第3話 愛する息子・レオ

 十歳になる一人息子のレオは、王宮教師の授業が午前中で終わり、午後からリュカに剣術を教えてもらう予定だった。


 魔術は母であるアイリスが教え、剣術は剣聖とまで言われる父・リュカが教えるといったふうに、レオの教育は担当を決めている。

 

 アイリスは、火炎系魔術が得意だった。王宮魔術師の中でも群を抜いて高威力の炎が出せる。

 

 まがりなりにも王宮魔術師だから、一応、魔術は全般的に使える。

 だが、火炎系以外の魔術はからっきし、及第点ギリギリのものばかりだった。


 だから、魔術については全般的にレオへ教えているものの、どうしても自分の得意な火炎系魔術の講義に熱が入ってしまう。

 しかし悲しいかな、レオは魔術自体には大いに興味を示すが、攻撃系魔術は一向に覚えない。あまり興味が無いようなのだ。


 一方リュカは、レオを「俺を超える当代随一の剣士にする!」と常々鼻息荒く言っていた。

 だが、レオはそんな父の期待をよそに、剣術の時間になると姿をくらましたりする。

 レオは、剣術にも興味がなかった。


 ちなみに学問分野は、王宮教師に加えて、孫バカであるアイリスの父・ゴードンが教師を務めている。

 レオの家族は、三人が三人とも、自分の興味のある分野だけをレオへ熱心に教えていた。


 そんなレオは、今よりずっと小さい頃から蔵書室で図鑑や戦術本を読んで勉強し、完全にインドアな性格だった。

 しかも、レオはおじいちゃんっ子だったので、学問を一番意欲的に勉強しているようだった。

 だから、よく王国の蔵書室に入り浸っていた。 


 さて、そうこうしているうちに、もう少しでレオを剣術道場に連れて行く時間となる。


 リュカが教える剣術訓練の時間なのだ。いつもなら家から一人で道場へ向かわせるところだが、一人にするなとの夫の指示だ。


 約束では、リュカがそろそろレオを自宅へ迎えにくる頃。

 アイリスは、レオの部屋をノックした。


「レオ? もうすぐお父さんが来るから、剣術訓練の用意してよね」


 返事はない。


「レオ?」


 アイリスはレオの部屋の扉を開ける。


「あれっ!?」


 レオの部屋は、もぬけの殻だった。

 アイリスはすぐにピンときた。


 ──こりゃあ、サボる気だな……。

 しかし、いつの間に抜け出したんだあいつ。ほんと最近、逃げ方がシーフ並みになってきてる。


 そこへちょうどリュカが玄関扉を開けて自宅に入ってくる。

 リュカは、レオと一緒に剣術訓練を受けさせるレオより一つ年上の男の子・クリスを連れていた。


「アイリス、レオはいるか?」


 アイリスは、両の手のひらを上に向けて肩をすくめる。

 リュカも、すぐに察したようだ。

 

 ──ここ最近、あいつは剣術訓練と見ればすぐに雲隠れするからなぁ。

 でも、行き先の見当はついてる。

 どうせ蔵書室だ。奴の行くところなんぞそこしかないんだ、インドア小僧め。日の当たる場所を嫌うヴァンパイアのような行動パターンをこの母が把握していないとでも思ったか!

 あたしの目を、そう何度も誤魔化せると思うなよ?


 レオはアイリスを出し抜くために、魔法を使うかもしれない。

 もしかすると、魔法合戦になるかもしれない。


 だからアイリスは、自分の部屋にある愛用の杖を手に取る。

 自らの魔力を増幅させる、魔術師の必携アイテムだ。

 アイリスは、ニヤッとした。


 ──おもしろい。

 見せてもらおうじゃない。

 王宮魔術師としてアルテリアに勤める「一級魔術師」のこのあたしを、出し抜けるものなら出し抜いてみな!


