第17話 本物か、偽物か

「へえ……アンデッドだったんだね。それで? 僕を殺せばエリナも死ぬけど。エリナを殺す覚悟はあるのかな」

 

 カーティスの言う通りなのだ。

 エリナをアンデッド化したネクロマンサーはカーティスだ。カーティスを殺せば、エリナは死ぬ。


「見たところ、君のご主人は炎を出した魔術師の女の子か、その子供だよね」


 空気を切り裂く風の音がした。


 直後、キン、カン、と音がする。

 それは、リュカが剣を振ると同時に鳴った音だった。


 紫の風は、レオを狙って飛んできたのだろう。

 リュカはそれを、素早く振った剣で、一つ残らずかき消したのだ。


「……すごいね。見えたんだ?」

「人間のつ矢と速度は大して変わらんな」

「そっかあ。期待外れだったようで失礼……そうだ」


 カーティスは、アイリスに視線を移す。

 相変わらず優しい顔をして、まるで「名案だ!」とでも言うかのように声を明るくした。


「炎を出した女の子は、君の大事な人なんだろ。わかるよ、互いを配慮し合う様子でさ。まず、あの子の首を落としてあげる。なら、君だって──」


 口上の途中、リュカの振った剣先がカーティスの喉をかすめた。


 いや、かすめたのではなく首の半分程度までサクッと入る。カーティスが反射的に後ろへ上半身をのけぞらせなかったらこの瞬間に首ごと落とされていただろう。

 その動きを見たアレンは、カーターへと叫んだ。


「もう間違いない! 俺たちは何度も何度も見続けただろう。何人なんぴとたりとも回避不能な初撃。あの動き、間違いなく団長だ!」


「しかし……瞳は赤く輝いている。さっきまで黄金色だったのに、だ。アンデッドと戦い続けることを長年の仕事としてきた俺たちが間違うはずはない。奴の正体はアンデッド。生命を賭して退魔するべき存在。決して相容れぬ、永遠の敵だ!」


「その『敵』であるはずの聖騎士団長は、首尾一貫して俺たちを攻撃してこないではないか。今もまた、この場を埋め尽くすアンデッドどもの親玉と、敵対するような行動をとっている!』


 カーターとアレンは、深い混乱に陥っているようだった。

 

 聖騎士たちの脳裏に焼きつく「リュカの初撃」は、「身体強化ブースト」の掛かった超人的な速さの踏み込みだろう。ただ、今現在のリュカの体には「身体強化ブースト」など掛かってはいない。


 アンデッドの体に身体強化呪文など効果はない。

 アンデッドにおいては、「精神が全てをつかさどる」のだ。


 アンデッドとなって身体能力が生前よりも飛躍的に向上したアイリスは、概ねよく理解していた。リュカには、生前に培った全ての感覚があるのだ。


 どうすればより速く動けるか?

 どうすればより強く剣を打てるか?


 絶え間ない時を経て培った感覚が、アンデッドとなった今もリュカの体を「身体強化ブースト」が掛かった状態と同じように動かしている。


 そのリュカにとって、肉弾戦を得意としない魔術師の懐に潜り込むことなど造作もないことだった。魔術師は、尋常ならざる速度で動き回る腕の立つ戦士との一対一は、基本的には不利なのだ。


 カーティスは、苦しそうにかすれた声でうめく。


「かはっ……このっ、」 


 リュカは、地面に膝をつくカーティスに背を向け、カーターとアレンを直視する。

 その顔に、カーターたちは震えた。


 不死の大軍に囲まれてなお、いささかの気力も衰えさせずに二人を見つめる眼光。

 カーターたちと同じようにリュカを見つめたアイリスの脳裏に、記憶に焼きついた言葉がまたもや蘇る。


 剣聖とは、何か?


 アイリスは、諦めかけた自分を恥じた。

 リュカは、声を張り上げ、カーターたちへと指示をする。


「カーターァァ!!! アレェェン!!! 森への退路を開け!! アルテリア聖騎士団の名にかけて、必ずこの場から全員生きて脱出する!!」


「おおおおおおあああああああ!!!!」

 

 カーターとアレン、その部下であるスコット、ウォーレス、メイソンは全員が揃って雄叫びをあげていた。

 

 カーティスは、この後に及んでリュカではなくアイリスへと紫風の刃を向ける。

 同時に、アイリスたちを取り囲んでいた大量のアンデッドどもが主人の命を脅かす敵を討とうと一斉に動き出す。


 しかし、カーティスを護るには遅すぎた。主人であるカーティスは、すでに剣聖リュカの刃圏内なのだ。


 ほとんど一筋の光にしか見えないリュカの剣撃を必死で回避しようとするが、その途端にカーティスは視界が一回転する。



「あれ……っっっっ」



 カーティスの頭部は地面に落ちていた。


 立ったまま、ゆらゆらと揺れている体。

 落ちた頭部に付いている二つの瞳でアイリスを捉え、叫んだ。


「なぜだ! なぜ、死んでいない! 僕の『闇の風ヴェンタス』を受けて、人間が死なないはずが──」


 アイリスは、自分の頭を両手で持ち、首のところでズラして見せる。

 カーティスの攻撃で切断されていたのだ。もちろん、アンデッドであるアイリスは、この程度で死にはしない。


 アイリスが火炎魔法「イグニス」を使った時、火の玉はアイリスとカーティスのちょうど間にあった。

 変装魔法が炎で消し飛んであらわになった赤い瞳や濃い灰色の肌、そしてそれらが全て魔術によって復元されていたことを、カーティスは把握できていなかったのである。


 そもそも、そんなものを見ずとも、格下が施した魔法くらいはこともなげに看破するのが実力者というもの。

 魔王死霊軍の武将のくせに、レオの変装魔法を見抜けず、アイリスのことを人間だと思っていたカーティスのことが、アイリスは、おかしくなってしまった。


「くっ。くくくっ。あはは。あんた、結構間抜けなんだね」 

「お前ぇ……お前も、アンデッドか!!!」


 魔王軍の武将ですら見抜けない、完全なる変装魔法。

 アイリスの足元に、紅蓮の魔法陣が現れる。

 アイリスの首の切断面が、キラキラと赤く光り輝く。

 何事もなかったかのように、完全に元通りに、首はスッと接着した。


「……アンデッドに復元魔法だと!? バカな。そんな発想……それほどの魔術師が、貴様らの中にいるはずが──」


 カーティスはハッとした。

 最初から、憎しみに満ちた目で自分を睨み続けている、目の前にいる一人の子供のことを、ようやく正確に理解したのだ。

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