第6話 ひとまず身を隠せ

 愛するリュカに抱きしめられ、アイリスは生前のままの愛を感じることができた。

 無事に──いや、厳密には無事とは言えないが、こうして話ができて、抱きしめ合うことができるのだ。これ以上の贅沢は言うまい、と思った。


 無事。

 

 いや、全員が無事ではない、と思い直す。

 アイリスは、父・ゴードンのことを真っ先に想っていた。

 母・マリアを早くに亡くしたアイリスは、絶対に父には死んでほしくなかった。


「お父さん」


 リュカに抱かれながら、呼びかけるように呟く。

 声に出さなければ、そのままいなくなってしまいそうな気がした。


 自分の親だけではない。

 国王はもとより、エリシアも、エドガーも、クリスも。

 この国に住む、大勢の人たちも……。


「リュカ。これから、どうする?」


 自分の中では、既にどうするか決まっている。

 まるで、灼熱にゆだった血液が体を駆け巡るかのようだった。

 アイリスは、リュカがどうしようと考えているか、確認したのだ。

 

 リュカは、アイリスの肩にそっと手をやる。 

 リルルに乗っ取られた城を睨みつけるその表情を見て、アイリスには十分過ぎるほどに伝わった。

 リュカもまた、我慢しきれないほどに怒っているのだ、と。


「リルルを倒し、俺たちの祖国・アルテリアを護り抜く。必ずだ。必ず、俺たちで」

「……ええ。必ず」


 本当にゾンビとなったのか、まだ信じられなかった。

 胸の中に溢れるこの気持ちは、生きている人間のものではないのか。

 リュカから抱きしめられた時に感じた想いも、大切な人たちを護りたい思いも。

 とても死人のものとは思えないのだ。

 間違いなく生きている。アイリスはそう確信していた。


 すぐさまお城へ戻る決意を固めたアイリスへ、レオは冷静極まりない声で言う。


「お母さん、お父さん。熱くなっちゃだめだ。今はいったん引かなけりゃならない。もう少しで皆殺しにされるところだったんだ。僕が魔術ロックを解除して、アンデッドに目覚めるのが早かったお父さんが間一髪で僕らを抱きかかえて脱出してくれた。奴らは、僕らを必死で探してる。僕らは、奴ら死霊軍の根城と成り変わったこの国──アルテリアの城下町に、まだいるんだから」


 確かに、あれほど強力なモンスターたちに囲まれたリルルを討つのは、リュカと言えどそう簡単なことではない。

 だが、あくまでそれはアイリスを護りながらの戦闘だったからだ。

 ほんの一息──あと少しだったのだ。


 今のアイリスは、アンデッド。

 なら、護る必要はないのではないか。


「リュカ。あなたなら、倒せるんじゃないかと思うんだけど」


 リュカは、くくく、と笑う。

 ゆっくりと上がった口端は、紅蓮の瞳が醸し出すモンスターの気配をさらに助長した。


「当然だ。次はくびり殺してやる。あの時、殺されていた方がマシだったと思うくらいに苦しめてな」


 リュカは、アドレナリンが出て気持ちがたかぶった時には狂気を見せる。と言っても、ゾンビにアドレナリンなど分泌されてやしないだろうが。

 聖騎士団長となり、昔よりは丸くなったが、それでも騎士としてのさががこうさせるのかもしれない。


 アイリスは、いつも通りのリュカに頼もしさを感じていた。

 だが、レオは、アイリスとは全く異なる反応を見せる。


「あーあ、だから騎士ってキライ。殺すことしか考えてないからね」


 臆することなく、はっきりと父へ意見するレオ。

 リュカは、こんなことを言う息子に困った顔をした。


「殺さずに倒せってのか?」

「そういう意味じゃなくてさ。結果の問題じゃなく、命を奪うことに狂った様子が、僕はキライなの。たとえ相手が魔物であってもね」


 聖騎士団長の家に生まれたのに、レオは騎士を格好いいとは思っていない。

 お父さんを尊敬して欲しかったアイリスは、何か言わないと、と思った。

 

 だが、レオの気持ちもまたよくわかる。

 アイリス自身が、かつてはそうだったから。

 最終的な目的はどうあれ、人を殺すことに生きがいを感じる騎士など、好きではなかった。

 たとえ相手が魔物であっても、命を奪うことに愉悦を感じるなど、まさしく魔物のやることだと思うからだ。


 アイリスは、リュカがどうするか、見守った。


「……そうだな。気をつけるよ」

 

 リュカは怒ったりすることなく、自分の考えをレオに押し付けるようなことはしなかった。

 かといって、単におおらかな気持ちで子供の戯言を受け流す顔でもないように思った。

 愛する息子の意見を、尊重しているのだろうか。


 だが、冷静に考えると、レオに話をズラされてしまったのだと思う。

 今後どうするかについて、決定しないといけないのだ。


「レオ。でもね、モタモタしてると、この城下町に住んでる人々も、みんなゾンビにされちゃうんだ。いや、ゾンビにする価値すらないとリルルが判断すれば、あいつの気分次第で皆殺しにされるだけ。そんなこと、絶対にさせられない。ここで逃げるわけには……」

 

 自分で言っていて、またもやボルテージが上がってくるアイリス。

 焦りが勝手に感情を動かして止められない。

 そんなアイリスを見つめながら、レオはなおも冷静に話す。


「そうかもしれないね。でも、あいつは──リルルは、まだ全然本気じゃないよ」

「本気じゃない? あれが全力じゃないっての?」

「ああ。僕たちのことなんかミジンコだと侮っていたのさ。だから不意を突けただけなんだ。幸運だったんだよ。本気を出せば、魔法力はまだまだ上がる。そして、アンデッドの強さはネクロマンサーの魔法力に比例する・・・・


 レオは、アイリスから視線を切ってリュカへと向けた。


「リルルの直近にいた三匹は、史上最高のネクロマンサーが作った、おそらく最強クラスのアンデッド。その上、数えきれないほどの魔術師を同時に相手にしなきゃならないし、最も厄介なのはリルル本人ときてる。お父さんを信用してないわけじゃないけど、本気を出したリルルから術者の僕を護って戦うのは、絶対に無理だ」


 レオの言葉には、何か納得させられるような力があると思った。

 彼の意見に従うことが、最善の方法だと思わせられる。


 理屈をこねて小生意気なのは引っかかるところがあるが、この際だからそれは置いておくことにした。

 この時、アイリスは、このパーティーのリーダーは若干十歳のレオではないかと感じ始めてしまった自分の気持ちに気づく。


 リュカは、しばらくじっとレオを見つめていた。

 特段気分を悪くしたような様子は見られない。むしろ微笑み、眉間をクイっと引き上げながら肩をすくめる。


「じゃあ、どうすればいいと思うんだ? 小さなパーティーリーダーくん」


 聖騎士団長であるリュカをもってして、こう言わせる。

 レオも、リーダーに指名されたことに特段異論がある素振りを見せず、こう言った。


「そうだね。仲間と隠れ家が必要だよ、僕らには」

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