第25話【第五章】

【第五章】


 今自分たちが潜伏している、羽場のセーフハウス。

 その位置が、敵性勢力に捕捉されてしまったらしい。


 この場にいる全員がそれを把握したが、どうするべきか、というところまでは考えが及ばない。

 警視庁地下施設であれだけ暴れ回ったのだから、今度はドローンを飛ばしてくることはあるまい。


 きっと、ロボットの陸戦隊が大挙してやってくるはずだ。そうなっては、勝ち目はない。

 人間よりもずっと頑丈で、あらゆる攻撃の精度の高い連中だ。たとえ相手が一体だとしても、相当手こずるはず。それが三十体以上、隊列を組んでやってくるとは。


「皆さん、速やかに退避を。この場はわたくしが引き受けます」


 いつもと変わらぬ無感情な声で、ウェリンはそう言った。

 その言葉に最も早く、明確な反応を示したのはティマだった。だが、その顔に悲壮感は見られない。むしろ逆だ。鬼気迫る顔つきで、殺気が全身から放たれているようにすら感じられる。


 彼女も戦うつもりなのか。

 皆がそう察しをつける中、咲良が動いた。右手でウェリンの腕を、左手でティマのフードの先端を掴み込む。


「ちょっ、ウェリンもティマも、どうしちゃったの? そんな無茶な――」


 と言いかけた時、ティマは振り返った。右目を赤く発光させながら。


「ひっ!」


 流石の咲良も、これには肝を冷やした。ティマの有するレーザー光線。その威力と連射性能を鑑みれば、自分の頭部がいつ消し炭になっていてもおかしくはない。


「任務は失敗ですよ、咲良さん! ここはウェリンとティマに任せるしかありません!」

「桐生くん、何弱音吐いてんの!」


 そう言って、幽琳は桐生の後頭部を小突いた。

 それが、何故か桐生には許しがたいことに思われた。自分の頭が、かあっと燃え上がるような錯覚に陥る。


 いつもはこんなに檄しやすい性格ではないはずだが……。今の自分が異常事態にあることを自覚しつつ、桐生は自分を止められなかった。


「幽琳博士! あなたは警官でも軍人でもない、ただの一般人です! ここは我々の命令に従っていただきたい!」

「そこまでだ、二人共。言ったはずだぞ、儂にこれ以上『命令』という言葉を使わせるな」


 羽場の落ち着き払った声音。先ほどの怒声を聞かされた身としては、桐生はまた冷汗が湧き出るのを止められなかった。冷静な口調を用いることで、部下を黙らせることもあるのか。


