第16話 許せるものか
「ラウル殿……ラウル殿────っっっっ!!!」
カーターとアレンが、ラウルの
ラウルの頭部は、コロコロと地面を転がってエリナの足に当たって止まった。
エリナの肩が、しゃっくりをするようにひくひくと震える。
ぺたんと地面に座り込み、ラウルの頭部を手に取って、ぎゅっと抱きしめた。
「ああああ。ああああああああああああ」
エリナの嘆きが、壮大な峡谷にこだまする。
まるで命を絞り出すような、叫ぶような鳴き声。
「悲しむことはないよ。エリナ」
カーティスは、柔らかく、優しく、相手を思いやるかのような声と顔だった。
「僕がいるから。君には、ずっと僕がいるから──」
「魔力により顕現せし燃えさかる炎よ、我が
閃光とともに爆炎が姿を現す。
誰よりも早く、アイリスが動いていた。
アイリスの足元に描かれる魔法陣は、かつての青色ではなく、アイリスの瞳と同じ真紅に輝いていた。アイリスの命を動かす、レオの魔法力の色だ。
言葉を遮られて眉をひそめたカーティスがアイリスを睨みつけた時には、彼の視界は眩いばかりに燃え盛る巨大な炎の玉で占められていた。
一級魔術師・アイリスが具現化させる凄まじいまでの爆炎は、ハーミットバレーに熱風を走らせ、あらゆる者にその場へとどまることを許さない。
リュカはエリナを抱きかかえ、レオの手を引っ張り、カーターたちを押し下がらせながら、火炎玉の輻射熱によって受傷する危険エリアから退避した。
──許せない。
許せない、許せない、許せない!!!
怒りで充満し冷静さを欠いた思考、しかしその分、魔法力は溢れんばかりに乗った。
杖は無い。本来の魔法力は出しきれないかもしれない。
だが、今やらなければ、いつやるのか。
母なる大地から呼び寄せた魔法力を現実の炎として具現化するのは、魔術師の「イマジネーション力」と、「念力」──すなわち「思いの力」だ。
今まで使い続けてきた得意魔法。魔素を高威力の炎へと変換する「イマジネーション力」は完璧だった。
怒りによって増幅された申し分のない「念力」は魔素変換率を九九パーセント以上に引き上げ、手繰り寄せた魔法力を、余すところなくアイリスが命じた火炎系魔法「
結果、杖を使用した普段のアイリスが使う
怒りに任せて出現させた灼熱球。
それは、「自分の体の保護」という観点を無視して作り出されていた。
カーティスへと向けた手の先にある爆炎球の影響で、アイリスの体は、手から順にレオの変装魔法が剥ぎ取られていく。
腕は濃い灰色になる。
前腕の肉は焼けて燃え焼失し、骨だけになった。
顔さえも
炎が作り出す光で、周囲はほとんど昼のようになった。
カーティスの後ろにあるハーミットバレーが、まるで太陽のような光を放つ火炎に下から炙られ、
ゴオッ、という音を立てて発射された火球。
アイリスの魔力が、闇の力を根こそぎ焼き払う。
ハーミットバレーを形作る硬い土は灼熱の炎に覆われ、森の外は火の海になった。場に立ち込めていた紫色の魔素オーラは火炎で一掃され、パチパチと音を立てて空中に霧散した。
──しまった! カーティスが死んだら、エリナも死んじゃう。
エリナっ──!
