仕打ちが、君に暗黒魔法の素地を作った」

「常日頃から見ていたのに、その時には助けてくれなかったんですか」

「助けちゃったら身につかないだろ。エミリを手にいれる力をさ」

「……エミリを?」

「そうさ。言っただろ。君には素養がある。魔王軍に属する魔術師の証『暗黒魔法力』と、『死霊秘術師ネクロマンサー』としての素養がね」


 死霊秘術師ネクロマンサー

 初めて聞いた言葉だ。

 詳しくはわからなかったけど、どうやら死んだ人でも生き返らせることができるらしい。

 そんなことができるなんて、僕はワクワクした。

 さっきエミリにしたことを、自分の意思でちゃんと動くエミリとできるんだ。


 術を使うにはきちんと習う必要があると言われた。

 リルルは、君ならすぐにできる、と言って教えてくれた。

 彼の言う通り、ほんの少し練習すると、僕は、自分が術の使い手になっていることを自覚できるほどになっていた。

 リルルは僕に術を教えると、「欲望を満たしたら僕のところへ来るんだよ。その時には、魔王死霊軍の武将の地位を空けておく」と言い残して去っていった。


 すぐさま、エミリに術をかけた。

 僕の魔法力は、紫色。

 何処からともなく溢れるように湧き出してくる紫色のオーラは、エミリの体に染み込むように入っていく。

 紫に光る魔法陣の上に寝転がっていたエミリは、す、と目を開けた。


 僕は飛び上がって喜んだ。

 エミリに駆け寄って、両肩を掴んだ。

 綺麗だった。ちょっと肌は灰色になっちゃったけど、生きていた頃と変わりなく、綺麗だった。

「死霊秘術」は、僕にピッタリ。僕の願いを叶えるのに、ピッタリだ。


 彼女は自分の両手をまじまじと見つめ、それから、胸にある致命傷となったであろう傷を見る。

 彼女は眠そうな目をしていたけれど、僕のことをきちんと覚えていて、名前で呼んでくれた。


「カーティス」

「うん。僕だよ、エミリ。僕らは自由になった。君は死んでしまったけど、アンデッドとして生き返ったんだ。これで僕らは自由だ」


 僕は、彼女が眠っている間にしたように、エミリにキスしようとした。

 大好きな彼女と愛し合えるなんて、これ以上ない幸福だ。

 エミリは、近寄ろうとした僕の顔を避けるように首をひねった。


「どうして、あなただけが生きているの……。どうして、あたしが死ぬの……。あなたが死ぬはずだったのに。あたしが、あたしが生き延びて、いずれ自由にしてもらえるはずだったのにっ、」


 ……どうして、そんなことを言うの?

 僕はただ、君の笑顔が見たいだけなんだ。


 僕は、がっかりした。


 愛されていなかった。

 相思相愛だと思っていたのに。

 あんなに、優しく微笑んでくれたのに。

 好きじゃなかったのなら、どうしてあんなふうに、笑顔を向けてくれたりしたのだろうか。

 わからない。 

 でも、一つだけわかった。


 きっと、エミリじゃなかったんだ。 


 僕の、本当の恋人。

 なら、探せばいい。


 僕が思うだけ・・・・で、エミリの体は粉々に散った。

 僕は、リルルの元へ向かった。


 僕には力がある。

 この力をもっともっと磨けば、より完成度の高い恋人が手に入る。

 そうして、僕は、一万のアンデッドを率いる魔王死霊軍の師団将軍、通称『武将』と呼ばれる第六陸戦師団長を任された。

 

 力は、どんどん強くなった。

 僕にかなう奴に出会うことは、ほとんどなくなった。

 自らをアンデッド化させ、不死の体も手に入れた。

 でも、愛する人は、どんどん見つからなくなった。

 誰も、僕を愛してくれない。

 

 どうして?

 どうして?


 もう一度、ハーミットバレーに戻ってみよう。

 エミリはもういない。

 でも、僕の人生で一番素敵なことが起こった、あの場所に。

 

 見つかるといいなあ。

 僕の恋人──。


 


 ────…………




 走馬灯のように過ぎ去る思い出に混じって、コアが割れる音がした。

 黄金の鎖を握りしめたエリナが、膝から地面に落ちるのが見えた。

 エリナは、最後の力を振り絞って、ラウルの頭部を抱きしめる。

 まるで心底愛する人に寄り添うように、彼女は満足そうにしながら、地面に横たわった。



 ああ。 

 


 やっぱり、僕じゃなかった。

 彼女は、ラウルが好きだった。

 

 いいなあ。

 羨ましいなあ。


 今度生まれ変わったら、僕も、あんなふうに…………



 カーティスは、暗くなっていく意識の中で、そんなことを考えていた。

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