「銃火器はクローゼットの中に保管してある。咲良、桐生、好きなのを持ってけ。ウェリン、君もな」

「感謝します、羽場光敏・警視」


 咲良は再びウェリンの肩に手を伸ばしかけたが、叶わなかった。声をかけることすらできなかった。

 ここでウェリンを一人っきりにしたくはない。だが、自分が援護のために残ったところで、敵の方が圧倒的に有利である。自分はウェリンの足手まといにしかならない。


 ぎゅっと目を閉じて、咲良はかぶりを振った。


「どうかしたかね、咲良くん?」

「いえ、何でもありません。ところで、このセーフハウスの裏口は?」

「来てくれ。こっちだ」

「了解。桐生くん、幽琳、こっちへ」


 人間組の三人は、足早に羽場についていく。


「では、わたくしとティマで、敵性勢力の迎撃を行います。ティマ、先行を願います」


 こくり、とティマは大袈裟なお辞儀をした。大股で一歩を踏み出しながら、ぎゅっと口を真一文字に引き絞る。腕を展開させて、まともに機能することを確かめる。

 文字通り、自らの存在意義を懸けて戦場に向かう兵士のように。


 だが、ティマにとっても人間たちにとっても、予期しない事態が発生した。


「ごめんなさい、ティマ」

「!?」


 ウェリンの言葉の直後、ティマは勢いよく放り投げられた。背後を取られた形で、真っ直ぐに人間組の方へと。


「うおっ!?」


 辛うじてその身体を抱き留める桐生。


「皆さん、ティマを連れて逃げてください!」

「し、しかし……!」

「早く! ティマがまた暴れ出す前に!」


 振り返ることなく、ウェリンは大型のライフルを手に取った。

 羽場警視、お借りします。

 それだけを述べて、ウェリンは正面のドアを蹴破り、夜の外気に身を晒した。


「止むを得ん、総員撤退! ついてこい!」


 きっぱりと言い切る羽場。一方、ティマの意識は混濁している。放り投げられる時の衝撃のためか。そのお陰で、ティマを連れ出すことはなんとか叶いそうだ。

 敵も接近しているし、脱出のチャンスは今しかない。


「ウェリン!」

「ウェリン!」


 咲良と桐生は、同時に彼の名を呼んでいた。


「何でしょう、お二人共?」

「お、俺たち、また会えるよな?」


 桐生の言葉に、ふっ、とウェリンの顔が影った。しかしウェリンは、僅かに顔を顰めるだけで相殺する。


「はい。お約束いたします」

「……ありがとう、ウェリン」


 無言で頷く桐生と、感謝する咲良。ウェリンにとって救いだったのは、二人がロボット嫌いから脱したように見えたことだ。

 よかった、と自分だけに聞こえるようにウェリンは呟いた。


 しんがりを務める羽場が振り返ると、損傷の激しい背をこちらに向けながら、ウェリンが自動小銃を手に駆け出していくところだった。


         ※


「何? 羽場警視を始めとした連中からの信号がロストした、だと!?」


 メインディスプレイに貼りつけていた視線を引き剥がし、川崎は素っ頓狂な声を上げた。


「どういうことだ?」

「さ、さあ、それが……。羽場警視のセーフハウスの位置は把握できたのですが、各人のバイタルサインが確認できません。ティマに内蔵されている探知機も、電波妨害に遭って……」

「言い訳はいらん!」


 がぁん、と川崎のデスクが揺れた。彼が殴りつけたのだ。

 連絡係に唾を飛ばしながら、傍若無人に喚き立てる。バンバンとデスクに平手打ちを連発する。


「あれを、あの人工衛星を――エラメルダ、とか言ったな? それをすぐさま寄越せ! 引っ張ってでもいい、軌道上に何があっても構わん! 連中の位置と状況を、大至急捕捉するのだ! 全責任は私が取る!」


 あまりの気迫に、その場にいたオペレーターたちは『怒り』に直接晒された。慌てて自分のディスプレイに向き直り、あちこちに連絡を取り始める。

 

 今回の標的について、川崎には正直どうでもよかった。ただ、小型の人型ロボットは、何としても捕獲しなければならない。つまり、必要に応じてティマ以外の連中は殺すなり壊すなりしても構わない、という考えだった。


 それが今、どうしてこんなことになっているのか。

 上層部に根回ししておいたお陰で、ロボットの陸戦部隊を動員できたのは幸いだった。

 しかし、それだって『三十対六』という、圧倒的な物量差を鑑みてのこと。

 ここであの少女型ロボットの身柄を奪還できなければ、自らの名声は地に落ちるだろう。


 呼吸を荒げ、両の掌をデスクに叩きつけながら、川崎は慎重に考え始めた。

 これは、羽場敏光による裏切り行為が原因だ。何が彼の心を鈍らせたのかは分からない。だが、人間とロボットの関係性の『捻じれ』が彼を狂わせたのだろう。


「覚悟しろよ、羽場……!」


 ぎりっ、と奥歯を噛み締め、上目遣いにメインディスプレイを睨みつける。

 しかし、それもそう長い時間のことではなかった。この部屋の全てのディスプレイが真っ白な光を放ったのだ。


「くっ! 何事だ? 報告を上げろ!」

「わっ、分かりません! 現場で何らかの発光現象が……!」

「推測しろ、馬鹿もんが!」


 まずは自分自身が冷静にならなければ。今の川崎に、しかしそんな考えを想起させるほどの落ち着きはなかった。


「陸戦隊はどうなっている!? あのウェリンとかいうロボットよりは強いのだろう!? それが何故――」

「し、司令! 川崎司令!」

「何だ!」


 そこには、顔面蒼白の副司令官が立っていた。ずいっと自らの、携行型ディスプレイを見せる。


「陸戦部隊、損耗八〇パーセントです……」

「あ……」


 すとん、と椅子に座り込む川崎に、次々と報告が挙げられる。

 それを整理していた情報統制官もまた、自らのディスプレイを手にやって来る。


「凄まじい高熱反応が感知されております。最早これは……」

「自爆した、とでもいうのか……?」


 人型ロボットが自爆? そんな馬鹿な。

 自分の言葉を打ち消さんとする川崎。しかし、起こってしまったことはもうどうしようもないのだ。


「司令、陸戦部隊の即時撤退を進言致します」


 情報統制官の震え声を耳にしながら、川崎は、どん、と額をデスクに打ちつけた。


「……かくなる上は……」


 額に血が滲んでくるのを感じつつ、川崎はがばり、と立ち上がった。

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