 テンションが上がってきたアイリスは、リュカと一緒にクリスを連れて、蔵書室へ向かった。


◾️ ◾️ ◾️


 蔵書室の前では、ほうきを持ったサリー・ベーカーが掃除をしていた。

 彼女は、蔵書室の主任担当魔術師であり、蔵書室長だ。


 栗色の髪をした、おそらく四十代くらいの女性で、レオとは特に仲が良い。

 怒ったところなど見たことがない。そのくらい、いつもニコニコしていた。


 彼女はアイリスが子供の頃からここで働いている。

 その頃から大人のお姉さんだったと思うのだが、今でも二十代で通用するくらいの若々しさだ。二十代も後半戦に突入したアイリスは、いつかその若さの秘訣を教えてほしいと思っていた。

 彼女はつい最近まで長期休暇をとっていたが、どうやらもう休暇を終えて、自分の天職だという蔵書室のぬしとして復帰しているらしい。


 アイリスは、蔵書室へ入る前に、サリーを疑いの目でジロジロ見る。

 彼女は以前、レオの味方をして、アイリスに嘘をついてレオを逃したことがあるからだ。


 こういうシチュエーションでは、サリーはレオの味方。

 サリーが本当のことを言うとは考えていなかったが、反応を見るためアイリスは声をかけた。


「ねえサリー、レオを見なかった?」

「ええ、先ほど蔵書室に入って行かれました」


 なんとなく、正直に話しているという印象を持つ。

 アイリスの予測とピッタリ同じ回答が得られたからだろうか。


「ここにはいませんよ」と言われればアイリスは用心したが、もしかすると、前にレオをかくまった際、こっぴどく怒ってやったのが効いているのかもしれない、とアイリスは思った。サリーの態度は従順に見えたのだ。


 大仰な彫刻が施された背の高い入口を、アイリスが意気揚々と通過しようとしたその時、一人の少女が蔵書室から出てきた。

 

 歳は十代半ばだろうか。

 良い匂いが漂ってきそうなブルーの髪は長く、後ろで一つにまれている。

 幼さの残る顔立ちながら、もう少し成熟すれば多くの男を狂わせてもおかしくないと思えるほどに可愛い少女だ。

 

 だから余計に印象に残って、気が付いた。

 アイリスは、その少女の顔に見覚えがなかったのだ。

 少女は、アイリスに小さく会釈をして歩き去ろうとしたので、アイリスは引き止めた。


「ちょっとあなた──このお城で働いている人……だよね?」

「はい。時計塔の修理を仰せつかっております」


 それなら、アイリスが知らなくても無理のないことだった。

 アイリスは時計になんて興味はないので、時計塔に近寄ることなどなかったからだ。それに、確かに少女は作業着のような服装だった。


 あんな大きな時計の修理なんて、こんな成人もしていない少女がやっているとは思っていなかった。てっきり、もっと髭の生えたおじさんがやっていると思っていたのだ。

 アイリスは、ふーん、と感心しながら気を取り直して蔵書室へと入った。


 アルテリア王国は勉学に力を入れていて、お城の中には大聖堂にも匹敵するほどの巨大な蔵書室が設置されていた。


 冗談でなくお城の四分の一くらいの敷地面積を占めるこの蔵書室は、外から見るとまるで巨大なドームのようだ。

 知らない人が見れば、その内部がまさか丸ごと蔵書室であるとは夢にも思わないだろう。

 

 天井も、奥の壁もがかすむほどの巨大空間。

 壁は所々ステンドグラスになっていて、外の光を取り込んで様々な色に輝いていた。

 それ以外にも窓はそこそこ多く、外の光はたくさん差し込んで、日中はかなり明るかった。


 壁には遥か上空までびっしりと本棚が設置されている。

 蔵書室の中央にはこれまた大量の本棚が迷宮のように入り乱れ積み上げられていて、この本棚だけで塔のような容態を成していた。


 空中には、そこらじゅうに小さな本棚や本が浮いている。重要な本は、蔵書室長・サリーが封印の魔法をかけ、その上で空中書庫で保管しているのだ。


 勉強嫌いだった子供の頃のアイリスは、「こんな立派な蔵書室があるせいで勉強なんてさせられるんだ」と思い、蔵書室には良い印象を持っていなかった。


 アイリスに勉強意欲を起こさせようと、当時アイリスに教育をしてくれた王宮教師はよく決まり文句のような説教を始めたものだ。


 そのおかげか、何度も何度も聞かされた話は、その王宮教師の顔とともに、今でも鮮明に思い出すことができる。

 