ハッとしたアイリスが顔を向けた時、エリナはラウルの頭部を抱きしめたまま地面に座り込み、まだ泣きじゃくっていた。
朱に染まった炎の海を、紫色の闇が侵食していく。
光に満たされていたハーミットバレーは、夜の闇のように暗い色をしたカーティスの魔法力で再び覆われていく。
直径二メートルくらいの紫色の球が、カーティスのいたはずのところにあった。
それが何かわからず、アイリスは戸惑う。
ゴウゴウ、と鳴り続く強風の音に合わせて動く紫の流動体。アイリスは、ようやく気づいた。
球は、紫の風が円を描くように超速でグルグルと吹き荒れることで作られたものだったのだ。
やがて風が止む。
その中には、無傷のカーティスが立っていた。
「君の魔法力では、僕を消滅させられない。面白くないなあ。もう、僕の勝ちかなぁ。さあ、みんな出ておいで」
遠くのほうから、おおおおお、という低い声が聞こえる。
幾重にもなったおぞましい声。
どこから聞こえるのかと慌てて見回した。その結果、「全方位から」であることを否が応でも理解させられる。
ガサガサと森の茂みから音がして、暗い森の中に、紫の光が数え切れないほど見え始める。
峡谷の奥から、紫の光が川のようになって見えた。一個中隊にも匹敵する、二百を超えるであろうアンデッドが紫に目を光らせながら進んできていたのだ。
アイリスたちは、カーティスが操るアンデッド軍団に四方八方を囲まれた。
「……バカな! どうして、こんなことに」
放心したように言いながら、カーターは立ち尽くしていた。
彼らは、館へ侵入した不届き者を追って来ただけだったのだ。
こんなボス・モンスターが森に巣食っているなんて知っていたら、不用意に来たりはしなかっただろう。
カーターは、アレンとともに、突然の窮地に愕然としていた。
「僕はさ、エリナと二人で暮らしたいだけなんだ。それなのに、どうして邪魔をするの? どうせ勝てないのにね」
アイリスは、歯を食いしばってカーティスを睨みつける。
「……エリナはラウルが好きなんだ。お前じゃない」
「そのラウルは死んだんじゃなかったかな?」
「お前が殺したんだろ……」
「誰が殺したかなんて、どうでもいいじゃないか。もういないんだから。これ以上、関係ない君たちは、僕たち二人の邪魔をしないでくれるかな」
「ごめんなさい」
震える声でエリナは声を絞り出す。
「ごめんなさい。私が、ラウルに会いたいなんて、言ったから。だから、ラウルも、みんなも、こんなことに。ごめんなさい。ごめんなさい」
エリナは、ラウルの頭部を抱きしめる。
小さくうずくまって、泣きながら、何度も謝った。
「エリナ。こっちへおいで。君は、僕が幸せにする。誰が来ても、必ず僕が護ってあげるから」
エリナはゆっくりと立ち上がった。
ラウルの頭を抱きしめたまま、大粒の涙を止めることもできず、フラフラと歩き出す。
数え切れないほどの紫色の光が集まって海となり、アイリスたちを逃さないよう、全方位を包囲していた。
最後まで、立ち向かうつもりでいた。
一度死んでいるのだ。拾った命、ここで諦めるなど「何のために生き返ったのか」と思うから。
でも、正直なところ、本心では、アイリスはもう無理だと思っていた。
王宮魔術師の中でも火炎系最上位クラスのアイリスが放つ攻撃特化魔法──しかも、自らの肉体の保護すら捨て、全力で放った渾身の一撃が、奴に火傷ひとつ負わせることはできなかったのだ。
カーティス一匹だけでも絶望的な戦力。
その上、この広大なハーミットバレーにひしめき合うほどのアンデッド軍団。
唇を噛み締め、拳を握りしめ、カーティスを睨むことしかできなかった。
なのに──。
エリナの進路を、リュカが手で遮る。
「リュカさん。行かせて」
「だめだ」
「お前、僕らを固く結びつけている愛を、まだ理解できないのか? エリナだって、こっちへ来るって──」
「お前はもう黙れ」
カーティスの言葉を遮ったリュカの瞳が紅蓮に光る。
レオの魔法力で隠されたはずの、レオの魔法力によって光るアンデッドの証。
魔力を増した紅蓮の瞳は、その輝きを隠せなくなっていく。
それを見たカーティスの顔色が変わった。
エリナは、すがるように言う。
「リュカさん。もうこれ以上──」
「言っただろ? 俺は、必ず君を奴から解放する、と」
エリナは目を見開く。
リュカは別段、慌てた様子も見られない。
これほどの強敵を目の前にしても、普段と全く変わらないほどに落ち着いた表情と声。
ただ、光った瞳は燃えるような怒りの色。
リュカの隣で拳を握りしめてカーティスを睨むレオの怒りが乗った──ありとあらゆる願いを叶える小さな大魔導師の、本気の魔法力が乗った瞳の色。
たまらず、エリナは尋ねる。
「……彼を殺せるの?」
「君のことを救ってみせる。俺を……いや、俺たちを、信じてくれるか?」
エリナはずっと泣きっぱなしだったから、最初から流れていた涙なのか、それともこの時に出た涙なのか、わからない。
弱々しく
リュカはエリナの肩を抱き、燃えるような赤眼でカーティスを射抜きながら言った。
「くっく。『黙れ』って言われたら素直に黙るんだなぁ、魔王死霊軍の武将よ。なら、そのまま死ね。アルテリア王国聖騎士団長『リュカ・アルフォード』の名にかけて、ここを貴様の墓標にしてやる」
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