 ──……




「他の国には、これほど立派な蔵書室はありません。それは、我がアルテリアが特に勉学に力を入れているからで、もちろん、きちんと理由があるのですよ。

 

 その昔、一個師団クラス──すなわち一万を超えるアンデッドモンスターを引き連れた魔王死霊しりょう軍の大将がアルテリアに攻め込んできたことがありました。


 剣や弓などの原始的な攻撃手段を主体とした兵士団しか持ち合わせていなかったアルテリア軍は、多少の物理攻撃などものともしない死霊軍に有効打を与えられず、手も足も出ずに滅亡寸前まで追い込まれたのです。


 だけど、その時、幸運にもこの国に、魔王討伐を目的としたパーティー──すなわち勇者一行が通りかかりました。


 魔術師や賢者、魔法戦士や聖騎士パラディン、軍師を引き連れた勇者は、魔術と武器を駆使しながら、同時に城の構造を利用し戦術の限りを尽くしてこのアルテリアを防衛したのです。


 史実で「アルテリアの防衛戦」と呼ばれるこの戦いを間近で見た我らが祖先は、白魔法を使ってアンデッドを退魔する聖騎士パラディンと、強力な魔術を使う魔術師、そしてそれらを効果的に使って敵を制圧する「知恵・知識」こそが国を護る最大の武器であると痛感しました。

 だから、私たちは、絶えず勉強しなければならないのですよ……」




 ──……




 いったい何回聞かされただろうか、とアイリスは思い出すのも嫌になった。


 この考えは、今でもアルテリアの根底に流れる基本思想となっている。

 勉強しない子供は、この話を他の子供に比べて何回も何回もクドクド聞かされることになるのだ。レオと違ってイヤイヤ勉強していたアイリスは、他の子供以上に聞かされてきた。

 

 とりあえず、国の思想のうち「魔術」と「知恵・知識」に大きな共感を抱くレオは勉強が好きだ。


 アイリスとしては、自分の教える魔術分野に息子が興味を持ってくれたことはすごく嬉しい。

 嬉しいが、最近は理屈をねて親を論破しようとしてくる。


 得た知識をまるで自分が考えたものであるかのように自慢げに話すところは十歳の子供らしい可愛さがあると思いつつも、朝から晩まで勉強するなんて、この年齢ではちょっと度が過ぎているんじゃないかとアイリスは思うのだった。だから、「今日という今日は剣術をさせてやる!」と気合十分。


 この広大な蔵書室を一人で全て検索するのは骨が折れるとわかっていた。

 なぜ、レオがいつもここに逃げ込むのか?

 それは「かくれんぼ」に最適だからだ。

 

 ふふふ、とアイリスはほくそ笑む。


 ──いつまでも母が後塵を拝すると思っているなら、所詮は子供。 

 今日という今日は見つけ出して剣術道場へぶち込んでやる。本気を出せば、お前を探し出すことなど、たわいもないことよ!


 アイリスは、杖を高々と振りかざし、スウっと息を吸う。


「我が言霊の力によって、この領域内における個体識別名称『レオ・アルフォード』の生体反応を覚知──示せリベアル!」


 詠唱が終わると、アイリスの足元に直径二メートルほどの光の魔法陣が描かれた。

 青く光る魔法陣は、アイリスの魔法力の色。

 魔法力の海から力を呼び出す蛇口ゲートである魔法陣は、その術者の癖というか、能力の偏りのようなものによって、その色を変えるのだ。


 蔵書室全域を対象エリアとして発動させた探索魔法。

 魔術によって、レオの存在の有無を感覚的に理解する。

 であるが故に、アイリスは怪訝な表情となってしまった。


 ──いない。

 まさか。やっぱり、サリーが嘘を──


 アイリスは蔵書室の入口へと慌てて走り、声を荒げて詰め寄った。


「あなた、嘘をついたわね! ここにはレオは──」

「いましたよ、ついさっきまで」


 サリーは、澄ました笑顔で返す。

 廊下の先へと指をさし──それは、ついさっき、うら若き青髪の少女が立ち去った方向。

 サリーは、満足げな表情で微笑んだ。

 アイリスとリュカは驚愕するしかない。

 口を開けたまま、二人で顔を見合わせた。


「まさか」

「ほんと、アイリス様の教えが良いのでしょうね。レオ様は、立派な魔術師としての道を着実に歩んでおられます」



 ──変装魔法!?

 気づかなかった。まるで本物の人間みたいで──。


 母なる大地ガイアから引き寄せた魔法力は、蛇口ゲートを通って出てきただけでは、何もできやしない。

 その時点ではただの魔素の塊、一般的には「オーラ」と言われる状態。魔法力の多寡たかを見るにはいいけど、それで何かができるわけじゃない。



〜〜アイリスの豆知識〜〜

 

 ちなみに、その魔術師が引き出せる魔素オーラの量は、当人から発散されている魔素オーラの具合を見れば一目瞭然だよ!


 初級レベルの魔術師──認定試験に受かったばかりの「四級魔術師」では、チラチラと体のまわりを蛍のような光が飛び交う程度。


 一般レベルの魔術師──つまりプロとして認められる「三級魔術師」でも、体表を薄い光の膜で覆う程度が関の山。


 王宮魔術師クラス──すなわち「一級魔術師」と呼ばれる最上級の魔術師で、体を纏うオーラはやっとこさ十センチくらいの厚みになる。


 この基準は、白魔法を使う聖騎士パラディンであっても同じようなものなんだ! 


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 いずれにせよ、この状態では身体から魔素が発散されているだけ。

 だから、魔法力を使って何かをするには、形を変える必要がある。


 魔術は、主に二つの要素から成り立っている。


 一つは、魔法力を出力するための蛇口ゲートである魔法陣の具現化。


 もう一つは、呼び出した魔法力を希望する形へと変換する「具体的なイマジネーション力」と、魔法力を余すところなく変換するための「念力」──まあいわば、これは「集中力」とか「思う力の強さ」のようなもの。


 たとえば、炎が出したければ魔素エネルギーを炎に変える。

 炎は、巨大なものになればもちろん魔法力の物量が必要だ。

 大量の魔法力を生み出すには、蛇口ゲートを大きくする必要がある。


 だから、より大きな魔法陣もしくは複数の魔法陣が必要で、たとえ王宮魔術師であっても数人掛かりだ。


 反面、炎の場合、形は比較的想像しやすく大元の魔素エネルギーとも形状が似ているから、大量に呼び出しさえすればそのあとは比較的簡単だったりする。


 だけど──変装魔法は比べ物にならないほどに難易度が高い。


 人間を騙すほどのリアリティを持たせるには、頭の中で立体的に、細部に至るまで写実できるほどの人智を超えたイマジネーション力が必要だからだ。


 まつ毛の具合や目を合わせた時の瞳のリアルさ、会話をした時の微妙な表情の変化、頭をかしげた時にサラサラと流れる髪、体の動きに合わせて変化する服のシワ。


 魔術などかかっていない普通の人間と対面したなら何の不思議もない一つ一つの要素が、変装魔法だとするなら怪物級のレベル。


 単純な炎や氷なんかと違って桁違いのイマジネーション力が必要なんだ。烏合の衆がどれだけ増えようが成し遂げられるものじゃない……!


 

 アイリスは、しばらく唖然として立ち尽くした。

 これを体現できるほどのイマジネーション力を持ったレオが、今後、一体どれほどのことをやってのけるのか、アイリスには想像もつかなかった。

 こんなことができるのは、世界でも指折りの魔術師くらいだろう。

 

 レオは、必ず自分を超える。

 いや、十歳にしてすでに超えていることを証明したのだ。

 すごい、という素直な気持ちが、自然とアイリスに笑みを浮かべさせた。


 ──まあでも、親としてこれで済ますわけにもいかないな。


 結局、こっそり蔵書室へ戻ろうとして、ひょっこり現れたレオを待ち構えてリュカが首根っこをひっ捕まえる。


 十歳には見えないほど大人びた振る舞いのレオだが、捕まった時には、床に転がり手足をバタつかせて七、八歳ですらなかなかしないレベルのダダのね方を見せた。


 説得しかねたアイリスは、「捕まったのは実力が足りないからだ」などとつい言ってしまう。

「しまった」と思ったが、レオは「次こそ完璧に逃げ切ってやろう」と誓ったような目をしていた。


 本当は、レオに剣術を好きになって欲しかった。

 自分が教育担当する魔術に興味があるのは嬉しいが、父・リュカは当代随一の剣聖なのだ。


 アイリスの見たところ、単に苦手だとか、そんなふうではなさそうに思えた。

 どうやら剣自体に嫌悪感があるような感じなのだ。「剣術」という単語が出た時にレオが見せる表情が、アイリスにそんな印象を与えていた。


 ──お父さんがやっていることを、理解してほしい。

 どれだけすごいことかを知って、尊敬してほしい。

 ……のだけれど、ちょっと難しいのかなぁ。



 夕方になり、剣術訓練をイヤイヤ終えて、リュカに連れられ家に帰ってくるレオ。

 リュカは、そのまま公務へと戻っていった。


 帰ってきてから、ずっと本にかじり付いて勉強をしている我が子を見て、アイリスは何か言ったほうが良い気分になる。


「ねえ。勉強しろってハッパを掛けなくてもいいのは、親としては手間が掛からなくていいけどさ。ちょっと勉強しすぎじゃない? 子供にはもっとやることあるでしょ。外で遊んだりとか、剣を持って振り回すとか……」


 剣に興味を持って欲しいからこう言ったものの、実は、アイリスはレオの気持ちが良くわかる。

 アイリス自身も魔術師だし、レオと一緒で、剣で人を傷つける騎士なんてものは元々好きではなかった。だから、好きになる男の子は、貴族か魔術師ばかりだった。


 騎士の素晴らしさは、リュカから教えてもらったようなものだ。

 レオには、魔術はもちろんのこと、騎士道にも小さい頃から親しんで欲しかった。


 そんな親の気持ちをよそに、「何言ってんの」と言わんばかりの顔をしてレオはため息をつく。


「この世のことわりを知ることこそが生きるために必要なことさ。チャンバラごっこは、そういうのが好きな連中に任せておけばいいんだ」


 アイリスはムッとしながら腕を組む。


「あのね、お父さんの仕事わかってる? そういう言い方しないの。それにね、知識だけじゃ何もできないよ」

「剣が使えたって、動きを止める魔術を掛けられたら何もできずに殺される。魔術ができたって、呪文の詠唱に時間がかかれば武器を持った達人にすぐさま殺される。最も大事なのは、自分にとってどんな武器が必要か、その武器をどう使ったら生き残れるかを判断し、決断するための知識と知恵さ」


 ──始まった。

 こうやっていつも理屈をこねる。

 初めは「自分で色々考えることができるようになって成長したなぁ」なんて思っていたが、毎度毎度言われるといくらフワフワしたあたしでもイラついてくる……いや、フワフワはまだ認めていないけど!

 知識ばかりじゃなく、世の中を生きていくには力が必要だ。それは、実際に人生を生きてきた大人だからこそ経験で知っていることで、子供にはまだわからないんだ。


「自分で言っててわからない? 根本的に、その『武器』とやらがなけりゃ、頭ばっかり大きくなってもどうしようもないじゃない」


 レオは、ふん、と鼻を鳴らす。


「僕の武器は魔術だよ」

「知ってるよ、あたしが教えてるんだから。でも、あなたは攻撃魔法は得意じゃないでしょう」

「人を傷つけるのは好きじゃない。何度も言っただろ、だから剣術はやりたくない」

「じゃあ武器になり得ないじゃない。もう、何度も言わせないで剣術もしっかり練習しなさい! いろんなことをバランスよく学ばないと、立派な大人になれないよ」

「……へいへい。ちょっと蔵書室に行って、本を取ってくるよ」

 

 ──蔵書室、蔵書室、寝ても覚めても蔵書室。 

 そんなに本ばっかり読んでいたら、目が悪くなってメガネが要るようになっちゃうよ?

 まあ、メガネ男子好きも、少数派ながらコアファンがいるけども。

 あいつ、近いうちにメガネを作ってやる必要が出てくるかもしれないな。その時には、ちゃんとメガネ男子好き女子のハートをズキュンと射抜けるセンスのいいやつを私が選んでやろう。


 ……なんてことを考えながら、アイリスはソファーに寝転んだ。

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